第13話 カズオの弟子入り
――さて、どうにか一つにまとめることが出来たけど、これでいいのかな?
30分ほどかけてザッと200ページほどの纏まりになったけど、俺は仕事を終えたような気分にはならなかった。
特に気になるのが机の上にこのレポートの内容とどう見てもそぐわないと判断して脇にどけた3ページ分の資料だ。
一通り読んでみて、ポーションに関する記述が1つも見当たらなかったけど、それらのページが本当に関係のないものなのかは自信が持てない。
(まぁ、後は確認してもらえればいいかな……待てよ)
だが、俺はこの時、自分がとても重要なことを確認し忘れていたことに気づいた。
「あの、もう一1質問してもよろしいでしょうか?」
「うーん、なんだい?」
俺の今の心情とかけ離れた気の抜けた返答あった。
「このレポートって……全部で何ページくらいあるんですか」
僅かな静寂があってのんびりした声が聞こえる。
「あー、100と少し、だったかな?」
「100……ですか」
「うん、そこでね、2つレポート書いてたんだが、ポーションの製造に関係するやつ。そっちが必要だから。でも、せっかくだから両方とも纏めといてくれよ。というか、まだ終わってなかったのかい?」
「その……結構あっちこっちに散らばってまして」
「あー蹴とばしちゃったかな? 悪いけどそう言うことだから、よろしくやっといてくれよ」
「分かりました……」
どうにか平静に話せたと思うが俺は今冷汗がダラダラと流れているのをはっきりと感じている。
(やべぇぇぇ……!!!! 混ぜちゃった!)
でも、一つ言わせてもらいたい。2つレポートがあるなら最初からそう言って欲しかった! もし俺がその事を知っていたのならこんな風にはならなか……いや、そういう事じゃないよな。
俺が文章をちゃんと読んでいれば良かっただけの事。面倒だからページの最初と最後だけを確認して何となくつながっているなーと思ったらそのまま連続したページだと判断したのは誤りだったかぁ……仕方ない、もう一度確認しよう。
最初のページから順に捲っていく。
(うう……文章読むのが苦手な上に、良く分からん言葉だらけで脳が読むことを拒否している様な気がする)
それでも少しずつ時間をかけて再度読んでいく。
すると、数十ページほど読み進めたことであることに気づいた。
(よく見ると、これ片方は『ポーション製造における基礎的魔法式』でもう1つは『気候の違いによるポーション効能の影響について』じゃん! なんで1つにまとめたんだ俺?)
しかも、最初に持ってきたレポートの題名や目次と明らかに一致していないページの束を纏めていたことに気が付いた。それどころかフツーにその間にそれとは別に題名だけが掛かれたページを見つけてしまった。
(これ、最初何でこの章だけ丸々1ページ使って章の名前だけ書いてんだろうと思ったけど、よく見なくても全然違うレポートの表紙だって分かるだろうに……)
いかに先ほどまでの俺がいい加減に仕事を終わらせようと思ったのか分かってしまい情けない気分で一杯になった。
(この仕事はちゃんとやらないと、っと思っておいてこれだよ。いくら文章読むのが苦手だからって……)
俺は1ページずつ、順番も関係なしに内容を読んで大まかに2つの山に分けていく作業を始める。
(そもそも、いきなりやってきた人に崩れたレポートの整理なんてさせるか? しかも、初めから2つのレポートがごちゃ混ぜになったとか言ってくれれば俺だってこんな馬鹿なミスしなかったっていうのに……いや、それどころかレポートを崩した時点で直せばいいじゃないか。自分で書いたものなら5分もかからないだろうに。いや、こんなゴミ屋敷に片足突っ込んだようなところで作業しているから、こんな風にレポートが雪崩を起こした状態を放置して別の事に没頭できるのか。そんなのいくら何でもグータラ過ぎやしないか)
色々と不満が沸き上がってくるが……それも数秒で沈静化する。
(まぁ、自分の部屋も碌に掃除せずにパソコンにかじりついていた俺が思うべきことでもないか……)
何だか、そう考えてくるとこの部屋の光景と自分の部屋とが重なって見えるような気がしてきたな。
(……まあ、何も考えずに一からやり直そう)
ふぅー、どうにか2つに分けることが出来た……過去5年分くらいの読書を一気にしたような気がする。
これでとりあえず順番通りになっているとは思うけど、まぁ、細かいところは見てもらうしかないな。
……にしても、俺ってこんなに文章を読むのが苦手だったんだな、我ながら恥ずかしいものだ。こんなことになるんならせめて元の世界でネット小説くらい読んでいればもうちょい少しはマシな結果を得られただろうに……よもやこんな形で己の弱点を見つめなおすことになるとはねぇ。
「終わったのかい」
「うぉ!」
気づいたら俺の左肩からテーブルを覗き込むかの様にニュッと頭が突き出されていた。
これはビビる。
俺の今日一大きい声を聴いた相手はパッと俺から離れると目を丸くした。
「おや、驚かしてしまったかい?」
「それは、まぁ、はい」
特に隠し立てすることでもないので正直に言う。
「それは失礼」
カラカラと相手は笑った。
俺はゆっくりと振り返り、笑い声の主を見る。
(小汚い人だな……)
それが俺の正直な第一印象だった。無論、この小汚いと言うのは心の事でなく、百パーセント見た目に由来してのことだ。まぁ、我ながら失礼な感想だと思うけど……
座っていて気づかなかったが相手は俺よりも僅かに背が高く、細身だった。年齢は俺と同じくらいだろうか?
