第20話 魔女の森での出会い

 魔女たちが一斉に町のど真ん中に現れた僕を見る。僕は軽く百人はいる魔女たちを前に、エクスカリバーを構えた。僕には【対魔力】がない。体のことを考えるとできるだけスキル開花は控えたいが、そうも言っていられない

.

 僕の姿を見た魔女たちが、僕を見てひそひそとなにかを離し始める。な、なんだろう?


「あの子が今回の生贄?」


「まだ若い女の子じゃない」


「長も悪趣味だわ」


 生贄? 長?


 なんのことだかさっぱりだ。でも、魔女たちが敵対している様子ではないのはわかる。剣を下ろすと、周囲にいた魔女たちはほっとした表情で話しかけてきた。こ、殺される?


「あなた、長に会った?」


「長?」


「ええ。転生して産まれたての魔女よ。黄緑の長い髪に緑の目をした幼い子」


 マリアが、長?


 信じられない。だって空腹で倒れていて長のようにはとても見えなかった。食べてるのも演技だとも思えないし。でも、僕たちを欺くための演技だったとしたら。【対魔力】を持っていない満里奈さんと僕は、まんまと罠にかかったのか。


 魔女の森というから魔女全員が敵対しているのかと思ったけど、マリアがいなければそうではないのかもしれない。僕は対話を試みた。


「僕を攻撃しないの?」


「長がいる前だと攻撃しなきゃいけないけど……。元々私たちはそこまで人間狩りに面白さを見出してるわけじゃないの。もちろん敵対心を持ってる魔女もいるにはいるけど、長以外が人間を狩ったらそれこそ殺されてしまうわ」


 なんだかよくわからないけど、複雑な事情があるみたいだ。満里奈さんも心配だし、探しに行かないと。


「話してくれてありがとう。あの、長い黒髪の女性を見なかった?」


「連れがいたのね。一緒じゃないなら、今ごろ長にもてあそばれてるところじゃないかしら。今回の長はまだ幼いから、人間を殺す前に遊ぶの」


 こんなところで悠長に話してる場合じゃないじゃないか!


 満里奈さんは先輩だとしても、コメントを信じるならAランクダンジョンのダンジョンボスだ。転生したてだとしても強力な可能性がある。今すぐ見つけだして助けに行かないと。


 魔女たちはなにか知ってないかな。ダメもとで聞いてみよう。


「その、今マリア……長がどこにいるかわからない?」


「気配はするけど、たぶん結界を張ってるわね。連れは諦めたほうがいいわ」


「そんな……!」


 満里奈さんを助けに行けないなんて。結界、【天使化】で使える技でどうにか打ち砕けないかな。でも場所がわからない。森を一人でさまようのは危険だ。さっき聞いた、僕に敵意のある魔女が奇襲をしかけてくるかもしれないし。


 僕が悩んでいると、魔女が一歩歩み出て手を差し伸べてくる。不思議に思うと、彼女はにっこりと微笑んだ。


「私はオルガ。連れを探すのを手伝えはしないけど、あなたに住む場所を提供することならできるわ」


「住む場所……? ダンジョンを出たほうが早いんじゃ……」


「ここは魔女の森よ? 魔女のテリトリーと言っても過言じゃない。人間一人、私たちが束になればあっという間に塵にできる。……見た感じ、特別な力を持っているようだけど。この町に住む全員を相手どるのは難しいわよ? 長が来るまでの間かくまってあげると言っているの」


 確かに、【罰】がある僕でも百人以上の魔女を相手取るのは難しい。新しいスキルを開花させてしまえば一掃できるんだろうけど、里奈が心配するということはそういうことだ。これ以上強力なスキル開花は見込めないと言っていい。


 満里奈さんのことは心苦しいけど、死んでもダンジョンの入り口に戻されるだけだ。もしかしたら特殊な魔法でそのまま死んでしまうということがあるかもしれないけど、むやみにマリアを刺激して本当に殺されてしまったら、僕は殺人罪で逮捕される。


 殺す前に遊ぶというのなら、魔女たちから情報を得て探しに行ったほうがいい。うかつな行動をして危険を呼ぶくらいなら、ここは素直に従ったほうがいいのかも。


 そう結論づけた僕は、差し出された右手を右手で握って握手をする。オルガは表情が和らいで、握手した手の力を少し強くしてきた。


「安心して。私はそこまで人間狩りに賛成派じゃないの。今周囲にいる魔女もだいたいそう。長が人間から搾れる魔力を取り込んで強くなっていくのを望んでいるだけだから」


「そう、なんだ」


「ちょうど空き家があるわ。案内するわね。その家にちょうどとんがり帽子とマントもあったはずだから、万が一長が戻ってきても近くに行かなければバレないはず」


 オルガはそう言って僕から向かって右に歩いていった。その道を魔女たちが開ける。オルガはなにか立場のある存在なのかな。匿うって提案に誰も反対しなかったし。年頃もちょうど僕と同じくらいだ。満里奈さん、どうか無事でいてください。


