第45話 魔道人形

 「カズオ君、君は戦闘に関しては素人だと聞いていたが、中々やるじゃないか。私の作った魔道人形を低級魔法だけで捌くことが出来るなんて思わなかったよ」


 やっぱりどこかで俺とあの怪物(魔道人形? らしい)との戦いを見ていたらしいユルゲンさんは、自分の出した課題を上手くクリアした生徒を褒める先生のような口調で話す。


 「……たまたまですよ」


 「そう謙遜することはないよ。アレはまだ試作段階だが、警備用として売り出そうと思っているやつでね。こっちとしてもそれなりの戦闘能力を持たせたつもりだったからね」


 そんなものと一戦交えさせるつもりだったんなら先に言っておいてほしいのだが……


 (こっちは大変だったんだぞ!)


 ついそんなことを口にしてしまいそうだが、ここはこらえなければ。こんなことを初対面の人にかましてくるようなユルゲンさんでも大事な顧客なのだから! 俺はギュッと両手の拳を握りしめながら愛想笑いを浮かべる。


 でも、ユルゲンさんはそんなことを俺が考えているなんて1ミリも気づいていないような感じで思案顔になる。


 「ふむ……それにしても製作費をケチるために安い宝石を目の代わりにしたのは失敗だったかな? まさかあんな簡単に壊れるなんてなぁ」


 そんなことを独り言のように呟くユルゲンさんの表情は、実験結果が芳しくなかった時の師匠に似ている……なるほど、あの戦いは俺だけじゃなくてアレのテストも兼ねてたのね。


 「カズオ君はどう思う?」


 そして急に話を振られた。えっ、これはアレの感想を聞いているの? 何だか非常にマイペースな感じのするユルゲンさんだが、俺に質問をする彼の顔はやっぱり師匠とどことなく似ている。


 ……そしてこういう顔をしている時は、相手の求める回答をしないと話が先に進まないことも知っている。


 「そうですね……戦ってみた感想としましては、全体的に非常に強固な造りをしていると思いましたが、反面、目の役割を果たしている宝石は非常にもろく感じました」


 まぁ、正直なところそうだったからこそ勝てたともいえるけど……いや、両方の目を潰した後のことを考えると、“勝った”と言っていいのか分からないけど。


 「ふむ、君もそう思ったかな。なら、宝石は無しにするか」


 俺がそう言うと、あっさりとそう言った。そして、上着の内ポケットからから小さなメモ帳のような物を取り出すと、どこに隠し持っていたのか分からないけど追加で小さな羽ペンとインク壺のような物まで懐から取り出して、サラサラと書き込み始めた。


 (どこに仕舞ってたんだろう……?)


 ぽんぽんと色々なモノを取り出していく姿はまるで手品師みたいだ。


 「よし、こんなものでいいだろう」

 

 一通り、何かを書き込んだユルゲンさんは満足そうに頷くと、これまた手品の様に道具一式を懐へと仕舞った。


 その様子をジッと見ていたが、あれだけの物が仕舞われたというのに懐が膨らむわけでもなく、はたから見るとまるで何も入っていないかのようだ……何とも不思議な光景だ。


 おっと、今はそんなことを気にしている場合じゃない。まずはポーションの売込みだ!

 

 ……いや、でもその前にどうしても気になることが一つあるぞ。


 「ところで、ユルゲンさん。ひとつ、質問があるのですが」


 「何かね?」


 「あの、先ほど僕が戦った魔道人形とは何ですか?」


 俺がそう訊くと、ユルゲンさんはまるで意外な質問をされたかのような顔をするが、直ぐに納得したように何度も頷いた。


 「そうかそうか。カズオ君からしたらアレは新鮮なモノに見えたのか? いや、これは失礼。私としたことが最近はアレばかりと向き合っていたからね。君の様に知らない方が自然だったね」


 そう言ってユルゲンさんが、右手を前に出し、手のひらを上に向けた。


 「《アルバピス》」


 ユルゲンさんが呪文を唱えると、見る見るうちに小さなチリのような物がグルグルと円を描くように彼の手のひらの上に集まっていくと、あっという間に表面がツルツルとした真っ白で野球で使うボールほどの大きさの球体が出現し、コトッと彼の手のひらの上に落ちた。


 「……これが魔道“人形”ですか?」


 人形というからはピノッキオの様に人の形をしているとものとばかり思っていたが……


 不思議そうにしている俺の顔を見てニンマリと笑みを浮かべるユルゲンさん。それはまるで知識のない学生を前に自分の専門分野についてレクチャーしようとする教授の様だ……まぁ、俺大学行ったことないから想像だけど。


