第15話

 そんな夜を三日ほど過ごして、なんとか納得のいくものが出来上がった。仕上がりをヒアミックに見てもらったら沢山褒めてくれて嬉しい。

「なるほど、軟膏を傷口に縫って、その上から小さくカットした包帯を張り付けるのか。この粘着は何かの草か?」

「そうです、粘着性があって肌に影響が少なくてはがれやすい草の汁を固めてのりみたいに包帯の縁に塗ったら、肌に包帯を直接貼り付けられて便利だと思って」

 この草を見つけることが一番時間がかかったことだ。とにかくこれで傷口をいちいち包帯で巻くこともなく手軽に小さな傷の手当ができる。もっと早く考えればよかった。

「シキア。これは大量生産して不良者たちに売っていいか」

「もちろんです、あの、なるだけ安く」

「分かっている。うちの屋敷でもこの城でも不良者たちの手足の小さな傷は気になっていた。作業効率もあがるだろう」

 粘着草の収集からはじめなければいけないが、森へいけばそこらへんに生えている草なのでそう苦労はしないだろう。

「生成も難しくないです」

「精製所を用意しよう。不良者たちの雇用も確保できる。王が喜ぶな、大手柄だ」

 ヒアミックは大げさに褒めることはしないが、本当に感心しているときは褒めてくれる。お世辞なんかも存在しないので、褒められるときは本当に嬉しい。もっと先生の役にたちたいと本気で思わせられる。

「で、これは誰の為の創作だ? などと聞くのは野暮だな」

 それでもって、するどい。

「あの、いや」

「私をごまかせるとは思っていないだろう」

「……サコット様の、傷が、少しでも減ったら、と」

「とても喜ぶだろう。早く渡してやれ」

 珍しくヒアミックが綻ぶように笑った。なんのたくらみもない、純粋な笑みは本当に珍しい。サコットと本当に仲がいいのだなとなんだかこっちまで嬉しくなる。

「さて。先日の話だが王から許しがでたから話そうか」

「先日の? ……あっ、瘴気の地を調査してどうするのか、の」

「そうだ」

 ヒアミックは図書館の入口を閉じてから、貸出机の椅子に深く腰掛けた。手で促されて、シキアめめその正面に腰掛ける。なんだか、緊張して思わず目が泳いだ。

「この話は誰にも漏らさないように」 

「は、い」

 ヒアミックの綺麗な緑の目がまっすぐに見つめてきて、知らず息を呑んだ。ヒアミックは静かに口を開く。

「世界には別大陸があることは知っているな」

「はい、ここの本で読みました」

「その大陸、マースというが、そのマースが我らの大陸を侵略しようという動きがある」

 侵略、怖い響きに背中がひやっとしたが、そっと首を傾げる。我らが大陸は海流の影響で他大陸から完全に分断されている、と本には書いていた。だから、大陸間戦争などは起こらない、と。

「あ、の」

「そうだな、乱海流のせいで船はこの大陸にたどり着けない」

 シキアはまだ何も言っていないのに、ヒアミックにはシキアの考えなど全て見えているのだろう。もとから、ヒアミックより学んだ知識なのだから当然だ。シキアは素直に頷いた。ヒアミックは満足そうに続ける。

「海からはたどり着けない、ならば、空はどうだ?」

「は……そら?」

 空から? 鳥でもないのに?

 黙ってヒアミックの話を聞こうと思ったところだったが、耐えきれず口にでた。

「空なんてそんな」

「まあ、それが普通の反応だな。私も王から初めてその話を聞かされたときは君と同じ反応をした。なんのおとぎ話だ、とな」

 ヒアミックが王様にそんな反応をするところは想像できないが、さすがに話が突拍子もなさすぎる。ヒアミックが真剣な目をしていなければ、笑ってしまうところだった。

 でも、シキアの先生は、にこりともしない。からかっているわけではなさそうだ。

「王が言うには、マースは空をとぶ船を開発中だそうだ。それが成功すれば必ず侵略してくる、と」

 空を飛ぶ船。また、よくわからない話になった。そんなもの、想像もできない。だいたい、王様はどうしてそんなことを知っているのか。シキアの知る限り、王様が城をあけた、なんて聞いたことはない。だいたい、他大陸のことは、運良く乱海流を生き延びた遭難者から伝えられた伝承だと、読んだ。

(王様は船以外でこの大陸から出られる、ってことか? でもそんなことありえるのか?)