スッと通った鼻筋と薄い唇に、形の良い顎。そして長いまつげと薄暗い空間でも目立つキラキラとした青い瞳が最初に目につくが、それ以上に右頬と鼻についている黒っぽい汚れが気になる。
頭は長い髪を後ろでまとめているのか大きな団子の様になっていて、そのくすんだ金髪もボサボサだ。
まるでコメディ漫画の実験に失敗して爆発した博士の様だ。
それと顔立ちや体形からして女性というのはすぐに分かったが、何故か自分の体格よりも明らかに一回りほど大きい男性物の服を着ている。
「あー、まだ名乗っていなかったねぇ。私はオルウェン、薬品ギルドのマスターだ。君はサカザキカズオだね? ハンナから話は聞いているよ」
「こちらこそ、改めてご挨拶を……えー、本日からお世話になる坂崎和夫です。よろしくお願いします」
今日、4度目となる挨拶をしてから一礼する。
だが、顔を上げた時、オルウェンさんは俺の目の前におらず、いつの間にか俺がさっき整理したレポート手に取ってページをパラパラと捲っていた。
「ふむ、何か所か前後が逆になっているねぇ……」
そう言いながらてきぱきとページの順番を入れ替えていく。
「まぁ、こんなもんでいいだろ」
そして、30秒も経たないうちにレポートは綺麗に整えられた……そんなに早くできるなら自分でやった方が良いだろうに、とは口が裂けても言えないだろう。
「それにしても、ハンナが新しい助手をよこしてくれると言っていたが……君はアレかい、神聖魔法でも専門にしていたのかい?」
「えっ?」
「おいおい、いくら何でもポーションが専門とは言わないだろう? レポートを整理するだけでこんだけ時間が必要なんて……まさか、そうなのかい?」
訝し気な視線を俺に向ける。
だが、それ以上に俺は困惑している。
(えっ、えっ、ポーションが専門って何? 読み書きができるだけじゃダメなの?)
何か重要なところで行き違いが起きている様な気がする。
「どうしたんだい?」
「いや、その」
「なんだい?」
「えーとですね?」
「何か言えないことでも?」
「そう言うわけではないのですが……」
「じゃなあ、どういうことだい? まさか魔法が使えないというわけでもあるまいに」
からかうような声音で彼女は言った。
ビクッ!
あっ、これは何も言えない。だが、俺にとっては痛恨の一言だ。
ダラダラと汗が止まらない。今日の俺は暑くもないのに随分と汗をかくものだ。
その様子を見ていたオルウェンさんはポカンと口を開いた。
「まさか、そうなのかい?」
「……はい」
「ということは、まだ見習いってことかい?」
「……いえ」
「なら薬草学を学んでいる段階かい?」
「……何もやってきていません?」
「では、君は何をしてきたんだい?」
「……この街では運送ギルドで働いてました(1週間くらいだけど)」
「その前は?」
「接客……いえ、その、えーと(半分ニートみたいなフリーターってなんて説明しよう……)」
言葉を詰まらせ、ここ数年間で最も気まずい静寂が訪れる。
オルウェンさんはそれを聞いて怒るわけでもなく、何かを考え込むように汚れた袖口 から伸びる細い指を口元に当てて下を向いている。
「ふむ、この際読み書きができれば良いとは言ったが……まさか本当にそうなるとは」
そしてブツブツと何か言ったかと思うと、息を思い切り吸ってから俺の顔を見てきた。
ジーッ……
「なっ、何でしょうか?」
「ふむ、ふむ、ふむ」
10秒ほど俺の顔を見てニンマリと笑った。
「まぁ、この際君でも構わないか」
「えっ?」
オルウェンさんはレポートをテーブルに置くと元居た席に戻った。
「君、色々とやること多いかもしれないけど大丈夫かい?」
「あっ、はい! 勿論です」
「そう、なら部屋の整頓とか、実験の手伝いとかを頼むよ。それとそのレポート、帰りにハンナに渡しといてくれたまえ」
「分かりました……その」
「何だい?」
「本当に僕をこのまま雇ってくれるのですか?」
「どうしてそんなことを訊くんだい? 君こそ、行く当てがなくて困っていたのだろう?」
「それは、そうなのですが。僕にはご期待に沿えないこともあるかもしれないので……」
「はは、そんなことは気にしなくていい。どのみち初めから期待していなかったからね。おっと、誤解しないでくれよ? 別に、君が悪いってわけじゃないんだ。ただ、現状を考える……とね?」
何か含みのある言い方だが、彼女は怒っていないようだ。
「まぁ、いずれにしても、今日は受付の掃除をしておいてくれないか? これを書き上げるのに夜までかかりそうだから、それが終わったら好きに帰ってくれて構わないよ」
「ありがとうございます。それでは、掃除に取り掛かりますね、オルウェンさん」
俺がそう言って立ち去ろうとするとオルウェンさんが呼び止めた。
「ああ、そうだ。1つ言い忘れていたが、先ほど君を助手として紹介されたと言ったよねぇ」
「えっ、はい。そのように聞きましたが……」
「それは君を私と同じ魔術師だと思ったからで……でも君はそうじゃないんだろう?」
「ええ、魔術師ではないです。僕は魔法を使えませんので」
「では、君は助手ではないね……そうだな、立場としては私に師事する弟子といったところかな?」
「弟子?」
「ああ、そうだ。今まで弟子なんて取ったことも取ろうと思ったこともなかったけど、まあ、これも良い経験かな? そういうわけで、“さん”ではなく、“師匠”と呼んでくれたまえ」
「……分かりました。師匠、これからよろしくご指導のほどお願い致します」
「うむ、こちらこそよろしく頼むぞ、弟子」
どこか、オルウェンさんもとい、師匠の声が弾んでいるように聞こえた。
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