第33話 泥臭い遭遇戦
「キエエエイ!」
「うぉっ、しまった!」
突っ込んでくる男の奇声を耳にして、弾けるようにして俺の意識は思考の海から現実に戻ってきた。
一気に俺の目の前に踏み込んできた男は首筋を狙ってダガーを突き上げる。
(やられる!)
間近に迫る死の恐怖を前に、身体が竦むが……あれ?
何故か俺に迫りくる刃の動きが見える。
「わっ!」
情けない声と共に身体を右に逸らすと、ダガーが俺の首に触れずに宙を斬る。
「避けるか!」
男は突き上げたダガーを左斜めに振り下ろし、俺の身体を一気に切り裂こうとする。
「ひぇ!」
しかし、今度も相手の振るう刃の動きをはっきりと視界にとらえることが出来た。俺はその場で後ろに半歩左足を引きながら上半身をわずかにのけぞらせると、あっさりと男の一撃を躱すことできた。
「ちぃ!」
男は更にダガーを俺に向かって突き出し、執拗に首や顔を狙ってくるが、俺は正確に男の動きを見切ることできた。
右に左にドンドン力任せになってくる相手の攻撃を避けながら俺はジリジリと後ろに下がっていく。
(まずい、このままだと壁際に追い込まれないか?)
背後を振り返る余裕のない俺に現在地から壁までの距離は分からないものの、先ほどから攻撃を避けるたびに後ろに下がっている事からこのままではいずれ壁に到達してしまうことは必然だ。
だが、俺が心配すること自体が発生するより先に事態は動いた。男がしびれを切らしたのだ。
「すばしっこい奴め!」
男は首筋を狙うふりをして急に刃先の軌道を変え、俺の左肩に刺すように斜めに振り下ろしてきた。
(しまった!)
咄嗟の動きに対応できず、俺は男の振り下ろしたダガーの先端が吸い込まれるように俺の左肩に刺さるのを見るしかなかった。
カキン!
「何ぃ!」
しかし、何時まで経っても俺の左肩に痛みはやってこなかった。むしろ刃が硬い金属に当たって跳ね返されるような音と一緒に僅かな衝撃が肩に伝わっただけであった。
ダガーを突き立てている男は目を丸くして俺の方を凝視している。
「このぉ!」
俺は男が動転している隙に、力いっぱい奴の左肩を右手で突き飛ばした。
「ぐぉ!」
すると男の身体は俺の予想よりもはるかに勢いよく後方に吹っ飛び、盛大に尻餅をついた。男の持っていたダガーもカラカラと音をたてて床の上を転がっていく。
「えっ?」
その光景に吹っ飛ばした俺も吹っ飛ばされた男も茫然とした感じになる。
「くそ、貴様は“強化”しているな‼」
俺より先に我に返った男は何かを一人合点すると、即座に起き上がってダガーを掴むと彼から離れるように駆け出し、部屋の奥にある支柱の影に隠れた。
それに対し俺は何の行動もとることが出来なかった。
(こっ、これがポーションの力……)
俺は今起きている事の全てが信じられなかった。運動も碌にしてこなかった俺が殺意に溢れる武器を持った相手の攻撃を躱すどころか、反撃の一撃を入れる事さえできるなんて――
思わず、男を突き飛ばした右手をジッと見てしまう。
「《ルクスヴェント》!」
男の大きな声が部屋の中をこだまする。
(しまった……!)
パッと顔をあげると、いつの間にか男が柱の後ろから姿を現していた。
男はダガーの柄を両手で握ったまま己の胸の中央に掲げると、その刃先を俺に真っすぐと向けていた。
俺は男が何をする気か分からず身構えるが、刃先が赤く発光する以外に何も発生しない。
(何をしようとしているんだ?)
男は確かに呪文のようなものを口にした。ということは何らかの魔法が行使された可能性が高いはずなのに、周囲には何の変化も起こっていない。
ジジッジ……
「熱っ!」
自分の左胸に熱したフライパンを触ってしまった時と同じ熱さと痛みを感じる。
思わず、熱くなった部分に左手をかざすと、今度は左手の甲に痛みを伴う強烈な“熱”を当てられた感覚に襲われる。
「なんだ!」
視線を下げると、左胸のあたりにコースターほどの大きさの赤い円形の光りが当てられていて、そこの部分が急速に熱を帯びているのだということを俺は知った。
ピコン、ピコン
危険を知らせる黄色い三角にビックリマークの描かれた通知がいくつも視界に端に映り込む。
(なんだこれは? 敵の攻撃……魔法!?)
