第67話 久方ぶりの実家

リニアや在来線に揺られること1時間ちょっと。


ようやく実家の最寄り駅に着き、私はかずちゃんを連れて改札を抜けた。


「ここが神林さんの故郷…」

「懐かしいわね。4年帰らなかったからか、色々と新鮮だわ」


そこまで大きな変化は無いけれど、間違いなく変わっている。


例えば、駅前の自転車屋さんが無くなって、コンビニが出来ているところとか。


「なんというか…田舎とも言い切れない場所ですね?」

「いやいや。田舎も田舎よ。ビルなんて1つもないでしょう?」

「そうですけど…結構発展してますよね?」

「かずちゃんの中での田舎って、どんな所なのよ…」


これが発展してるなら、かずちゃんの中での田舎は、本物のガチ田舎に違いない。


まあ、行こうと思えばそういう所にも行けるし、かずちゃんがみたいであろう田舎の景色を見せに行くのもありだ。


どうせ暇だろうしね。

そのうち連れて行ってあげよう。


「じゃあ行くよ。あのタクシーで行くから、荷物を乗せてね?」

「は〜い」


あらかじめ予約しておいたタクシーに乗り込み、実家へ向う。


最寄り駅とは言っても、家までは自転車でも30分間はかかる。


まあまあ遠いから、タクシーかバスで行くのが賢い選択だと思う。


田舎は車社会だ。

車がないとやっていけない。


こっちにいる間は、何処かでレンタカーを借りるのもありかもね。


荷物をトランクに積み込み、タクシーが発進してからすぐに、運転手のおじさんが話しかけてきた。


「お客さん、もしかして神林家の人か?」

「そうですね。そろそろ顔を見せろって、呼ばれて帰ってきたんですよ」

「へぇ〜?そっちの女の子は妹ですかい?」


妹か…まあ、今のかずちゃんは私の妹みたいなものだ。


否定はしないでおこう。


「そうですね。私の妹です」

「なるほどねぇ…可愛らしい妹さんやないか。ええ?」

「可愛いでしょう?本当に可愛いの!特に、ちょっとからかった時の怒った顔なんてもう!」

「かん―――お姉ちゃん!!」


顔を真っ赤にしたかずちゃんが、私を『神林さん』と呼びそうになり、すぐに言い直す。


照れくさそうにするかずちゃんを見て、運転手のおじさんは豪快に笑った。


私もクスクス笑い、それを見たかずちゃんがさらに顔を赤くする。


「うう〜!…ふんっ!お姉ちゃんなんか嫌い!!」


肩をぷるぷる震わせて可愛いな〜、なんて考えていると、かずちゃんに『嫌い』と言われてしまった。


「ああ!ごめんね?お姉ちゃんが悪かったから許して」

「ふん!」


へそを曲げてしまったかずちゃんは、私がどんなに謝っても許してくれない。


頭を撫でてあげたり、抱きしめてあげたり、沢山褒めてあげたけど、許してはくれなかった。


結局、家に着くまでずっと怒りっぱなしで、タクシーを降りる時に、


「あんまり妹さんをいじめちゃいかんぞ?」


と、運転手のおじさんに言われてしまった。


……ちなみに、運転手のおじさんはのど飴3つで許してもらっていた。


私はどんなに謝っても、甘やかしても許してくれなかったのに…









「立派な門ですね〜」

「そうでもないわよ。探せばこれくらいすぐに見つかる」

「庭も広そうです」

「そりゃそうよ。貴族だった頃から敷地面積は変わってないもの」


久しぶりに帰ってきた実家は、特に変わった様子はなく、家を出てからのままの姿で残っていた。


「入っていいんですか?」

「なにを躊躇ってるのよ。堂々と入ればいいのよ、堂々と」


かずちゃんの背中を押し、ふたりで門をくぐる。


少し小さくなって、ビクビクしながら歩くかずちゃんと手を繋ぎ、正面玄関を開けると―――


「紫姉ちゃん!」

「わっ!?」


突然小さな男の子が飛びついてきて、反射的に殴りそうになってしまった。


ギリギリで耐えた自分を褒めていると、奥から女性の怒鳴り声が聞こえてきた。


「コラたく!…って、紫ちゃん!?もう帰ってきたん!?」

「お久しぶりです、洋子叔母さん」


出迎えてくれたのは、私の叔母の1人、洋子さんだ。


洋子さんは、すぐに駆け寄ってきて、私の体をペタペタ触ってくる。


「久しぶりやね〜。しばらく見ひんうちに、えらい大きくなったんやないかい?」

「気のせいだよ。身長は変わってない」

「ほんまにか?なんか、存在感が増したちゅーか…ゴツくなった気がするわ」


私が大きくなった気がすると言う洋子さん。


おそらく、冒険者として強くなった影響だろうね。


なんというか…存在感で、実際よりも大きく見えるというのは、よくある話らしい。


「それに女の子なんか連れてきて…4年で変わったなぁ」

「4年もあれば人は変わるよ。洋子さんも、4年でずいぶん大人しくなったんじゃない?」

「年取ったって言いたいんかい?紫ちゃん」

「時間の流れには逆らえないってこと。私もね?」


楽しくお話をしていると、私の後ろに隠れていたかずちゃんが、袖を引っ張ってきた。


振り返ると、なにやら助けを求めるような目で軽く震えている。


「ほら出ておいで。洋子さん。この子は――――まあ、私が面倒を見てる子だよ。はい、自己紹介」

「えっ!?えっと……はじめまして、御島一葉です……17歳、です…」


借りてきた猫といった様子で、よそよそしいかずちゃん。

いつもの元気な様子はどこへやら…


そんなかずちゃんを見て洋子さんは、優しく微笑みかけてくれる。


「はじめまして。私は紫ちゃんの叔母、神林洋子よ。よろしくね?」

