第3話 ヒズクリフ森林調査依頼

ヒズクリフ森林へと向かう馬車に揺られながら荷物の最終確認をする。馬車に乗る前に確認していましたが念の為。

シストもゴソゴソと荷物の確認をしていらっしゃる。そして小声で『よし』という声が聞こえてきた。忘れ物や足りない物は無いみたいですね。

こちらも問題ありませんでした。


それにしても―――もう既に異様な雰囲気ですね。


動物や低ランクモンスターの気配が一切感じられない。

コソッとシストに耳打ちをする。



「この異様な雰囲気……分かります?」

「はい。ここまでなんの気配もしないとなると……嫌な予感がします」

「ですよね。気を引き締めていきましょう」

「そうですね」



鬱蒼とした森林の前で馬車が止まる。

どうやらここがヒズクリフ森林の入口になるらしい。先に馬車から降り、次に降りるシストの手を取ってリードすると『紳士め……』と変な悪態をつかれてしまった。


森林に足を踏み入れると、嫌に静かだった。

ヒズクリフ森林と言えば低ランクモンスターであるゴブリンが住み着いていてよく見かけるはずなのですが、全く見当たらない。

ゴブリンだけでは無い。スライムも居ない。


そんな異様な状態に更に警戒を強めて奥へ奥へと進んでいく。その最中も動物ともモンスターとも鉢合わせることがなかった。鳥すらも飛んでいないことに気づいたのはついさっきでした。



「……そろそろ、この森に異変を起こしている元凶が現れてもおかしくないと思うのですが」

「中々現れませんね……少し待っていてください。最終手段を使います」



そう言ってシストは鞄から巻物を手に取る。

剣士であるシストにはほぼ魔力がない。ですがこの巻物はほんの少しの魔力にも反応して使用が可能となる。



探知ディテクション



探知ディテクション―――それは周りにいるモンスターの索敵や隠れている宝箱、そしてトラップに反応する。探索に便利な魔法具です。

しかしそれは仲間には共有されず、使用者のみが把握することが出来る。それでもかなり便利な代物なんですがね。


少ししてシストが目を開ける。そしてボソリと呟いた。



「厄介なのが住み着いていますね……」

「分かったんですか?」

「はい……この森に住み着いているのはAランクのモンスター、巨大蜘蛛グランスパイダーの大型個体です」



巨大蜘蛛グランスパイダーですか……たしかに厄介な相手ですね。勇者パーティーに所属していた頃に通常個体と戦ったことがありましたが素早いし猛毒は厄介ですし少々倒すのに苦戦した記憶があります。