うっ……そんなことを考えている間にもどんどんの熱くなる! なら、まずは!
俺は全速力でその場を駆け出すと手前側の柱の後ろに飛び込み柱に背を向け、男の向けるダガーの刃先の盾にする。
すると、今まで感じていた熱さと痛みはスッと無くなっ……いや、まだ少しだけどズキズキ痛むぞ。
俺はほんの少しだけ頭を出して男の様子を伺う。すると、俺が隠れた為か男も先ほどの様に近くの柱の陰に隠れたらしく、柱の奥に引っ込む男の右足のつま先だけが視界に映った。
だが、ひとまず得体のしれない敵の攻撃からは逃れることが出来たらしい。
「『ステータスオープン』」
――――――
『HP:24/32』
『体力:12』(*現在値9・疲労/負傷による減少)
『力:10(*現在値21・疲労/負傷による減少/魔法による強化あり)
『技:3』
『速さ:9』(*現在値7・疲労/負傷による減少)
『防御:6』(*現在値12・薬品/魔法による強化あり)
『精神力:4』
『魔法力:1』
『特記事項:左胸部の火傷(熱傷Ⅰ度)』
――――――
「手の甲は無事だったか」
でも、あの攻撃をもう一発喰らったらどうなるか分からない。しかも時間経過に伴って熱さを増していったアレは一体どういう攻撃なんだ?
「まぁ、今はそれよりも回復だ」
『HP』にはまだ余裕があるが、疲労回復効果もあるし、ここで残しておいたポーションを飲んで……うん?
ホルダーから『治癒ポーション』を取り出そうとして妙な感覚が自分の指に伝わっていること気気づく。あれ、何か胸元がドーナツの様な感じ円形に湿っているぞ?
思わず胸元を覗き込む……げっ!
そして俺はホルダーに仕舞っていたポーションの容器が溶け、中身が漏れ出していることを知った。
「えええっ!」
よく見るとホルダーにも焦げた跡があり、下に身につけていた鎖帷子も熱の影響でわずかに歪んでいるのが分かった……どちらも借り物なのに。
いや、それよりもステータス画面で見たよりも被害が大きいぞ。もしかすると、ホルダーとポーションがピンポイントで敵の攻撃を受けたからこの程度の怪我で済んでたのか?
だとすると、敵の攻撃は俺の想定よりもはるかに危険だ。それに、より大きな怪我を負った時にそれを直す手段を失った以上、もっと繊細な立ち回りが求められる。
しかし、まずい事ばかりじゃない、ポーションのおかげで接近戦では素人の俺でもあの男と渡り合えたんだ。隙を見てパワーのあがった俺の拳を叩き込めば勝機はある。
どれ、まだ余裕があるはずだけど、ポーションの効果時間を確認しよう。
「……おや?」
『硬化魔法(弱)(効果時間:3分50秒)』
『筋力強化魔法(弱)(効果時間:3分20秒)』
『動体視力強化魔法(中)(効果時間:3分10秒)』
『反射神経強化魔法(中)(効果時間:3分5秒)』
「んんんんん?」
どういうこと? なんで全部3分程度しか持たないんだ? まだ全部のポーションを口にしてから五分も経っていないんだぞ?
ステータス画面を見ていくら唸っても答えは出ない。馬鹿な、この3種類のポーションは最低でも30分はその効果が持続するはずなのに、どうしてこんなに短い?
「あれ、なんだこれは?」
その時、俺は動体視力と反射神経を強化するポーションの効果が『中』になっていることに気づいた。そんな、この2本にこれほど強力な効果はないはずなのにどうして?
