第28話
森はずっと静かだった。それが今はざわめいている。動物たちの動きがせわしない。あの夜鳴鳥が影響しているのは間違いないだろう。鳥は世界樹に向かっている。森の上に見える世界樹の先へと向かっている。世界樹の先は遠くからでもよく見える。青々とした葉がいつでも悠々とそこにある。その元までたどり着いたものはきっと少ない。伝聞で伝わるのは随分昔の旅人による手記で、それはヒアミックと王しか知らぬと聞いている。その世界樹へと夜鳴鳥は向かっている。
シキアは森をいく。腰ほどまであった草が少しずつ背低になるのを確認しながらけものみちを急いだ。夜鳴鳥の羽一つでも拾えたら成果だなと思っていたが今のところそれらしきものはない。シキアの暮らしていた森では草の背が低くなっている場所には大きな獣がいた。今のところこの森で肉食獣を見ていないし、草食動物がのびのびしているので熊などがいるとは思えないが、大型の獣がいて、おそらくそれがこの森の主となっているのだろうとは思っていたが、あの見たこともない大きな夜鳴鳥がその主かもしれない。そうであれば、この森には魔物がいないと断言できる。魔物がいれば、草食の鳥などが主になれるはずがない。やはり魔法力器官をもつ魔物は瘴気の地で耐えらないと結論が出せる。
歩きやすくなった森を急ぐ。日はまだ空の真上にあり、体調も良い。
(先生も成果を望んでいる)
シキアはそのための調査隊隊長だ。なにより自分だけは健康なのだから時間の許すかぎり調査をするべきだ。きっとヒアミックもそう思っているだろう。
森の木々が低い、そう思った瞬間、森が切れて空が広がった。ぽっかりと口を開けたように森の木々がなくなり広場のような空間が広がる。その中心には巨大な木、世界樹がそびえていた。外から見る分には上しか見えないその姿から、緑の葉が広がった背の高い巨木を想像していた。が、目の前にそびえるのは大きな幹から広く横に枝はを伸ばした大樹だった。その上部は緑の葉が青々と茂っている。それは想像の延長だ。
ただ……その下部は想像とまるで違った。幹の根元から中心部へと、それに連なる枝葉、それは「木」ではなく深い青が日に透けて輝く、まるで「鉱石」のそれだった。木が鉱石に、いや魔法石に置き換わっている。
「なんだこれは」
今すぐヒアミックに伝えたい。とにかくしっかりと目に焼き付けて、走り書きで書き留める。世界樹の根元は草が倒れ、そして夜鳴鳥が、羽を休めている。本来、夜鳴鳥は木の上に巣をつくり過ごす。それは敵から逃れるためで、ここでは敵がいないので地を巣としているのだろう。そっと足元を見ると、抜け落ちた羽がたまっている。
「なんだ、これ」
シキアは無意識にまた呟いた。その羽が薄青に輝いている、それは鳥の羽というより羽を模した魔法石のように見えた。そんなはずがない、そんなはずがないと思う。それこそヒアミックに見てもらわなければと、そっと羽を拾い、大事に鞄に入れる。
魔法石、魔法力が濃縮された鉱石。世界樹の周りにはそれが沢山見えた。ヒアミックの言うとおり、瘴気の正体は大量の濃縮魔法力だというわけだ。魔法石も少し持って帰ろう。夜鳴鳥の機嫌を損ねないよう、細心の注意を払って世界樹の周りを探る。
そのときだった。高らかな夜鳴鳥の鳴き声と共に羽音がきこえる。大風を耐えていると空から夜鳴鳥が降りてくる。
「つがい?」
夜鳴鳥は二羽いたのだ。よくこれまで見つからなかったなとは思う。近寄るものがほとんどいないとはいえ、噂にくらいなりそうなものだが。
