第60話 花火を眺めて

ゆっくりと出店を巡り、夏祭りを楽しんでいると、いつの間にか日が傾いていた。


もうすぐ日が落ちる。


夜には花火大会があるらしい。


地元企業や、咲島さん、咲島さんが作ったクランの出資によって、それはもう壮大な花火大会になるんだとか?


「花火ですか……どうします?花火会場に行きますか?」

「まだ早いよ。……とは言っても、もうお腹いっぱいだし、特に行きたい所もないのよね」

「そうですね〜。……じゃあ、海に行きませんか?」

「海?まあいいけど、こんな時間から?」

「いいじゃないですか。行きましょうよ、海!」


かずちゃんに手を引かれ、私は海へ向かう。


花火は海で上げるらしいので、歩いていけなくもない距離に海がある。


そこへ歩いてくと、ポツポツと人が居た。


「やっぱり、夕日は見えませんね」

「太平洋には日は沈まないからね。夕日の沈む海を2人で見るなんて、ロマンチックな事がしたいなら、また今度何処かに遊びに行く?」

「行きたいです!」

「じゃあ、夏休みの何処かで行こうか」


潮風に当たりながら、手を繋いで砂浜を歩く。


夕暮れ時の、少し涼しくなった風が吹き抜け、汗がひんやり冷たくなった。


「……こうやって海を見るのも、大好きな人と一緒だと特別に感じますね」

「そうだね。いつか、かずちゃんとこうやって海辺を歩きたいと思ってたけど、まさかこんな形で叶うとは思っても見なかったわ」

「神林さん、夏祭りを楽しみにしてましたもんね。どうですか?着物姿の恋人と海辺を歩くというのは」

「最高だよ。カメラを持ってきていないのが、本当に悔やまれる」

「スマホで撮ればいいじゃないですか」

「それは駄目。あんまり綺麗に撮れないもの」

「そんな事無いと思いますけどね〜」


カバンからスマホを取り出し、海を背にして私との写真を撮るかずちゃん。


そして、撮った写真を見せてきて、胸を張っている。


「ほら。スマホでも、こんなに綺麗な写真が撮れるんですよ?神林さんも、1枚どうですか?何なら、私が取ってあげてもいいですけど」

「じゃあお願いするわ。はい、どうぞ」


スマホをかずちゃんに渡し、写真を撮ってもらう。


さり気なくかずちゃんを抱き寄せて密着し、その様子を写真として残しておくことにした。


かずちゃんは、写真を撮るとすぐにスマホを返してくれたけど、離れてはくれなかった。


それどころから、自分からくっついてきて、歩きづらそうだ。


「かずちゃん。座る?」

「え?特に座れそうな場所はありませんけど…」

「もぅ…察しが悪いわね。私の膝の上に、よ」

「あっ…」


自分の膝を軽く叩くと、かずちゃんは目を輝かせた。


私がアイテムボックスからレジャーシートを取り出し、その上に腰を下ろすと、かずちゃんはすぐに私に向き合う形で、膝の上に座る。


「神林さん、もっともっと大胆になってくれても良いんですよ?」

「少ないとはいえ、人の目があるのよ?これが限界」

「じゃあ、人の目がなければ!?」

「無くても、キスまでしかしないわよ。これからも焦らすから、我慢してね」

「むぅ〜!」


まだしばらくは、するつもりはない。


そう言うと、かずちゃんは頬を膨らませて足をバタバタさせた。


可愛らしい仕草をするかずちゃんの頭を撫で、私の目を見る瞳をのぞきこむと、そこに怒りは微塵もなかった。


「…ありがとう」

「どうしたんですか?急に」

「いや…ね?」


頭を撫でるのをやめ、かずちゃんを抱きしめる。


「かずちゃんが居てくれたから、私の人生はここまで良いものになった。今私の世界がこんなにも美しいのは、かずちゃんのおかげだよ」


改めて、かずちゃんにお礼を言う。


あの時かずちゃんと出会わなければ、私はここまで充実した人生にはならなかっただろう。


そう思って感謝を伝えると、かずちゃんも私のことを抱きしめてきた。


「…それは、私もそうですよ。きっと、神林さんがあの時私を捕まえてなかったら、今も心を殺してイジメを耐えて、苦しい生活を続けていたと思います」

「そっか…なら、捕まえられて良かったよ」

「ええ。おかげで、恋人ができて、ポジティブになれて、お金も手に入って、何なら社会的地位も手に入れました。私がどん底からここまでこれたのは、這い上がってきたんじゃないんですよ?」


……確かにね。


かずちゃんは、どん底から這い上がってきた訳じゃない。


「私が、かずちゃんを引き上げたんだもんね」

「ええ。神林さんが引き上げてくれたおかげで、私は今ここにいます。…これからも、私と一緒にいてくれますか?」

「もちろん。……むしろ、私から離れたら許さないから」


私がそう言うと、かずちゃんはより一層強く私のことを抱きしめてきた。


それから会話は無かったけれど、そこには確かに愛があった。





           ☆ ★ ☆





同日・夜


「もうすぐですね」

「ええ。楽しみね、花火大会」


会場へとやって来ると、人があまり居ない場所へ向う。


そして、そこで2人手を繋いで空を眺める。


すると、来たタイミングが良かったのか、すぐに最初の花火が打ち上げられた。


笛の音が鳴り、光の線が空へと登っていく。


ある程度まで登ると線が消え、暗い夜空に一輪の花が咲いた。


「わあぁ〜」


大きな花を見て、かずちゃんは口を開く。


その目には花火の光が反射し、瞳が普段以上に輝いている。


「きれいね…」

「そうですね〜」


最初の花火が消える頃、次の花火が打ち上げられ、真夏の夜空を光の線が登っては、花を咲かせる。


色とりどりの花火が魅せる光景に見惚れるかずちゃんを、私は花火をそっちのけで眺めていた。


花火を楽しむ事を忘れ、愛しいかずちゃんが花火を楽しむ姿を見て、それで満足している。


やがて、かずちゃんに全く花火を見ていないことを気付かれ、怒られてしまった。


でも、私はそんな事どうだっていい。


私が本当に見たかった光景は、しっかりとその目に焼き付いているのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る