『カズオ君、いいかい。これだけは忘れてはいけないよ』
その時、俺の脳内に師匠の声が響く……あっ、もしかして。
俺は僅かに震える指で『動体視力強化魔法』の項目に触れる。すると、魔法の効果説明の下に小さく特記事項が記載されていた。
『同魔法は硬化魔法及び筋力強化魔法との重ね掛けにより一部効果が強化されています』
なんとも素晴らしい説明だ。簡潔に俺が求めているモノを提示してくれている。
ヒクヒクと動く、俺の頬をツーッと冷たい汗が流れる。
(マズい、コイツはマズい……)
――今になって俺は師匠の大事な教えの事を思い出す。
『ポーションというものはね。いっぺんに何本も飲むものじゃないよ。何故なら……』
「……“互いに影響し合うことがあるから、”か。なんでこんな大事なことを忘れていたんだろう」
ポーションに付与された魔法同士が同調し、体内でその効果を増幅するという前提条件は、ポーションを扱うものにとって基礎中の基礎だ。
無論、全てのポーション同士でそのようなことが起きるわけではないが――だからこそ、そうなる組み合わせは避けなければいけないんだ。
何故なら、効果が増幅されたポーションは通常以上の効果を発揮する代償に、効果時間が激減し、副作用もより強くなって、それが飲んだ者に襲い掛かってくるからだ。
(俺が飲んだポーションの副作用は頭痛に眩暈に手足の痺れ……1本ずつならどれも数分程度な上に症状も非常に軽いけど、今回はどうなるか分からないぞ)
こうなったからは、早いとこ逃げるか、あいつをぶっ飛ばすかしないと相当マズいことに……
「《ルクスヴェント》!」
(あの声は!)
男が魔法を行使した。俺は即座に周囲に視線を動かし、更には柱から顔を僅か出して、男の姿を探すがどこにも見えない。
(どういうことだ? さっきみたいに俺を焼くつもりじゃないのか?)
声の方向からして、相手は未だに向こうの柱の近くにいるはずだが……いや、それよりもあいつの魔法の正体を考えるべきだ。何せ、俺に残された時間は少ないのだから。
まず、あいつが魔法を使ってから俺が“熱”を感じるまで数秒あったことから即座に大怪我を負わせるようなものじゃないことは確かだ。ただし、時間経過と共に温度が上がっていったことから長時間魔法の効果を受け続けることは得策ではない。
次に、魔法の効果を受けたのは俺の左胸と熱くなった部分を触れようとした左手の甲のみ。つまり効果範囲は見た時に赤く光っていた部分のみで、かつ手の甲が熱くなった時は、一時的に左胸に感じていた熱さが減少したことから指定した部位を熱するのではなく“特定の地点から照射した”と考えるのが妥当か?
(うん? 照射……?)
その単語が頭に浮かぶと同時に男の持っていたダガーのことを思い出す。
(先端が光っていたな。あれが何かをこちらに放っていたということか?)
でも、その光がこちらに伸びていたわけでもないし、会議で使うポインターみたいな光にどのような意味が? ……ポインター?
何気なく頭に浮かんだ1つの考え。だが、何となく正解に近いような気がする。
――その時だった。
ジジッ、ジジジ……ビュ!
「へっ? ……!?」
俺の左頬にとてつもなく熱い水滴のような物が掠った感覚がした。
ピコンッ
すぐさま通知が来る。
「熱ッ!」
思わず左を見て俺はギョッとする。柱にコースターほどの大きさの穴が開いていた。穴の周囲は高温で熱された様になっている。
あの男の魔法がこんな威力を発揮したのか!
「ちっ、悪運の強い奴だ。《ルクスヴェント》!」
悪態と共に男が再び魔法を行使した。
(嘘だろ! あの距離からこの柱を貫通……いや姿が見えなかったことからあいつが隠れていた柱ごと貫いて俺の攻撃したのか!)
なんて威力の魔法だ。にもかかわらず、あいつは間髪入れずにもう一度呪文を唱えた。ということはあの男の魔法力の数値が高いから、コストパフォーマンスの優れた魔法なのだろう。
いや、そんなことを考えている暇はない。今は運よく外したけど、もしもあれを喰らったら今度こそお陀仏だ。
だが、あの魔法の正体はなんだ? ポインターみたいに対象に光を当ててその先を熱するのか? いや、まてよ。そうじゃない、ポインターみたいじゃない、あの魔法自体が超強力なポインター、つまりはレーザーか!
俺の脳裏に、かつて見た科学番組の一場面が思い浮かぶ。そこでは色々なレーザーの仕組みについて簡単に解説していた。その記憶を頼りに今の状況を考える。
……でも、あの威力はレーザーポインターに使われる半導体レーザーの比じゃないぞ。俺に当てた時は炭酸ガスレーザー並みだったし、こんな穴をあけるんじゃ下手すると科学レーザー並みの出力までいくんじゃないか?