 案内された家は土と木でできた簡素な家だった。空き家というだけあって雑然としていて、部屋の隅にほこりを被った黒いとんがり帽子とマントがある。ちょっとカビくさい。


「掃除と換気してないからカビくさいわね。しばらく窓を開けておいたほうがいいわ。えーっと、とんがり帽子とマントは浄化魔法をかけておくからすぐ着て。魔女の服は私が用意するわ」


「オルガはどうしてそこまでよくしてくれるの?」


「さあね。それは自分で考えて。……はい。カビ取って綺麗にしたから、帽子は目深に被ってバレないようにしてね。あとで魔女服を持ってくるから、その服はこちらで処分するわ」


「あ、ありがとう」


 オルガから選択したてなんじゃないかってくらい綺麗になった受け取ったとんがり帽子とマントを着る。帽子はぎりぎり視界が遮られないくらいに目深に。うわ、なんだか本当に魔女になったみたいだ。


「食事は配給制。昼になったら殺気の場所から正面にまっすぐ進むと広場があって、そこで配給をしているわ。メニューはその日によって変わるけど、今朝鹿が捕れたから鹿のミートパイかしらね。食べ終わったら広場のテーブルに皿を戻しておくのがここの流儀。一回しか言わないからよく覚えておくのよ」


 なんか、本格的な食事を出すんだなあ。女性同士の生活って想像しづらいけど、こんな感じなのかな。窓を開けて空を見ると、まだ太陽はてっぺんには登り切っていなかった。


「オルガ、情報収集をしたいんだけど」


「怪しまれない程度にしなさいね。そうじゃないと匿った意味がないんだから」


「ありがとう。それじゃあ、出かけてくる」


 魔法を使って部屋の片づけと掃除をしてくれているオルガに声をかけて外に出る。せめて僕だけでも生き残ってマリアを倒さなきゃ。そうじゃなきゃ満里奈さんの仇がとれない。


 家の外に出て、さっき魔女たちがたくさんいた方向に戻っていく。オルガが連れていってくれたからか面々は変わっていて、幼い魔女たちが道端で遊んだり、年老いた魔女たちが井戸端会議を開いたりしている。


 あのときは状況が掴めなくて軽くパニックになっていたから観察できなかったけど、お店があったり、カフェがあったりしていた。カフェテラスもあり、そこで若い魔女たちが優雅にお茶をしている。彼女たちがいいかな。


 僕は若い魔女二人に歩み寄って、口元に笑みを浮かべて話しかけてみる。


「こんにちは。ちょっといいかな?」


 二人の魔女は僕を見て怪訝な顔をした。怪しまれる前に話を聞かないと。


「誰? 見ない顔ね。産まれたばっかり?」


「産まれた……という意味ではそうかもしれない。二人は友達?」


「いいえ、カップルよ」


「かっ……!?」


 僕はついつい顔を赤くしてしまうが、そうか、魔女の森ってくらいだから女の子しかいないんだ。でも、産まれたばっかりってどういう意味だろう。


「どうして僕が産まれたばっかりってわかったの?」


「魔力も貧弱だし、特別な力を持っているみたいだけど使い込みが甘いみたいだからね。それで、話しかけてきてなんの用?」


「長について知りたいんだ。ほら、産まれたばっかりだから故郷の長がどういう人か知りたいっていうか」


 僕が切り出すと、二人は顔を見合わせた。そして「ここだけの話よ」と声を低くして話し出す。


「長はあたしたちにあまり好かれていないの」


「それって、どういう」


「しっ! 声が大きい! ……長は最強の魔女よ。人間でいうところのS級ってのに分類されると思う。転生した今の長は逆らう魔女がいれば魔力を吸い取って干からびさせたり、残酷な刑罰に処したりするの。だから、長は魔女たちからすれば恐怖の対象なの」


 満里奈さんと僕を分断して一人ずつ始末しようとするあたりからして、二人の話は嘘じゃないんだろうな。それにしても、か、カップルって……。同性同士で、こんな堂々と。


「なに赤くなってるの? ……ははあん。さてはナンパだったのね? 鼻から下見た感じかわいいし、夜二人でかわいがってあげてもいいよ」


「ち、ちがっ」


「違うわよ。もう、魔女のカップルはこれだから。あなたも否定しなさいよ」


「オルガ……!」


 オルガが長いワンピースと薄いカーディガンを持って僕の後ろに立っていた。二人はオルガの顔を見るとそそくさとお茶を飲み干して逃げるように立ち去る。なんだったんだろう。


「オルガ、助かったよ」


「そろそろ配給が始まるわ。これに着替えて。人間臭さを消す効果もあるから、これで普通の魔女には人間だとはバレないわ」


「ありがとう。助かるよ」


 服を受け取って笑いかけると、オルガは頬を赤くしてとんがり帽子を目深にかぶった。


「べ、別に感謝されたいわけじゃ」


「着替えてくるね」


「え、ええ。いってらっしゃい」


 僕が不思議に思って首をかしげると、オルガは広場のほうに向かって歩いていった。そうだ、配給。マリアを倒すためにも食べるものを食べて力をつけなくちゃ。


 そう思って、僕は駆け足で僕の家に一旦戻る。配給のミートパイはおいしくて、味わってゆっくりと食べた。

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