指南


 父から報告を受けてから間もなく、王家からムノの屋敷へ大層な量の贈り物が次々と届けられた。

 眩いばかりの黄金の装飾品に、見事な衣類に宝石、化粧用具や小物たち。どれもこれも一級品だ。

 陽射しが入る部屋にこうして並べていると、光を反射する黄金が眩しくて目を細めずにはいられなくなる。

 その贈り物の山をぼんやりと眺めていて、本当にあの人は王家の人間だったのだと思い知る。同時に自分がその人の正妃として迎えられようとしていることも。

 正妃としてではなかったら、これほどの贈り物はなかったはずだ。


「生きている間にこんな素敵な光景を見られる日がくるなんて」


 隣でラジヤがうっとりと贈られた品々を眺めている。


「何だか夢のようですねえ」


 なんて笑顔だろう。私はそんな彼女に笑いかけられないでいる。そうね、と短い返事を返した私はそのまま父から渡された手紙に視線を落とした。

 それに気付いたラジヤが私の方へ身を乗り出してきた。


「あら!お手紙も!王子殿下のご尊筆を見せてくださいな!」


 この品々と共に王子の使者から父が受け取ったらしい。


「なんと?なんと書いてあるのですか?」


 先程父の前で開いた手紙を、ラジヤの隣で再度開いてみせる。内容は簡単だ。


「『我がテーベの王宮に来るのを待っている』と」

「まあまあまあ!」


 一部を読んでみせると、更にラジヤの顔が輝いた。

 他には私のために新たに宮殿の離れを作っていることまで書いてある。


「こんな大層なものをこれだけの量を送ってくるんですから、さぞや王子殿下はお嬢様にぞっこんなんでしょうね」


 今までの縁談と同じように私の知らぬままに話が進められていることだけはひしひしと感じていた。

 同時に、私はこのまま本当にあの人の妻になるのかと考える。

 嫌なわけではない。ただ、色々と飲み込めない部分が多かった。

 私に拒否権はない。拒む理由もない。でも──。


「お嬢様も、隅に置けませんねえ」


 こちらの気持ちなどいざ知らず、ラジヤは肘で突ついてからかってくる。


「よして」


 もう、と軽くねめつけるが、ラジヤはキャッキャと肩を寄せてきた。


「王子様を射止めるなんて凄いですよ。さすがは私のお嬢様!と思いながらも、一体どんな手を使ったのか気になっちゃいます」

「そんなんじゃないったら」


 王子だと知らなかったから、私はありのままで接していただけなのだ。


「殴られてるのに求婚してくるなんて、これまた珍しい話ですし」

「それは、そうよね……」


 少し苦笑した私に、ラジヤはにっこりと笑う。


「でも王子殿下に見初められるって本当にあるんですねえ。私はお嬢様の第一の侍女として鼻が高いです。王子殿下、お嬢様に殴られても、正妃として迎えたいと仰ってるんですから、ありのままのお嬢様が好きなんですよ。私、王子殿下とは気が合いそうです」


 彼女の言うとおりだ。彼はこんな私だと知っても、それでも夫婦になりたいと父に申し出てくれた。私のことを好きだと言ってくれたのだ。


「お嬢様」


 私の不安をぬぐい去るように、ラジヤは笑窪を浮かべて優しい声音を奏でる。


「大丈夫です。きっと幸せにしてもらえます。今はこれからの王宮での暮らしに思いを馳せていれば良いんです。色々悩むのは王宮に行ってからにしましょ。ね?」


 踊るように私の回りをくるりと歩いて、惚れ惚れと手を組む。

 そこでふっと彼女は私にくりりとした目元を向けた。


「でもお嬢様、王子殿下の正妃になられたら、御子をお産みになるのは絶対なんですよね?」

「……多分」


 おそらく、妃になったらそれが第一のお役目になるのだろう。面と向かって言われてしまうと不安しかない。


「今ファラオは伏せっていらっしゃるみたいですし、それなのに年頃の王子にはまだ一人も御子がいらっしゃらない。皆も首を長くして待っているに違いありませんよね……」


 王子の次の世継ぎがいないから、皆が慌てて他国からの王女を見境無く受け入れさせて、王子も勧められるままに彼女たちを側室にしているという話だ。


「でもそれってものすごく……うーん、大変な気が……」


 そこではたと顔をあげて、うーんと唸るラジヤを見た。


「……ねえ、ラジヤ」

「はい」


 この部屋にラジヤと自分だけであるのを確認して、声を落として尋ねた。


「子の成し方って知ってる?」


 くり抜かれた窓から外の風が吹き抜けていく。


「……はて?」


 相手はぽかんと首を傾げた。


「もうすぐ王宮に入るのに、どうやったらお腹に子供ができるのか……私、知らないの」


 知らないことが何だか気恥ずかしくてますます声量を落としてしまったが、ラジヤも分からないと首を横に振った。私が知っているのは、出産がものすごく痛いということだけだ。それまでの過程を私たちは一切知らなかった。

 これでは、子供を授かるどころの話ではない。

 タニイからはいずれ教えられると言われていたが、このままではそんな機会なく、王宮に入ることになるのではないか。


「誰かに聞いてみます……?」


 ラジヤが私に額を寄せて恐る恐る提案してくる。


「誰に?」


 そう尋ねたら彼女は眉間に皺を寄せた。

 誰に尋ねれば良いのか皆目見当も付かない。そもそもこの年まで教えられてこなかったことを尋ねるというのはなかなか勇気がいることだった。


「それは私からご指南いたします」


 二人で首を傾げ合う中、突然振ってきた声に、二人で悲鳴をあげてお互いに抱きついた。


「メティト!」

「母様!」


 自分たちのすぐ後ろに、くるりと巻いたパピルスを小脇に挟んだメティトが立っていた。いつの間に部屋に入ってきていたのだろう。


「もう。驚かせないでちょうだい」


 私の隣でラジヤがこくんこくんと頷いた。

 何かを指南すると言った乳母は至って真面目な顔をしている。


「奥様から言付かって参りましたよ。あなた方が気にしている子の成し方についてお教えするように」


 パピルスを示しながら、彼女は淡々と告げた。

 メティトがパピルスを持っているとは珍しい。彼女は母と同じように文字は読めないはずなのに。そんな彼女が持つパピルスには一体何が書いてあるのか気になってしまう。


「ラジヤ、あなたももう年頃なのですから、お嬢様とご一緒させていただきなさい」


 メティトの改まった様子がこそばゆくて、何だか落ち着かなかった。


「男女の閨でのこと──子の授かり方を、恐れながら私からご指南いたします」


 そう言って、私たちを椅子に座らせると、机にパピルスを広げて私たちに見せた。

 中身は絵だった。その絵に私とラジヤはぎょっと目を見張ることしかできなかった。

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