ただ、そう考えるなら色々と納得がいく。あの魔法のちゃんとした仕組みは分かんないが、アレがもしもレーザーと似た性質を持つのなら真っすぐしか攻撃できないはずだ。だから、執拗に顔や首筋を狙っていたあの男が左胸を狙ったんだ。頭よりも胴体の方が的が大きいから。
その割に、俺が柱に隠れるまであいつの攻撃がなかったのは何故だ? それに、さっきも攻撃が外れたのなら、柱を切断するように刃先を動かせば確実に俺に当てられたはずなのにそれをせず、もう一度魔法を唱えた。
二度の攻撃の様子からレーザーの出力を上げるのに相応の時間がかかるはずなのにどうしてだろう?
……もしや、一度魔法を唱えると、射角を変更できないのか? それとも何かしらの制約があるのか?
うっ、こうしている間にもあいつはレーザーの威力を高めるし、ポーションの効果時間もなくなっていく……ええい、これ以上悩んでも仕方ない!
こうなったら、一か八かだ! 次の攻撃が来る前にここを飛び出して直接アイツをぶん殴ってやる。
魔法を唱えたら射角が変えられないのなら、今が最大のチャンスだ。
「よぉし!」
俺は覚悟を決めて柱の左側から飛び出す。もしもこの時、相手が俺の行動を読んでいるか、俺の予想が外れていたらレーザーの直撃は免れない。
だが、その恐ろしい結末は訪れなかった。
柱の後ろから一気に男の隠れている柱に部屋の端を通るように走る俺に見えたのは、男が隠れている柱の、丁度先ほどまで俺のへそがあったくらいの位置にコ―スターほどの穴が開く光景だった。
(もらったぁ!)
男が隠れている柱の裏まで駆け寄ると、俺の接近に気づいた男が魔法を解除してダガーを構えようとする。
「遅い!」
俺は頭の中でボクサーになっている自分を想像しながら、右の拳を突き出してパンチを繰り出す。
「ぐっ!」
幸運なことに男の右手に拳が当たり、男はダガーをその場に落とす。
「はぁぁぁ!」
大声を出しながら連続してパンチを男の顔や胴体に向けて繰り出す。
「うっ……!」
素人同然の俺のラッシュはほとんど男に当たらないが、俺の勢いに押されているか、男は防戦一方だ。
「ガハッ!」
そして、運よく繰り出した俺の左フックが相手の頭を捉える。
(よし、トドメ!)
俺は勢いよく踏み込んで、渾身の右ストレートを叩き込む。
「――舐めるなぁぁぁ!」
だが、男はそれを寸前のところで右に身体をずらして躱すと、お返しとばかりにカウンターのパンチを俺の顔面にお見舞いする。
「うげっ!」
ポーションで強化されていてもそれを躱すことは出来ず、鈍い衝撃が頭を襲う。だが、強化されているおかげでパンチを受けても俺はダウンしない。
「オラァァァァ!」
だが、攻守交替とばかりに、今度は男が気迫のこもった声と共にパンチを繰り出す。それは俺と同様に素人同然の拳だが、俺を相手にするなら十分だ。
バシィ! バンッ! ドゴッ!
時折蹴りの混ざった拳の応酬は、俺と男に何発も入り鼻血の飛び交う泥臭い殴り合いの様相を見せる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
素人同士の戦いの為か互いに決定打を入れられず、只々互いの体力と時間だけがいたずらに消費される。
(マズい、このままポーションの効果が切れたら確実に負ける!)
だが、距離を取ってまた相手に魔法を使われるわけにもいかないし……魔法?
(そうか!)