そんな相手に私たち二人だけで挑むのですか……少々、いえ……かなり骨が折れそうですね。

しかも森林となれば相手の庭と言っても過言ではありません。この様子ですとかなり長い期間住み着いているはずなので私達が不利ですね。


ですが、その不利な状況をひっくり返すことが出来るのが黒魔術師のデバフ付与です。苦戦したという記憶も古いもの。ですから今ならば対等に戦える……可能性があります。


ただ、推奨ランクを間違えているような気がしますね。Bランク冒険者だと少々危険な気がしますし、AからSランクの冒険者に任せた方が良い気がしてきました。

まぁ、そんなクエストを受けているのがDランクの冒険者である私たちなんですけども……



「どうします? やりますか?」

「キースさんがいるんです。やるに決まっているでしょう?」



シストはそう言って微笑む。

私の力を信用してくださるのは嬉しいのですが、過信し過ぎな気もします。ですが、ここまで来たんです……後戻りはできません。

探知ディテクションの効果が切れる前に巨大蜘蛛グランスパイダーの住処へと向かう。


草木を退けながらしばらく歩くとマーキングするように巨大な蜘蛛の糸が絡まった木が多々見受けられた。住処はもうすぐそこのようですね。


―――そして、辿り着いた巨大蜘蛛グランスパイダーの住処。


大きな白い繭が無数にぶら下がっている。大きさ的に人間が入っていそうな―――いえ、これ以上はやめておきましょう。



―――ガサッ。



左側から物音が聞こえてきた。

そちらに視線を向けると、大きな蜘蛛が姿を現した。確かに通常個体よりも遥かに大きい。


口からは触手が伸びており、その触手を勢いよく、私の方へ伸ばしてきた。それを瞬時にシストが切り捨てる。



「キースさんには触れさせませんよ!」

「! ふふ、頼もしい……では、参りましょう」

「はい。お願いします!」



まずは『移動速度低下』と『鎖』で素早いその動きを封じる。毒は効かないため『麻痺』で動きを鈍らせ、『攻撃力低下』でこちらへのダメージを極限まで減らし、『防御力低下』で相手へのダメージを通りやすくする。そしてこの手の巨大蜘蛛グランスパイダーの弱点は炎。ですから『炎耐性大幅ダウン』を付与。

後は『回避率低下』を付与し確実にこちらからの攻撃を当たるようにする。


7つのデバフを付与すると、あからさまに動きが鈍り始めた。



「シスト!」

「はい! はあっ!!」



シストの重い一撃が直撃する。しかし流石はAランクと言うべきか。まだ生きている。ですが、炎属性の攻撃が来たらひとたまりも無いでしょう?



「シスト、炎属性の技を。森林ごと焼き払わないように細心の注意を払ってくださいね」

「はい、分かりました」



ゴウッと音を立て、シストの剣が炎を纏う。

そして一気に薙ぎ払った。



炎の不死鳥フラム・フェニックス



炎が巨大な不死鳥の形を象る。炎の不死鳥は意志を持ち、真っ直ぐ巨大蜘蛛グランスパイダーに向かって飛んでいき、そのまま飲み込んだ。ギチギチという苦しむ鳴き声が聞こえてくる。そして炎が消えると巨大蜘蛛グランスパイダーは塵となって跡形もなく消え去っていた。



「…………倒せましたね」

「……ふふっ、やっぱりキースさんがデバフを付与してくれたからあっさり勝てたんですよ。流石です、キースさん」



本当にシストは褒め上手ですね。

ですがとどめを刺したのはシストです。確かにデバフは付与していましたが、あの巨体を消し炭にするほどの威力を出せるなんて流石は国一の剣士ですよ。



「では、クエスト完了の報告をしに行きますか」

「そうですね!」



クエスト報告したら飲みましょう! と意気揚々と帰り道を歩くシスト。

全く……それより貴女、お酒弱かったでしょう? 介抱するのは私なんですよ?




*




「はい。確かにヒズクリフ森林調査依頼、クリアです!」

「まさか大型個体の巨大蜘蛛グランスパイダーが住み着いていたとは思いませんでしたよ。推奨ランク間違えていらしたのでは……?」



そう問いかけると、受付嬢は申し訳なさそうに眉を下げる。



「確かにそうですね……以後気をつけたいと思います。ですが無事に討伐してくださったようで安心いたしました。お疲れ様です」

「ふふ、ありがとうございます」



そう言って報酬の金貨10枚を貰い、シストが待つ席へ向かうとシストは私の姿を見るなり微笑んで手招きをした。

テーブルの上には既に2人分のワインが置かれていた。というか、本当にシストも飲むつもりなんですね……



「全く、程々にしてくださいね?」

「分かってますよー」



そう言ってシストは少しづつ、少しづつワインを飲み始めた。

シストは本当にお酒に弱い。恐らく全部飲み終わる前に潰れて眠ってしまうでしょう。本当に眠るだけで助かっていますよ……


様子を見ながらワインを飲んでいると、目の前にいるシストがうとうとし始めた。そしてワインをテーブルの上に置くとそのままテーブルに突っ伏して眠ってしまった。


相変わらず酔ってから眠るまでが早すぎます。



「やれやれ……本当に困ったお方ですね」



そう呟いた私はワインを置き、シストを優しく抱き抱えてギルドを後にした。

そして今夜泊まる予定の宿に入り、ベッドに寝かせる。すやすやと規則正しい寝息を立てながら眠るシスト。


とても無防備すぎて心配になってきます。



「全く……戦闘外だと途端に無防備になるんですから……」



私が悪い男だったらどうするつもりだったんでしょうか。

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