サラダと、つばめと、文明と。〜忘れられたトリの物語〜

結音(Yuine)

サラダ

 その日の食堂は混んでいた。


 いつも以上に大賑わいで、食堂で働くおばちゃん達も珍しく声を荒げていた。


 だから、直ぐに出してもらえる「日替わりセット」を注文した。


 席に着いて、あることに気づいた。

 けれども、

 その日の食堂は混んでいて、そのことを言い出せる雰囲気ではなかった。


 食べ終えて、そのまま授業に向かった。




 ***


「あのぉ〜」


 昼食のピークが過ぎ、洗い物と片付けに精を出すおばちゃん達に向かって遠慮がちに声を掛けた。カウンターの向こうから、

「あいよぉ~」

 と、なんとも威勢のいい返事をしながら恰幅のいいおばちゃんが返事をしてくれた。


「これなんですけど……」

 おずおずとスマホを差し出して見せた。

 そこには、先ほど食べた今日の昼食が映し出されている。


「んん?」

 おばちゃんは白い前掛けで手を拭いながら、目を細めてその画面に食いついた。


「これ、今日の日替わり定食?」

「はい……」

「そりゃあ、ごめんなさいね」


 ごそごそと何を取り出すと、

 おばちゃんはそっと、を渡してくれた。

「これは、お詫び。また来て頂戴ちょうだい


 ばいばいと手を振るおばちゃんに、それ以上は何も言えなくて。

 もう一度、スマホの写真を見る。

 鶏肉の乗っていない棒棒鶏バンバンジーサラダ。


「何だった?」と、厨房から食器を片付ける手を止めることなく、喋り始めるおばちゃん達の声が聞こえた。

トリえず……」

「は?」

トリ和える担当って、誰だった? 今日」

「何かあったの?」

トリが乗ってないサラダがあったんよ」

「まぁ! 今日の日替わり、棒棒鶏やなかったかね?」

「そうなんよ。それをわざわざ言いに来たん子がおって……」

「気の毒やったね、鶏食べれんで」

「……」

「とりあえず、料理長に伝えとこうかね」

「そうやね、とりあえずは そうしとこうか」




 珠緒たまおてのひらに大きな飴玉あめだまがのっている。

 食べられなかった鶏肉の代わりにもらった飴玉。


 飴玉を握り締めて、珠緒たまおは食堂をあとにした。






 ごまだれのかかった棒棒鶏、食べたかったな……



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