青髪少女は転生勇者
あかさ
亡国編
ロングプロローグ
第1話 転生
主人公は格好いい。
強くて、優しくて、魅力的で、モテる。
誰もが憧れる、最高のヒーロー。
それが主人公だ。
誰しもが自分という物語の主人公だ、なんて言葉もあったりする。
けれど、一度でも人生を経験した人間は、そんな言葉を真に受けない。
だって現実は残酷で、才能も環境も全てが不平等だ。
主人公になれる人間はほんの一握り。
なんなら、主人公に見える人も、実は見えない苦労をしていたりする。
「ほんと、最悪……」
二、三歩譲って、自分が主人公じゃないことは受け入れよう。
世界は広いし、自分が中心にいなくても、何だかんだで楽しくやっていける。
「ゔっ、ごふっ」
けれど、通り魔に刺されてあの世行きは、ちょっと違くないか。
モブなりに必死にやってきたのに。分不相応な幸福は望んでいないのに。
どうして私が、腹から二リットルの血液ぶちまけて死ななきゃならないのか。
ほんと理不尽だ。主人公補正がないどころか、最悪の貧乏くじだ。
(くっそ。来世があるなら、せめて補正入れろ……馬鹿世界)
そんな悪態を最後に、私はこの世界での命を失った。
享年二十歳。
私こと、久喜重美の人生は道半ばで終了した。
*
さて、お察しの通り私は異世界に転生した。
気付けば謎の樹海に赤子の姿で転がっていたのだ。
異世界に転生したという事実を理解するのには十分を要した。
異世界であると判断した理由は、前世の記憶が丸っと残っていたからだ。
現実世界では、前世など存在しない。勿論、転生なんて事も起き得ない。
「へその緒が無い……。この体つきは、生まれたてって感じじゃないな」
私は謎の赤ん坊に転生したわけだが、周囲には両親らしき人物はいなかった。
今いる場所はどう見ても深い森だし、周囲には人の気配を感じない。
誰かの子として生まれる転生ではなく、無から生まれたタイプなのだろうか。
あるいは、捨て子の魂に私が乗り移った可能性もあるかもしれない。
「なんにしても、赤ん坊の状態で森に放り出すとかひどくない?」
今の私は思考はできるけど、全く身動きができない状態だ。
ハイハイすらできない赤ん坊が、鬱蒼とした森で生き抜けるはずがない。
転生直後に野生動物のおやつになるのは避けたいところだ。
「誰が転生してくれたかは知らないけど、アフターサービスはないのかな?」
【久喜重美にスキル『主人公』が贈呈されました】
「え、は? 何? ス、スキル?」
【スキル『主人公』の効果により、幸運値補正と才能補正が入りました】
立て続けに天の声が脳内に響き、同時に私の視界に謎の文字が浮かび上がった。
視界の右端に大き目の字で『主人公』と書かれており、その下に小さめの文字で幸運値補正と才能補正と書いてある。どうやらスキル関連の情報らしい。
「スキル『主人公』……。あ、あの、それ以外に情報はないの?」
返事なし。どうやら今のは本当にただのスキル関連のアナウンスだったようだ。
私を転生した何者かの仕業なのか、それともこの世界ではよくある事なのか。
分からないが、とにかく私はこのスキルを使って生き抜くしかないようである。
それから数十分が経過したが、私は依然として地面に転がったままだ。
色々試したがどうやらステータス画面的な物はなさそうだった。
視界に映るのはスキル関連だけ。別に詳細を見れる訳でもない。
幸運値補正や才能補正という言葉から考察するに、スキル『主人公』は物語の主人公にありがちな設定、もといご都合主義を体現する能力なのかもしれない。
「……だとしたら、もしかして私も主人公になれるのでは?」
スキルによる強制的な主人公補正。
もしそれが実現するとしたら、私は無敵になれるかもしれない。
私はしれず震えていた。これはいわゆる、チートスキルではなかろうかと。
そしてそんな私の期待は、ちょっと予想外な形ではあるが現実のものとなる。
樹海に転生してから約一時間後、私の前に二人の男女が現れた。
艶やかな金髪で、長いとんがり耳をしている。二人はなんとエルフだった。
まじで異世界なんだなと感動していると、二人は驚いた様子で近づいて来た。
「これは驚いた。シーシャの言う通り、赤子が森に……」
「偶然、僅かな魔力を感じたのです。捨て子でしょうか? 可哀そうに」
そんなやり取りをしてから、シーシャと呼ばれた女性のエルフが私を抱き上げた。
「ん? これは……」
すると彼女は意味ありげな事を呟きながら、まじまじと私の顔を覗き込んできた。
段々と神妙になっていく彼女の顔を眺めていると、彼女は急にこう言った。
「ジンダ、急ぎ里に戻りシルハローン様に報告をしに行って」
「どういうことだ、シーシャ。その赤子がどうかしたのか?」
怪訝な顔をするジンダと呼ばれた男に、彼女は真剣な顔でそれを告げた。
「この子には、勇者の素質がある。現勇者の私の眼に間違いはない」
「な、なに!?」
いや、それはこちらのセリフである。
私に勇者の資質があるとはどういうことか。
というかシーシャって人、今さらっと自分の事を現勇者って言ったよね。
困惑するジンダと私。確信の眼を向けるシーシャなる勇者。
その時、私に天啓が降りた。
すなわち、原因は恐らくスキル『主人公』だという事。
勇者など主人公の王様であり、主人公補正の
何もしていないのに私が目を付けられる理由など、それ以外に想像つかないのだ。
「早く行って、ジンダ!」
「わ、分かりました!」
シーシャの勢いに押されて、ジンダは慌てて駆け出した。
それを見送ったシーシャは、自分の着ていた上着を脱いで私をそれで包んだ。
そしてぎゅっと優しく抱きしめた。とても温かく、良い香りがした。
「これは運命だったのです。貴方は私が、立派な勇者に育てます……」
一体何の根拠があるのか知らないが、謎に私に運命を感じているシーシャ。
おそらくは先程付与された幸運値補正と才能補正のおかげなのだろう。
スキル『主人公』による、強制的な主人公補正は間違いなく機能している。
私は思わず、バレない程度に小さくガッツポーズをしていた。
これは絶対チートスキルだ。私はきっと、凄い勇者になれる。そう決まってる。
浮かれに浮かれた私は、上機嫌でシーシャに運ばれていくのだった。
しかし私はまだ知らなかった。主人公補正の真の意味を。
世界の中心になる事の過酷さを、私はまるで理解していなかったのだ。
【スキル『主人公』の効果により、勇者補正が入りました】
【勇者補正の結果、久喜重美の存在が世界に影響を与えました】
今この瞬間、世界に僅かな波紋が生まれた。
それはバタフライエフェクトのように、大きく世界を動かしていく事となる。
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久喜重美のプロフィール
出身地 東京
享年 二十歳 (直後に転生)
家族構成 母、父、姉
好きな物 母の作る唐揚げ、ミルクティー、アニメ
嫌いな物 虫全般 (特に多足類)
東京都に生まれた重美はそのまま東京の大学に進学した。
さっぱりした性格で交友関係は狭く深くタイプ。あだ名はシゲチー。
幼少の頃から漫画やラノベを嗜み、中学生になってからアニメ好きになった。
運動神経は悪くないがインドア趣味で、勉強は好きでも嫌いでもない。
とある日の大学からの帰り道、最寄り駅に現れた通り魔に刺殺される。
通り魔は複数人を死傷した後、駅のホームに飛び降りて電車に轢かれ死亡。
犯人は三十代男性。犯行の数日前から「悪魔の声がする」などと発言していた。
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