「ありえるんだ、我が王は」

 まるでシキアの心を読んだようにヒアミックが口元をほころばせる。そんなに分かりやすい顔をしていたかな、と悔しくなるが、相手がヒアミックなら仕方がない。

それより王様だ。

「聞いてもいいですか」

「王はおそらく世界一の魔法使いだ」

「はあ」

「一番最後得意なのは移動魔法なんだ」

「それは先生も使えますよね?」

「私はせいぜい、この国の端から端まで移動できる程度だ。だが、王は海を越えた」

 シキアは今度こそ絶対した。そんなこと、ありえない。魔法が使えないシキアにも、その非常識さはわかる。だいたい移動魔法が使えるのはシキアの知る限りヒアミックと宰相くらいだ。魔法団も使えるらしいが、城内の移動くらいだ。移動魔法は膨大な魔法力が必要らしく、これは生まれつきのものだと教えてくれたのは、ヒアミックその人だ。

 そのヒアミックも足元に及ばないほどの魔法力を、王様は持っているのか、と震えそうになる。ヒアミックが王様を盲信している理由が、ひとつ分かった気がした。

「それで、瘴気の地だが」

 そうだった、その話の途中だったんだ、なんか驚くことばかりでぼんやりしてくる。

「はい」 

「侵略されるかもしれない未来があるなかで、我らはこの大陸内で争いをしている場合だろうか?」

「あ、それは、たしかに」

「この大陸はまとまらなければならない。一つになって侵略から民を守らねば。この大陸を一つの国にする、それが王の願いだ。そのためには国力がいる、すなわち、魔法力が。さいわい、とんでもなく強力な魔法力の存在に気づけた。瘴気の正体が魔法力だと、まだ他の国は気づいていないだろう。あの地を押さえることで無尽蔵の魔法力を得たい、というのが王の望みだ。それを糧に他国と同盟を結び、やがて大陸を統一する」

 ヒアミックは静かに、けれど熱を帯びた声で続ける。

「だから瘴気の地を調査することは王のため、ひいては国のため、いや、民のためなのだよ」

 駄目だ、話が大きすぎる。もうシキアには理解できないし、ついていく思考能力もない。

 とにかく、大事な仕事だということは分かった。今まで思っていた以上に、とんでもなく大事な仕事だと。もう、それが分かればいい。シキアには「民のために」などだいそれた決意などできない。だから、やっぱり今までどうり、恩人で恩師のヒアミックのために頑張る、それしかない気がする。

(うん、それがオレだ)

 シキア隊はヒアミックのために動く、そういう隊になるだろう。 「あの、ありがとうございます」

本来、王とヒアミックしか知らない話だったらしい。将軍と宰相には調査後に伝えると王は言っているらしい。それを、シキアが知ってしまった。とんでもなく、重い。軽々しく、聞くんじゃなかった。

「調査は命の危険もともなうからな。君が調査目的を知りたがるのは当然だ」

「少し、後悔してます」

「はは! 重いだろう」

「はい」

「私は少し軽くなった」

 はっとした。ヒアミックにもそんな感情があるのかと。だったら、少し役にたてたようで嬉しい。

「先生、オレ、頑張ります」

「たのもしいな。まあ、今日のところは発明品を早くあいつに渡してやれ。そろそろ来るんじゃないか?」

 あ、そうだった。あまりに大きな話をきいて、呆然としたから、あやうく忘れるところだった。












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