第78話 勝ったな!

「嫌な予感がするな」

「といいますと?」

「ハイターは、貴族の居住区を大まかに掴んでいるか?」

「え、ええ。一応は」

「ならば、デーオチの屋敷はどこにある」

「デーオチ準男爵でしたら、貴族街の一番南端ですね」

「次に、あの男爵の邸宅は」


 ライザーは兵を指さしながら尋ねる。


「たしか……デオーチよりも少し北です」

「ではその子爵は」

「さらに北かと」

「侯爵は……ここから三ブロック南だな」

「――ッ!?」

「気づいたか?」

「そんな、まさか……」


 武装派の私兵を次々に殲滅している男の報告が、徐々に北上している。

 それはつまり、男が今まさにこちらに近づいて来ているということだ。


 しかし、何故そのようなことをするのかがわからない。


「よもや王の刺客でしょうか?」

「いいや、それは考えにくい。たった一人で多くの兵を屈服させられる者など、〝この国には〟おらぬからな」

「その通りでございますな。しかし、そうなると相手の狙いがますますわかりませんな」

「ああ。確認したいが、狙いを迂闊には動けぬし……」


 ここで大きな動きを見せればレナードに気づかれる。

 であれば、可能な限り少数で確認に当たらせるしかない。


「斥候をここへ!」

「はっ!」

「今すぐトバッチーリ伯爵邸へ向かえ。軽くでいい、様子を探ってこい」

「承知しました!」


 ライザーは手短に指示を出し、斥候を見送る。

 これで、何が起っているのかが少しは把握出来るだろう。


(これがただの、武装派のボイコットであればいいのだが……)


 先ほどまで誰も集まらないと憤っていたとは思えぬ心変わりに、ライザーは鼻で笑った。


(まさか皆に馬鹿にされた方がマシだと感じる日が来ようとは、な)


 それから数分後、放った伝令が戻って来た。

 その表情を見ただけで、ライザーは彼がどのような情報を持ち帰ったのかがわかってしまった。


「か、閣下、お伝えします。トバッチーリ伯爵邸にて、伯爵私兵と男が一人交戦。伯爵私兵は――」


 ――全滅。

 その一報に、さすがのライザーも天を仰いだ。


「あ、あたり一面、血の海でした……」


 斥候が青ざめた顔で唇を震わせた。

 どうやら、かなり凄惨な現場だったらしい。


 戦争でもないのにこれほど怯えるとは。ここ数十年、本格的な争いが起っていないせいで、精神が軟弱になってしまったようだ。

 王になった暁には、王国兵や私兵ともども厳しく鍛えなおさねばなるまい。

 ライザーはそう、心に誓う。


「トバッチーリ伯は?」

「残念ながら……」

「そうか」


 トバッチーリとは、長い付き合いだった。

 お互い、気の置けない仲であったと思っている。

 ライザーは僅かなあいだ瞑目し、彼の死を悼む。


「して、男が何者かはわかったか?」

「い、いえ。全身黒い装備で身を包んだ、屈強そうな男だったこと以外は……。申し訳ありません」

「いや、よい。軽く探れと指示したのはわたしだ」

「まさか、トバッチーリ伯ですら太刀打ち出来ないとは思いませなんだ……」

「わたしもだ、ハイターよ」


 トバッチーリ伯爵は、武装派の中でライザーに次ぐ武力を保持している。

 領地にいる兵は二万を数え、その練度も国内で三本指に入るほどである。

 王都に帯同した兵は千にも満たないが、それだけにより腕の立つ者を選んでいたはずだ。


 その私兵が破れるとは、予想だにしていなかったのは事実。


「だがしかし、トバッチーリ伯が倒れた今、男の快進撃はここで終わりだ」

「呪い、ですか」

「左様。王国貴族は古くから、呪法を宿している故な。伯が殺されれば呪が孵り、男は絶命するはずだ」


 イングラム王国のみならず、この大陸の古い貴族家には、当主の体に呪法を宿す風習がある。

 当主本人には無害だが、当主を害した人物にのみ跳ね返る呪いだ。


 その呪いを宿すことで、他家からの暗殺を牽制していると言われている。


 新興貴族や子爵などには、この呪法を所持していない者がいる。

 そのため、男の快進撃はここまで続いた。

 しかし伯爵は歴史ある貴族の一人だ。彼の体には呪法が確実に宿っている。


 そんな伯を討ったとなれば、男の快進撃もここで終わりだ。

 今すぐ伯爵を討った下手人を確保し、その首を街の広場に晒してやろう。

 これは、弔い合戦だ。

 親族のみならず、国にも責任を追及するべきであろう。


 ライザーが口を開きかけた、その時だった。


 再び広場の隅に黒い影。

 強烈な違和感。

 激しい頭痛。

 仮面の男が手を振ると、

 蟲が蠢き、

 気が変わる。


「これでクーデターに集中出来るな」

「左様でございますな」

「冷たいと思うか?」

「いえ。フラグナー公が王になるため、必要な犠牲でございます」

「そう言ってくれると救われる」


 いま、歩みを止めるわけにはいかない。

 伯爵の死に捕らわれて足を止めるより、このまま前進して大きな目的を達成するのだ。


「改めて皆に誓おう。わたしはレナードを下し王となる。たとえどのような障害が立ちはだかろうとも、この誓いは必ず果たす! 故に、皆の者。わたしの後ろについてまいれ!」

「「「「おおっ!!」」」」

「よいか。今宵の戦に首代はいらぬ、すべてその場に打ち捨てよ。この戦いに参加した皆の者には等しく恩賞を与え、末代まで英雄として語り継ごうぞッ!!」

「「「「おおっ!!」」」」


 大将首の成果がなくても、皆に大金を渡す。

 その言葉で、兵のやる気が最高潮まで高まった。


(……ふっ。勝ったな)


 ライザーが確信した、その時だった。

 門の方から聞き覚えのない男の声が響いた。


「気合いはいってンなあ、お前ら」






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伯爵「ひどい、とばっちりだ!」


フラグ「おまたせ」

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