第84話 聖女暗殺

 ユルゲンって魔法使いだったの!?

 うっわ、全然知らなかった……。

 レスラーみたいな体つきしてるし、拳ダコがあるから絶対肉体派だと思ってたのに。


 あー、でもムキムキの男が上級魔法連発してる姿は結構凶悪だな。

 下級悪魔を拳大のフレアで1撃って、どんな魔力してんだよ。

 うわっ! 魔法を避けて近づいたインプの頭が、拳で爆ぜた!

 物理も行けるのかよ……ユルゲン怖ぇ!


 あの様子なら、下級悪魔を任せても大丈夫そうだな。

 ならば今がチャンス。


「ジェイ!」

「はいっス!」

「お前は挑発タウントが使えるか?」

「使えるっス」

「では、お前はユルゲンにつけ。出来るだけ多くの魔物を引きつけ、殲滅しやすいようユルゲンになすりつけよ」

「了解したっス!」


 指示を飛ばすとすぐにジェイがユルゲンの元に走って行く。

 上司からの指示をしっかり守り、別の指示を受けたら質問も反論もなく即座に行動を起こす。

 見た目はチャラいが、かなりいい人材なのでは?


 さすがはユルゲンが俺に付けただけはあるな。

 これで未だに見習いだというのだから、ファンケルベルクで正使用人になる道のりは結構ハードなんだな……。


「さて、それでは行ってくる。ニーナは安全なところに隠れていろ」

「ま、待って!」

「戦いはやめないぞ?」

「もう止めないわよ。そうじゃなくて……その……えっと」


 もじもじ。

 聖女が手を合わせて、口をもごもごさせる。


「なんだよ」

「悪魔と戦う力……いらない?」

「…………」


 えっ、なにそれ。

 めっちゃほしい。


 というかそんな力、ニーナにあったっけ?

 他人に分け与えられるものといえば、光魔法のバフ系が思い浮かぶ。

 だが、別に〝悪魔と戦う力〟って言うほどじゃないんだよな。

 魔物との戦いだって有効だし……。


 プロデニのプレイ記憶を必死に思い起こすが、それらしいものはない。

 でも何かがひっかかる。

 なんだっけ……?

 それっぽいのがあった気がするんだけど……。


「いらないなら別に――」

「ほしい。凄く欲しい」

「な、なら早くそう言いなさいよ! まったくもう、ちょっと落ち込みそうだったじゃない」

「落ち込み……?」

「何でもないから! こほんっ。じゃあ、力、上げるね」


 顔を赤らめた聖女が胸の前で手を組み、祈るように軽く頭を下げた。

 この光景……どこかで……。


 あーあと少しで、思い出しそうだ!

 俺が頑固な記憶を引っ張っている、その時だった。


 僅かな敵意。

 ぬっと、闇から現われる白い聖衣。

 光を纏わせた短剣が、

 ニーナの肩口に突き刺さる。


「あっ……」

「なッ!?」


 時が、止まった気がした。

 けれど聖女の体がゆっくりと、前に倒れ込んでいく。

 スローモーションの中、彼女の体を受け止める。


「キャハハハハ! ついにヤったわ。殺ってやったのよ! ザマァ見ろ! これでニーナも終わりよッ!!」

「貴様は……」


 カーラだ。

 聖女を助け出した時に姿を消したから、てっきり逃げたのかと思っていたんだが……。


「何故こんなことを」

「この子、聖女のくせして誰のモノにもなろうとしないでしょう? なのに聖女として上手く立ち回って……。許せなかったのよ。教皇様に破門された上、指名手配されたから、しょうがなく捕らえたけど――本当は前々からずっと、殺したかったの♪

 アハハ。ニーナを逃がしたわたしは、間違いなく左遷されるわ。これまで積み上げてきたものが全部パァ! なのに、ニーナは新しい街で大司教を続けていくの。それって許されないでしょう?

 ――だったら、殺すしかないじゃない?」


 カーラがにこりと笑った。

 こいつ、壊れてやがる……。


「それに、殺すなら今がチャンスじゃない? あなた、元カレとしてよりを戻したかったんでしょう? うふふ。残念♪ わたしを差し置いて幸せになるなんて、絶対に許さないんだから」

「……」


 ちょっと意味がわからない。

 誰が誰の元カレだって?

 何か勘違いしてないかこいつ……。


 俺はニーナを抱き寄せ、距離を取る。

 正直、こいつを殺すつもりは毛頭なかった。

 さっさと逃げ出して、そしらぬ顔で暮らしていればよかっただろうに。


 正直この世界に来た頃なんて、聖女は恐怖の対象だったけどな。

 処刑ルートを脱した今は、同じ街で暮らす仲間だ。

 その仲間が、目の前で傷つけられた。


 ――絶対に許さん。

 怒りに震えた時だった。


「消しますか?」


 悪魔の囁きが聞こえた。

 間を置かず、俺は口を開く。


「やれ」

「――御意」


 次の瞬間、カーラの頭が宙を舞った。

 首から吹き上がる血液。生暖かい、鉄の香り。

 壊れた笑みが顔に張り付いたまま、放物線を描いて頭が落下。

 遅れて、体がゆっくりと地面に倒れ込んだ。


「ハンナ。このゴミが二度と目に入らぬよう処分しろ」

「はっ!」


 瞬き一つするあいだに、ハンナとカーラの肉体が闇に消えた。


 ……うん、やっぱりいたんだね。

 ユルゲンがいるから、驚きはしなかったさ。

 でも手が早ぇなおい。

 返事してから首が飛ぶまでコンマ1秒もなかったぞッ!?


 いや指示したのは俺だけどさ。

 さすがに手が早すぎてびびったわ。


「エ、ルヴィン。ぐるじい」

「む?」


 腕の中から聖女のうめき声。

 どうやら意識が戻ったらしい。

 俺は腕を緩める。


「すまん。怪我はどうだ?」

「怪我? ううん、強い衝撃はあったけど、痛みはない、かな」

「そんなはずは……」

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