後日談 私の知らない15年 その2
ある日のお昼時
私とかずちゃんは食卓で横に並んでパスタを食べていた。
「どう?おいしい?」
「おいしいです」
「神林さんの手料理なんだから、おいしいのは当然だよ」
「そうですね」
私たちの対面には、パーカーを着た女の子――正確には17才の女子高生が居る。
私の作ったパスタを一心不乱に食べる彼女の名は浅野すみれ。
『花冠』大幹部『椿』の長女である。
こうなった経緯を一言で言うと、『反抗期』だ。
17才という多感で親の言う事に反発しがちな年齢。
どこの家庭も年頃の女の子には手を焼いているようで、杏の家もそうらしい。
もっと言うと、杏の家は特別だから、更に反抗期の影響は強い。
なにせ母親が『花冠』という暗殺組織の大幹部なのだから。
当然家族にはその事を伏せているが、このくらいの歳になるとなんとなく察しはつくというもの。
ただでさえ滅多に会えないのに、会っとしても自分の母は手が血でべったり濡れた極悪人。
拗らせて家を飛び出すというのは…何ら不思議なことではない。
「とりあえず、気が済むまでうちでゆっくりしていってね。まあ、お勉強はしてもらうけど」
「勉強なんて……私は冒険者になるんです。必要ないです」
「そうかなぁ…?どう思う?かずちゃん」
「う〜ん……私が冒険者のために高校を中退した側なのでなんとも…」
『椿』にはウチで預かっていることを伝えているので、仮にも親友の娘ということもありしっかり勉強させたい気持ちはある。
けれど当の本人はこの調子で、勉強する気どころか母親と同じ道を歩みそうだ。
『椿』は…可能な限り普通の暮らしをしてほしいと言っていたから、できれば冒険者なんかにはならないでほしいけどね。
「お二人も冒険者なんですよね?レベルはどのくらいですか?」
「ふふっ、それを聞くのはご法度だよ。すみれちゃん」
「いいじゃないですか〜。別に知らない人でもありませんし、私は一応神林紫さんが“ワケアリ”だってこと、知ってるんですよ?」
私たちのレベルを知りたがるすみれちゃん。
けれど私たちのレベルは絶対に言えないし、そもそも存在すら世間には出してはいけない最重要機密。
最近は転移での移動を心掛けているので、出待ちされて私たちがここに住んでいるという情報が出回らないようにしてるくらいだ。
『椿』の娘だから大目に見てるけど…本来なら、私たちと同じ部屋で過ごすなんてできるはずがないんだから。
「知ってるとしても、教えてあげない。それを知ったら、すみれちゃんは一般人では居られないからね」
「別にいいですよ。私は将来、お母さんと同じところで働くんですから」
私はやんわり断ろうとするが、すみれちゃんは引かない。
それどころか将来『花冠』で働くとまで言い出し、ついにかずちゃんが動いた。
「そんな身も蓋もないこと言っちゃダメだよすみれちゃん?あんなところに行っちゃダメ。お母さんが悲しむよ」
真剣な顔で諭そうとするかずちゃん。
『花冠』の暴虐悪行を知る身としては、あんなところに将来就職するなんて言う人を、『そうなんだ』の一言てまは済ませられない。
絶対に、考え直させるべきだ。
…けれど、すみれちゃんは頑固だった。
「お母さんが悲しむ?私が高熱で寝込んでも、一生に一回の発表会にも、誕生日にだって帰ってきてくれない私のお母さんが?そんなわけないよ。お母さんは…私のことなんて、どうでもいいんだから」
暗く笑いながらそう話すすみれちゃん。
その姿には…胸を締め付けられた。
反抗期もそうだけど…やっぱり、そういうところはあるんだろうね。
『椿』は大幹部ゆえに多忙を極め、娘の大切に日にも家に帰れない日々を送っている。
だから愛する娘に構ってあげられなくて…すみれちゃんはヤケになってるんだ。
『花冠』に就職するなんて言い出したのも…結局は『椿』に自分を見てほしいから。
でも、あんなところに就職したって、『椿』には見てもらえないと思う。
「すみれちゃんがどうでもいいなら、きっと『椿』は―――浅野杏は母親としての義務なんて果たそうとしないと思うわよ」
「母親の義務…?」
「うん。きっとすみれちゃんとお父さんを家から追い出して、他人として生きる道を選んでると思う。すみれちゃんから見て、お母さんはそう見える?」
「……結局同じようなものですよ。帰ってきてくれないんだから」
説得を試みるが、どうにもうまくいかない。
まあ、こればっかりは私やかずちゃんが何か言ったところでどうにかなる問題でも無いし…
最終的に、『椿』がすみれちゃんと向き合わない事には解決しない。
私にできることは、精々少し考え方にアクセントを付けてあげるくらいだ。
「家族って難しいね。まあ、私も家族とは色々あったし、すみれちゃんの気持ちは分からなくもない。…というか、家を飛び出して東京に出たわけだし」
「そうなんですか?」
「そうだよ〜?あの頃の私はバカだったなぁ。なんでもできると思い込んで、家則の厳しい家を出て1人で東京に来たんだよ?…親の保護を受けてないと、何もできなかったのにね」