 「カズオ君、君にはコレのどこが“人形”なのか気になるようだね」


 「はい、無知なことを承知でお聞きしますが、僕にはただの綺麗な丸い石にしか見えません」


 「なに、そこまで自分を卑下する必要はない。何故なら君の言うように今のこれは確かに綺麗な“石”のような物だからね」


 ユルゲンさんは手のひらで器用に球状の石を転がす。


 「ところで君は世間一般で言われるような“魔道人形”というものを見たことがあるかね?」


 「いえ、ありません」


 俺がそう言うと少しだけユルゲンさんは残念そうにした。


 「そうか、ということはオルウェンも持っていないのか……ふむ、やはり彼女は興味を持ってくれなかったか」


 その口ぶりはまるで以前師匠に魔道人形を持つことを勧めたようにも感じる。 


 「あの、師匠が何か?」


 「ああ、別に何でもないさ。こちらの話さ。さっ、それよりも君にはまず一般的な魔道人形を見せよう」


 そう言うと、またどこに仕舞っているのか分からないがさっき色々なモノを入れたはずの内ポケットから小さなベルを取り出して、チリン、チリンと二度鳴らした。


 ……何だかはぐらかされたような気がするけど、それよりもまずは魔道人形だ。


 すると十秒も経たずにコンコンと扉をノックする音がした。


 「入りなさい」


 ユルゲンさんの声に合わせて振り向くと、俺のここまで案内してくれた少年がガチャッと扉を開けて立っていた。


 「お呼びですか?」


 「私の部屋に二人分のお茶とお菓子を運んでおいてくれ」


 「かしこまりました」


 ペコリと一礼すると少年は、扉を閉めて立ち去った。なんだ、魔道人形なんていないじゃないか。


 「どうだね?」


 ユルゲンさんはニコニコとしながらそんなことを言ってきた。


 「どうっと言われましても……彼はユルゲンさんのお弟子さんですか?」


 「そう見えたかね?」


 「……違うのですか?」


 「あれが、“魔道人形”だよ」


 「そうなんですか……えっ?」


 ついバッと少年が出て行った扉の方を見てしまう。彼が人形……そんな馬鹿な。でも、思い返してみると確かに人形みたいだったけど……でもどう見ても人間にしか見えなかったぞ。


 驚く俺の姿が面白いのかユルゲンさんは笑った。


 「はは、そんな純粋な反応をされるとは思わなかったよ。だが、アレは確かに魔道人形だ。なにせ、私が造ったのだから」


 「ユルゲンさんが?」

 

「今はポーションの販売なんてことをしているがね。これでも昔は“人形遣いのユルゲン”なんて呼ばれたこともあったのだよ」


 師匠……なんでそういうことを事前に教えてくれないんですか。俺は貴方からユルゲンさんがポーションの販売を精力的に行っている人としか聞かされてませんよ。でも、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。


 「あの少年の姿をした人形は私の作品の中でも傑作でね。ほぼ自立状態で動くことが出来るし、簡単な事なら命令しなくても勝手に考えて行動する優れモノなんだよ」


 ユルゲンさんは自慢げに胸を張ったが、その直後にガクッと肩を落とした。師匠に似ていると思ったけど感情表現の豊かさはローラさんみたいだ。


 「その代わり一体造るのにとんでもない時間とお金がかかるし、調整に失敗すると暴走しかねなくてね。おかげで造ったはいいけど売れないから、ちょっともったいない作品でもあるのだよ」


 「そうだったんですか」


 「うん、その点。これはとても良い品が出来たと私も思うのだよ。第一、今までは人形という言葉に引っ張られて人の形にこだわり過ぎたのがいけなかったんだ。これは大量の魔素が含まれた岩石が必要になるんだが、それさえあれば簡単に作れるのだよ。岩石に命令を書き込んで魔力が上手く流れるようできればこうやって、それ!」


 ユルゲンさんの手のひらの上で球状の石がグネグネと蠢動すると瞬く間にルネサンス期の人型の彫刻の様な姿に形を変える。


 「おお、これは凄いですね」


 「そうだろう、そうだろう。念じるだけで好きな姿に代わるのだよ。それに簡単な命令なら教え込むことが出来るから、単純作業の繰り返し程度なら出来るのさ。それ、見たまえ」


 ユルゲンさんが魔力を込めると、人型の人形が彼の手のひらの上で屈伸運動を始めた。

 

「これは面白いですね」


 でも、俺はこれに命を取られそうになったんですよね。とは言えるわけないよね。

 そして相変わらず俺の心の内なんて全く気付かないユルゲンさんは大層嬉しそうだ。


 「ふふふ、そう言ってくれると私も嬉しいよ、カズオ君。いつかはコレが量産できればきっと世の中は良くなると思うのだよ……だが、まだ問題もあってな」

 

「問題、ですか?」

 これも暴走する危険性があったり、高かったりするの?


 「見た目だよ」


 「……見た目、ですか?」


 あまりにも予想と違ったからオウム返ししてしまった。


 「そう、見た目が地味だと思わないかい? 今までの魔道人形だったらより人間に近づけることも、はたまた伝説上の生物を模倣することだって出来たのだが……いかんせんこれはただの岩石を削りだしたものだからね。色が、ないんだよ。魔法の関係もあって着色したりするとどんな誤作動を起こすか分かったもんじゃないからね。どうにも地味になってしまうのさ」


 「はぁ、地味ですか」


 俺はユルゲンさんの手のひらの上で延々と屈伸運動を続ける見事な彫刻を見つめる。うーん、確かにあの少年の姿をした人形に比べれば地味……かな?