もう少し近くで見たい、と慌てたせいだろうか。あ、と言う間もなく、足元が滑り、体が「落ちる」と思ったときにはもう、遅かった。ずるずると滑る足場の草はまるで穴を隠す蓋だった。とっさに伸ばした手で草を握ったが綱の役目はしてくれず、そのまま、落ちた。地の割れ目に挟まったのか、落ちながら高さを測り底があることを願った。ずいぶん長い時間に感じたけれど、すぐに底に打ち付けられる。受け身を取ったので大きな怪我はしていないはずだ。
途中、縄梯子の先を固めの地盤に打ち込んだ。問題なければ脱することができるだろう。まだ森にいた頃、遠出した山で裂け目に落ちたことがあるから、そのお陰で冷静に対処できたと思う。嫌な経験も無駄じゃないんだな、と一人微笑んだ。それにしても。
「やっぱ痛いな」
打ち付けた脇腹あたりをさすりながら少しの間目を閉じて体の調子をみる。腕、動く。足、動く、吐血はしていない。擦り傷切り傷はあるだろうが、内蔵は大丈夫のようだ。そっと目を開けて身を起こす。見上げた先には空が見える。そこまで深くない穴のようだ。それにしても明るいな、と思ったとき、ようやくその理由に気づいた。
「これって」
シキアは息を飲む。
周りには薄青の鉱石群、いや、まるでこの空からの日を浴びて輝いている洞穴すべてのが魔法石でできているようだ。
「鉱脈――」
魔法石の鉱脈、だった。ただ、こんな薄青の魔法石は見たことがない。シキアの知る魔法石はもっと濃い青で――。色が薄いのは魔法量が少ないからだろうか? どちらにしてもシキアの知識では今何も言いきれない。鉱石を持って帰ってヒアミックに見てもらわなければ。鞄が破れていないのは幸いだった。
とはいえ日が暮れる前にはここから出なければいけない。洞窟内は魔法石が美しく光るだけで、焚き付けになるような落ち葉や木もない。魔法石の欠片を拾おうと塊に手を伸ばして驚いた。鉱石のはずがまるで柔らかいキノコか何かのようにぽろりと取れたのだ。
「柔らかい? そんなこと」
壁、足元、それらはよく知る鉱石と同じ固さをもつ。すべてが柔らかいわけではないらしい。一部、なぜか柔らかいものがあるようだ。どうして、と考えるのはシキアの仕事ではない。今、見ていることを正確に持って帰る、それがシキアの役目だ。
少し洞窟を奥まで調べてみてまた息を飲んだのは、そこに「小鳥」がいたからだ。見たことがある。夜鳴鳥のヒナだ。
「こんなところに」
たくさんの羽毛、巣はここなのかもしれない。確かに敵はなく、雨風もしのげるだろう。ぴよぴよとかわいらしく鳴くヒナをぼんやり見つめていると不意にヒナは魔法石に嘴を当てる。それからまるで当たり前のようにそれを口にした。
「え、食べた⁉」
まるで果実の皮をはぐように嘴で魔法石を剥ぎ、食べた。
「魔法石って食べれるのか?」
そんなわけない、聞いたことない、シキアも試してみようと口に入れたが、石の味がする。とても呑み込めそうにない。これもヒアミックに見せなければ。そういえばこの森主と思われる夜鳴鳥の大きさや羽の青色はこれのせいなのだろうか。
そろそろ帰った方がいいな、と思ったとき、シキアはまた息を飲むことになった。ヒナたちが一カ所に集っている、とほんわか横目でみたときだ。ヒナたちは水場に集っているようだった。
「水場? こんな鉱石だらけの場所に」
よく見ると、その中心はこぶし大の魔法石だった。そこから、水が沸いているのだ。石から水が沸くなどありえない。魔法石から水が沸いているのではないとすれば、魔法力から水が沸いている? 水を沸かせる魔法はある。しかし呪文無しで魔法が発動するなんて聞いたことはない。これもヒアミックに見て欲しいと思ったが、この石を取り上げればヒナたちの水場が無くなってしまう。どうしようか。ヒアミックの為、それは分かっているがこの生態系を崩していいかもわからない。
「とりあえず報告に徹するか」
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