「うぉりゃやや!」
俺はわざとらしく大ぶりの左フックを放つ。
「フッ!」
それを隙と見て取った男は左ストレートに対してカウンターを試みる。
「かかった! 《ウォ・アクアゲタ》!」
俺はその瞬間を狙って右手を前に出し、魔法を行使する。
「なにィ! グッ!」
俺の右手から放たれた水の塊が相手の見開いた瞳に飛び込み、相手の攻撃の手が鈍る。
「今だぁぁぁ!」
俺は勢いそのままに左フックを頭部にかまし、すかさず追撃の右拳を肝臓の辺りに叩き込む。
「トドメ!」
前かがみになり隙を曝した男の顔面に渾身の左ストレートをぶつけた。ミシッと肉と骨に食い込む感覚が左手に伝わったのと同時に男の身体が派手に後ろに吹っ飛び、そのまま大の字に倒れた。
「へへっ、ざまぁみろ……」
ふらふらになりながらもピクリとも動かない男を見つけ、人生で初めての勝利宣言をする。
しかし、この男は一体何者だったのだろうか? 何かを早合点して襲い掛かってきたあたり、単なる盗掘者ということもあるまいし、ローラさんの言う様に本当に実行犯だったとか? その割には戦い慣れしてないし……
なんにせよ、今の俺にはこの男を拘束する手段もないし、それどころかポーションの効果が切れたら間違いなくグロッキーになる。
「果たしてその状況でここから出られるのか……?」
上層に続く階段を見上げて、一人呟く。
ズキンッ
「うっ……」
グニャリと視界が歪み、頭が痛む。いよいよ、ポーションの効果が切れるのだ。
これは、本当にマズい。でも、先に進まなければ……
俺はふらつく身体を抑え、階段に向かって一歩進む。
「おい、何処へ行く」
その時だった、あの男の声が聞こえた。男の方に振り向こうとした瞬間、凄まじい衝撃が俺を襲い、受け身も取れないままその場に倒れ伏す。
男に殴られたことに気づいたのはその後だ。
グラングランと揺れる視界でどうにか男を見上げると、右の頬を赤く腫らしたそいつは嘲るように口角を上げて俺を見下ろしている。
「勝ったと思ったか? 甘いんだよ」
男は更に俺の腹に蹴りを入れる。
「うぐっ!」
息が詰まったままなすすべもなくその場にひっくり返る。
「本来ならここまでズタボロにした相手にとどめを刺すのは忍びないが、貴様は別だ」
男はゆっくりと俺に近づくと、俺の腰にぶら下がっていた鞘から剣を引き抜いた。
「俺を殺さぬつもりだったのかは知らぬが、コイツを使わなかったのは失策だったな。だが、安心しろ、貴様の大事な得物で心臓を一突きにしてやる」
男はゆっくりと剣を持ち上げ、狙いをつける。
残念だが、その剣は俺の相棒ではなくただの借りものだと言いたいとこだが、そんなことを言う気力もなければ時間もないようだ……
「あばよ!」
男は恨みを乗せて思いっきり剣を振り下ろそうとしたその時だ。
パァン! カンッカララララ……
「ぐああぁ!」
空気を震わす乾いた音と共に、男の持っていた剣が弾き飛ばされ床を転がった。剣を飛ばされた男は両手を抑えて苦悶の表情を浮かべる。
コツコツコツ……
足音のする方角に目を向けると、上層へ向かう階段から、真っ赤なマントを羽織った見覚えのある二人の男、フリッツ捜査官とアントン捜査官が降りてきた。
「そこまでだ。無駄な抵抗を止めなさい」
落ち着き払った声でフリッツ捜査官が言う。
「なっ、貴様たちは!」
男は二人とみると目を見開いて驚き、その場から走り去ろうとするが、瞬きする間にアントン捜査官が男の前に回り込んでいた。
「おっと、抵抗するなと言われただろ?」
ズドンと、空気を振動させる鈍い音を伴って強烈な拳が男の腹に打ち込まれる。
「あっ……あっ」
パクパクと鯉のように声にならない音を口から発するとそのまま男は崩れ落ちた。
「ご無事かな、カズオ君?」
男の方を一度も見ずに穏やかな笑みを浮かべたフリッツ捜査官が俺の元にやってきた。
「フリッツ捜査官……どうしてここに?」
「それは私の台詞だと思うがね。まっ、何がともあれまずは一つ。協力を感謝するよ」
どう見ても作り笑いでそう言われた。恐らく、相当怒っているであろうことは俺でも分かる。
「はは、それはどうも……」
俺もフリッツ捜査官を刺激しないように出来る限りの笑顔で返答するが、それよりも俺の視界の歪みがますますひどくなり、耳鳴りまでしてきた……これは、もう本格的に“ヤバい”かも……
「おい、てめぇ自分が何しているのか分かっ……」
フリッツ捜査官以上にはるかに強く怒りの感情を表に出したアントン捜査官がズカズカとこっちに向かってくるのを感じながら俺は意識を手放したのだった。
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