「よ、よろしくお願いします…」


それだけ言って、また私の後ろに隠れようとするかずちゃんの腕を、私に飛びついてきた男の子が掴む。


「オレ、幸太!よろしく!!」

「よ、よろしくね…」


元気いっぱいな従弟の幸太くん。

珍しく人見知りモードになったかずちゃんに、お構いなしに話しかけてきた。


幸太くんは、まだ小学生のはずだから……かずちゃんは、小学生の男の子に対してこんなにビクビクしていることになる。


その様子を見て、洋子さんとふたりで微笑んでいると、洋子さんがハッとした表情をして、私の方を向いた。


「もっと遅くに来るものやと思ってたから用意できてへんけど、もうみんな集まってるで?」

「そうなの?じゃあ、行ったほうがいいね」


幸太くんの質問攻めを受けて、どんどん勢いを失っているかずちゃんを引き寄せ、家の中へ入る。


靴を下駄箱に片付け、挙動不審なかずちゃんの手を引いて廊下を歩くと、大広間の方から沢山の人の声が聞こえてきた。


「ただいま〜」


遠慮なくふすまを開き、そこそこ大きな声でそう言うと、ほぼ全員の視線が集まってくる。


そして、全員が私を見た瞬間、目を丸くして驚きの表情を浮かべた。


「紫!もう帰ってきたのか!!」

「久しぶり、お父さん。これ、お土産だよ」

「おお!みんな、紫の東京土産だぞ!」


私から受け取ったお土産を掲げ、すぐに中身を取り出す。


「もう!恥ずかしいことしないで!」

「すまんすまん。で、そっちの子はなんだ?」

「私があっちで面倒を見てる子よ。理由あって家で面倒を見てるんだけど……1人にするわけにもいかないし、連れてきちゃった」


またかずちゃんの背中を押して前に立たせ、私の親戚全員の前で自己紹介させる。


『信じられない!』という表情で私を見つめたあと、ガッチガチにかたまりながら自己紹介を始めた。


「あの…神林さんにお世話になってます……御島一葉です…」

「可愛いでしょ?かずちゃんって呼んであげて、そう言われる方が慣れてるはずだから」


そう言うと、かずちゃんはまた『信じられない!』という表情をした。

可愛い。


「ああ、わかった。私は紫の父、光太郎だ。娘がお世話になっているようだな」


お父さんがかずちゃんに頭を下げる。


それを見て、かずちゃんはかなり慌てだした。


「そ、そんな!神林さんには色々と迷惑かけてますし、頭を下げるのは私の方で―――」

「気にすることはないさ。おいユキ!ふたりの分の席も用意してやれ」

「はいはい。今やってますよ」


慌てふためくかずちゃんを置いてけぼりに、お父さんはお母さんに私とかずちゃんの席を用意するように言った。


「親戚が全員集まってるから騒がしいと思うが、ゆっくりしていってくれ。東京からここまで来て疲れただろう?さあさあ、お菓子でも食べて―――」

「これから昼ご飯でしょ?こんな時間にお菓子を勧めないで」

「それもそうだな。まあ、好きなところに座ってくれ。紫、かずちゃんが心細い思いをしないように、隣りにいてあげなさい」

「はいはい。言われなくてもそうしますよ」


置いてけぼりにされたかずちゃんは、もはや首をふるだけの人形となってしまった。


私の服をガッチリ掴み、離れないかずちゃんを連れて座布団に腰掛けると、お母さんがお茶を持ってきた。


「おかえりなさい、紫。それと、はじめまして。紫の母の雪子です」

「あの…あの…」

「ふふっ、そんなに固くならなくて結構よ。関西弁は、慣れないかしら?」

「え?あ、はい…」

「なるべく気を付けるわ。ゆっくりしていってね」


そう言うと、お母さんはお昼の準備に戻っていった。


それを見計らったかのように、かずちゃんが私の影に隠れるように寄ってくる。


「ううっ…」

「どうしたの?かずちゃんには刺激が強かった?」

「なんというか…場違い感が……」


場違い感ねぇ?

確かに、親戚の集まりだから全くの他人であるかずちゃんには場違いに感じるかもね。


……『私なら』って考えようにも、そもそも行こうって気になれないから、わかんない。


「特に、お父さんが……」

「ああ。元々かなり元気な人だからね。でも、実は誰よりもかずちゃんに配慮してくれてるんだよ?」

「え?」


私は気付いたけど、かずちゃんは分からなかったみたい。


……まあ、そんなところまで気配りが出来るのに、デリカシーは割と無いんだよね、お父さん。


「私と話す時も、標準語だったでしょ?」

「そう言えば…確かに…」

「私が来た事に関する話も早々に打ち切って、こうやって座るよう言ってくれたし、気配り“は”出来るんだよ」

「……なんか、含みを感じるんですけど」

「デリカシーに欠ける発言をすることがあるのよ。そこは許して」


お父さんも自覚はあるらしいから、気を付けてはくれるはずだけど……いかんせん無意識だからなぁ。


常に隣りにいて、守ってあげたほうが良いかも。


「とりあえず、神林さんが隣に居てくれるならそれでいいです。不安なので」

「わかったわ。……それと、ここでは紫って呼んで。ここに居る人は、みんな『神林さん』だから」

「あっ!」


ちょっと気になっていたことを指摘すると、かずちゃんは面白いくらい真っ赤になって、俯いてしまった。


耳が分かりやすく真っ赤だから、顔を隠しても意味が無いというのは……言わないでおいてあげよう。

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