結局私は、家族には守られてなきゃ1人じゃ何もできなかった。
務めていた会社から切り捨てられて、冒険者という道を選ばなければ…何者でもなく野垂れ死んでいたかも知れない。
少なくとも、その頃の私に『家に帰る』という選択は取れなかったからね。
それが今、東京の一等地にそびえ立つ超高層マンションの最上階で、優雅に暮らしているなんて…人生何が起こるか分からないね。
「……まあ、別にいいんじゃ無いかな?人生何があるか分かんないし」
「え?」
「すみれちゃんの将来とか、誰にも分かんないよ。杏も、高校時代に自分が20年後あんなところで働いてるなんて、想像もつかなかっただろうし。すみれちゃんの未来は…誰にも分からないし、誰にも決められない。自分でさえもね?」
別に今の地位は、私が望んで掴んだものじゃない。
冒険者を選んで
たまたまかずちゃんと出会って
咲島さんと出会って
『椿』や『向日葵』と出会って
早川と敵対して
カミと対峙して
それどころか一度死んで
目が覚めたら15年後
何一つとして、私は自ら掴んでいない。
目の前に現れた選択肢の中で、心の思うままに手を伸ばした結果が…今の私だ。
「やりたいように生きなよ。沢山絶望して、苦しんで、過去と今を呪って、目の前の未来に手を伸ばすんだ。その結果が、今の私だよ?」
「……それは、あなたが何もかもを持っているから、そう言えるんですよ」
「そうかな?私の人生は結局…『ジェネシス』が用意したシナリオの通りの生き方だったけどね」
「…えっと?」
ある程度知っているとはいえ、すみれちゃんはただの女子高生。
何を言っているのか分からない様子だ。
「ふふふ…知りたいと思うなら進むこと。けどその道は……引き返すことのできない地獄への道だよ」
意味深な笑みを浮かべ、すみれちゃんを怖がらせる。
ある程度知識を持つすみれちゃんなら、その道が『花冠』への道ということくらい知っているはず。
私に合わせてかずちゃんも意味深な笑みを浮かべてくれるおかげで、なんとも言えない不気味さが出ている。
これだけやれば、『花冠』がどういったものか分かるんじゃないかな?
それでも…進みたいと思うなら、私たちには止められない。
私はもちろんのこと、神格であるかずちゃんでさえも…進むと心に決めた人の覚悟を遮ることはできないんだから。
それからすみれちゃんは、3日ほどウチで過ごした後に仙台の家に帰った。
「3日間、お世話になりました」
「良いんだよ。飛び出したくなったらまたウチにおいで」
結局私たちは大したことはしてあげられず、ただ未来への迷いを作っただけだった。
でも、迷いを持つことは大切だ。
迷い続けられるほどに…選べる道があるんだからね。
けれど1つ心配なことがあるとすれば…
「……これも全部、アイツのシナリオだったらどうする?」
「あまり考えたくはないですね…」
「でも、可能性としては十分にあるでしょ?」
「ええ。世界対『花冠』の構図。人手不足で『花冠』が自然消滅――なんて事は、奴は認めないでしょう。これも奴の定めかも知れませんね」
すみれちゃんの家出は…蝶の神によって仕組まれたシナリオの通りの出来事。
かずちゃんの話では、時折不自然なほどにできすぎている事が起こるらしい。
例えば、妙なほど他の全てのギルドが衰退し、『花』系列のギルドだけが生き残っているこの今の社会とか。
新興のギルドが不自然なほどに人材に恵まれ、大成功を収めているとか。
「…同じ神でも、私みたいな生まれて間もないヒヨッコかつ、まともに自分の力も扱えない神と、ステータスやダンジョンなんてものを生み出せる神では…次元が違いますから」
「だね……この平穏が、1日でも長く続いてくれることを、祈るしかないね」
「それはつまり、蝶の神への祈りってことですね。蝶の神の心変わりが起こる日が、1日でも遠くであるよう
に、です」
「う〜ん…そう言われるとすごく嫌な気分」
「私もですよ。神林さん」
蝶の神の話で嫌な気分になった。
考えたくはない話だけど…奴が動くのはいつになるか分からない。
災害みたいなやつだから。
「すみれ!」
「…!お母さん……」
ふと声が聞こえてそちらを見ると、玄関を開けた先には『椿』が居た。
『椿』はすみれちゃんを抱きしめていて、感極まった表情をしている。
すみれちゃんがどんな顔をしているかはここから見えないけれど……『椿』の事を抱き返しているから、嫌だとは思っていないみたいだ。
「…親子って、素晴らしいですね」
「だね。これを見るために、すみれちゃんの面倒を見ていたまであるわ」
蝶の神への警戒は、この尊い景色の前に吹き飛んだ。
蝶の神がなんだ。
この親子の愛は…奴がどれだけ悪知恵を働かせようとこの世界から消え去ることはない。
そんな気がして、私たちはただ静かにその景色を見守っていた。
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