 「でも、機能に問題がなければ良いのでは……」


 「そんなことはないのだよ! カズオ君!


 うぉ、びっくりした! ユルゲンさんは俺の発言にかぶせる様に大きな声を出した。


 「見た目は大事なのだよ。どんなに優れたモノでも見た目が悪ければだれも買ってくれんのだ。これだって、ヴァルトロ伯に見せたのだよ? そしたら彼は言ったと思う?」


 「さっ、さぁ分かりません」


 「心が動かんな、と言ったのだよ! つまりは見た目が魅力的でないと! 私がどんなに素晴らしいものなのか説明してもちっとも興味を持ってくれなかったのだ! 完璧な安全性、そして使い手の想像力に合わせてどのような姿にも変化するというのに……」


 なんだか、急に熱が入ったぞ……どうしよう。


 「それで、あの赤い宝石はなんだったのですか? ああいったものが組み込まれたのなら、見た目だって……」


 すると、いきなりユルゲンさんが左手をビシッと俺の顔の前に出した。近い……


 「そう、そうなのだよ! だから、本来なら周囲の魔素を感知して行動する魔道人形に外部から情報を取り入れる機能をつけ足したのだよ。無駄な機能だと分かっていてもこれなら見た目が変わるかなと思ってだ! でも、実際は全く役に立たたなかった。君との戦いで目が覚めた。所詮、飾りは飾りに過ぎないと」


 「そっ、それは良かったです」


 それを知るためにも俺は襲われたの?


 「しかもだ、他の物に頼ろうとすると安全性が失われるかもしれないとも分かったからね。これからは、ああいったものは取り入れず。このままの姿を気に入ってくれる人に売ろうと思うよ。それに気づかせてくれてありがとう、カズオ君」


 「それは、なによりです……」


 何だか良く分かんないうちに、ユルゲンさんの問題が解決したようだ……うん、待てよ? 安全性が損なわれる?


 「あの、安全性とは一体?」


 「おお、そうか。その事を説明していなかった。つまりはだね、こういうことさ」


 ユルゲンさんがそう言うと、彼の手のひらの上で屈伸運動をしていた彫刻がピタッと動きを止めると即座に鋭利なナイフへと形を変えたかと思うと、俺の顔面に向かって飛んできた……ってえええええ!


 「うわぁ!」


 やばい、避けきれない!


 直撃を覚悟した瞬間、俺の顔面に当たる直前にナイフはバラバラに砕け散り、小さな粒子になって周囲に霧散した。


 「これって、あの時と……」


 あの怪物が最後に俺に攻撃しようとした時も同じことがあったぞ。

 ユルゲンさんはそんな俺の事を見て、今日何度目か分からない“あの”笑みを浮かべる。

 

「どうかね。コレの安全性を分かってもらえたかな?」


 「どういうことです?」


 「私の作った魔道人形は、言ってしまえば“こけおどし”でね。小さなお子様のいるご家庭でも安心して使えるように人に危害が加えられないようにしているのだよ。だからどのような恐ろしい姿をしていて、襲い掛かってくるように見えてもあの様に攻撃が当たる瞬間に小さな、それこそ目で見えないほど小さい塊になるように命じてあるのさ」

 

「そう……だったんですか」


 「驚いたかね」


 そう言って愉快そうに笑うユルゲンさん。


 (なんだよもぉぉぉぉぉぉぉぉ! そう言うのは先に言ってよぉぉぉぉぉ!)


 じゃあ俺は張子の虎相手に必死になって戦ったのか! そんなの道化……待てよ、そもそも安全性がどうのとかいう話じゃなかったっけ。


 「では、その安全性の問題とは?」


 「うん? おおっ、そうだった。いや、外部からの視覚情報に頼るように書き換えたらな。それが失われた時に、勝手に自己保存の機能が動くようになってしまったのだよ。いや~アレは誤算だった」


 はっはっは、と笑うユルゲンさん。


 「……そうなるとどうなるんです?」


 「それがな、自分の存在を守るために近くにいる者を無差別に襲ってしまうのだ! ははは、そうなってしまってはとんだ欠陥品になるところだった! カズオ君、気づかせてくれて本当に助かった。うんうん、流石はオルウェンの弟子だ」


 「ははは……それはどうも。研究の助けになれたのなら何よりです」


 顔は笑いつつも俺の背中には冷たい汗が流れる。だが、当然のことながらユルゲンさんは自分が何を言ったのか振り返ることもなく上機嫌なままだ。


 「おおっ! オルウェンは本当に良い弟子を持ったものだ。さっ、ここでの立ち話もなんだし、私の部屋に移動しようか。君の持ってきてくれたポーションについても話したいからね」


 満足そうに頷きながらパチンとユルゲンさんが指を鳴らすと天井から螺旋階段が降りてきた。なんとも、凝った仕掛けの多い屋敷だこと。


 「さぁ、さぁ、時間は有限だ! 駆け上るぞ、カズオ君!」


 心底嬉しそうなユルゲンさんは元気に階段を登って行った。


 (……なんというか、これは師匠以上に疲れそうだ)


 そう思いながら、俺はユルゲンさんの後を追った。

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