15.「やっぱり腰巾着じゃないか」


 その壁を寄越して来ただろうものへ振り返る。


 あのくす玉モドキが、子供が手放してしまった風船みたくふらふら宙を漂いながら、被った黒いボロ布の下から伸ばした管を束ね私達を阻んでいた。


 背中が冷える。


 何故戦力外となったいとでは無く、私達を狙った?


 管の壁が爆ぜ、私と天地あまちを捕らえる網のように広がる。


 天地あまちは拳で大穴を開け、私は木刀で左右に断つと海へ跳んだ。上空からはくす玉モドキが放つ管が放射状に伸び、追尾システムが付いた鞭のように方々を破壊しながら追って来る。


 手数は凄まじいが矢張り鈍い。ベタベタと纏わり付いて来る鬱陶しさに、私はくす玉モドキへ向き直り向きながら天地あまちへ告げた。


「やっぱり私が引き受けます」


 言いながら横に払った木刀で接近して来た管を折る。


 背中越しに天地あまちの「悪いな!」という声が応じて一旦同じビルの屋上に着地すると、天地あまちは海へ、私は再びくす玉モドキへ跳んだ。天地あまちを阻もうとする管を払い切ろうと木刀を握り直すが、逆走して来る私と距離が狭まって来ていた管達は軌道を変え、格子模様を作って一枚の布のように絡まり合うと、私を中心に置くように周囲へ突き刺さり半球状になって自立した。


 投網とあみ


 もう夜と言っていいぐらい弱まった陽光に照らされるその姿に連想する。強度は知れているので木刀を振り上げるが、嫌な静けさに辺りを見た。


 他の管が停止している。いとも、いとに向かっている天地あまちも野放しにして。くす玉モドキは宙に佇んでいる。あって無いような脆い囲いで私を隔離して。

 

 また背中が冷えた。今度はその原因が分かる気がする。


 海から来た神々の中に、一体妙な奴がいた。あの仏像モドキ。あいつだけが仲間の死体に紛れて奇襲を狙うという、頭を使った動きを見せていた。とは言えすぐにくす玉モドキが現れたから、くす玉モドキがこの群れを率いる一個体だろうと思った。でも奴は今、いとを無視して格下の私を狙うという、性質に反する行動を見せている。


 もしや今回の〝禍時まがつとき〟を起こした神々を統べるのは、くす玉モドキじゃなくて仏像モドキだったんじゃ?


 古くからこの地を守り名を馳せて来た古要こようを軽んじ、その近侍きんじに過ぎない私を狙うなんて〝禍時まがつとき〟の目的に反する真似を、群れの長がする筈が無い。それに仏像モドキはこの地を襲う〝禍時まがつとき〟に相応しく、足元の天地あまちを無視していとを襲っている。


 今年の〝禍時まがつとき〟とは実はもう終わっていて、天地あまちという天才の飛び入り参加によりここ数年で最速の決着を既に済ませていて、あのくす玉モドキとは群れの長と捉えられるようなタイミングで現れただけの、別勢力なんじゃないのか?


 なら、いとより私を優先して攻撃したがる何者かなんて、思い当たるのは一人しかいない。


 粘着質な声が嘲笑う。


「やっぱり腰巾着じゃないか」


 くす玉モドキの胴から電柱何本分かも分からない太い腕が三本突き出て、胴を黒いボロ布諸共左右へ引き千切った。破れた胴から毛糸玉のように密集していた管の塊が零れると、三本の腕ごと宙へ投げ出される。三本腕は胴と同じく毛糸玉を引き裂くと、露わになったその身で市街地に降り立った。


 それは杭を打たれた両耳から血を流す、禿げ頭の巨人。その身丈はこの町のどのビルよりも高い。だらしなく開いた口から垂れる舌は膝の前でぶらぶら揺れ、右の肩甲骨辺りから生える三本目の腕の重みで姿勢が悪い。右へ傾いている身体に、くす玉モドキが被っていた黒いボロ布が、法衣のように纏わり付いている。坊主の怪物みたいな巨人は傾く上体を持ち上げると、白濁した目を私に向けた。


 ただくす玉モドキが壊されたので、投網のような管も跡形も無い。自由になった私はそれでも、軽々に動く気になれないでいる。私が足場にしているビルより背が高く、巨人の背後に立っているビルの屋上から、こちらをニタニタ見下ろして来る東海林しょうじの面が不愉快で。


 東海林しょうじは、両手をズボンのポケットに入れたまま高らかにわらった。


「そこで土下座して僕に謝罪しろ。そうすればこいつを引っ込めてやる」



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