第36話「第1章エピローグ」

 ──数日後──




 俺たちが灰狼領はいろうりょうに帰ってしばらくすると、王都から書状が届いた。



『異世界人コーヤ=アヤガキは、王家の血縁者けつえんしゃの可能性がある。

 王家は、その事実を認める。


 ゆえに、コーヤ=アヤガキを、灰狼侯爵領の代官だいかんとする

 灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょうの者には、今後、自由行動を許す』



 ──以上だった。


 書状にはランドフィア国王と、ナタリア王女の署名しょめいもあった。

 それは、王家が正式な約束をしたことを表すものだ。


 これで俺たちの自由は証明されたわけだ。


「でも、俺が灰狼領の代官になったってことは……」

「王の代わりに、灰狼領を監督かんとくする役目を得たということですね」


 アリシアが教えてくれる。


「王家は灰狼領を、コーヤさまの領地ということにしたいのでしょう」

「いや、灰狼領の領主はレイソンさんだろ?」

「そうですね。共同統治きょうどうとうちか……お父さまの上に、コーヤさまが位置するということになると思います」

「そういうものなの?」

「そういうものです」


 満足そうにうなずくアリシア。


「つまり、コーヤさまはわたくしへの命令権があるわけですね!」

「命令権?」

「はい。コーヤさまは灰狼領の代官なのですから。灰狼の侯爵令嬢こうしゃくれいじょうであるわたくしよりも上に位置するわけです。コーヤさまは、わたくしを自由にあつかう権利がございます……」


 ……なんで目を輝かせてるんだろう、アリシアは。

 俺の代官就任だいかんしゅうにんをよろこんでくれてるのはわかるけど。


 これで灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょう黒熊侯爵こくゆうこうしゃくにちょっかいを出されることはなくなったわけだからな。

 ゼネルスが言っていた、アリシアの政略結婚せいりゃくけっこんの話も消えた。

 アリシアにとっては、うれしいニュースだろう。


 今後は黒熊候こくゆうこうが手を出してきたら、俺たちは堂々と抵抗できる。

 俺が灰狼の代官だってことは、王家が保証してくれたんだから。


 まあ、黒熊侯爵家がなにかしてくることはないと思うけど。

 あの家は、すでに没落ぼつらくしそうになってるから。


 黒熊候ゼネルス=ブラックベアの一族は、すでに兵士や民から見放されてる。

 魔物や『デモーニック・オーガ』が暴れてってのに、なにもせずに逃げたんだから当然だけど。


 しかも、侯爵家の一族は魔物の攻撃によって、全員、重傷を負った。

 彼らは王都に逃げ込んで、治療を受けている状態だ。


 今の黒熊候は、カナール将軍を中心とした高官たちが治めている。

 もちろん、これは一時的な処置だ。

 うわさによると、これから王家が新たな黒熊候を任命するのではないか……と言われている。

 まあ、それも先の話だ。


「とにかく、灰狼領は自由になったってことだよな」

「はい。コーヤさま!」

「マスターのおっしゃる通りなのです!」


 アリシアもティーナも、笑顔でうなずいてる。


 灰狼領の境界地域は開放された。

 領境にいた『不死兵イモータル』は今、灰狼の領内で事をしている。

 もともと屋敷にいた者と合わせて、20体。

 精霊たちと仲良く、色々な仕事をしている。


 領境にいた『不死兵』を呼び寄せたのは、遠くに置いておくのが危険だからだ。

 俺がそうしたように、ナタリア王女も『不死兵』に触れて、命令権を書き換えることができる。

 それを防ぐために領内に入れて、精霊たちに一緒にいてもらってる。

 王家の者が『不死兵』に近づいたら、すぐに連絡が来ることになっているんだ。


「まずは、これで一段落ってところかな」


 王家は当分の間、灰狼領に干渉できない。

 黒熊領はカナール将軍が治めてる。

 あの人はレイソンさんを尊敬してるから、敵対することはないはず。


 となると──


「とりあえず、海に行ってみようか」

「わかりました。水着を用意いたします」

「いや、水着はいらないから」

「わかりました! 覚悟かくごを用意いたします!!」


 なぜか、こぶしを握りしめるアリシア。


「それもまた、開放的でよろしいかと思います。そういう趣味をお持ちの方もいると、書物で読んだことがございますから、手順は心得ております。このアリシア=グレイウルフは、コーヤさまのお望みのままにいたしましょう……」

「そっか。じゃあ、竿ざおを貸してくれるかな?」

「………………釣り竿?」

「釣りについて書かれた書物を読んだことがあるんだよね? だったら、灰狼領に釣り竿をくらいはあると思うんだけど……」

「水着は、いらないですね」

「釣りだからね?」

「しょ、承知しょうちいたしました!!」


 アリシアはスカートのすそをつまんで、一礼。


「そうですね! 広い海で釣りをすると、開放的な気分になりますものね。わかります。よーくわかりますとも!!」

「う、うん。お願い」

「承知いたしました! 用意いたします。もちろん水着は着ないことにいたします」

「いや、水に濡れることもあるからね。着たければ着てもいいよ。服の下とか」

「いえ、服の下に着るつもりはございません」

「……そうなの?」

「は、はい。それもまた……よいかと」


 アリシアは胸を押さえながら、そんなことを言った。


「……あの、マスター?」

「どうしたの、ティーナ」

「わざわざ釣りをする必要はないの。お魚なら、ティーナが魔法でってあげるの」

「あ、そういうことか」


 精霊たちの魔法を使えば、魚をキロ単位で陸揚りくあげすることができる。

 わざわざ時間をかけて、1ずつ釣る必要なんかないもんな。


「ごめん。説明不足だった。俺は娯楽ごらくとして、のんびりと釣りをしたいんだよ」

「娯楽なの?」

「釣れても釣れなくてもいいんだ。釣り糸を垂らして、3人で話をしながら、ゆっくりと時間を過ごしたいだけなんだよ」

 

 元の世界ではそういうのはなかったからな。

 職場を自分の居場所にするために、休みなく働いてた。

 土日の休みも、ほとんどなかった。


 だから、こっちの世界ではのんびりしたい。

 これからも、灰狼領では色々あるだろうけど、今は急ぎの仕事はなにもない。

 静かになった海を見ながら、3人でゆっくりと時間を過ごしたい。


 おたがいのことを話して。

 趣味や、好きなことのことを伝えて、ご飯を食べて。

 そんな時間を過ごすのもいいと思うんだ。

 俺はまだ、アリシアやティーナのことを、ほとんどなにも知らないんだから。

 

 ──と、そんなことを、俺はふたりに説明した。

 すると、


「はい。わたくしも、コーヤさまのことを知りたいです。わたくしのことも、すべて、ひとつ残らず知っていただきたいです!!」

「ティーナも同じ気持ちなの。お話がしたいの! マスターと一緒に、のんびりご飯を食べたいの! 精霊たちにお願いして、お弁当を作ってもらうの!!」

「うん。それじゃ、用意ができたら出かけよう」


 東の海はおだやかになった。

 波と風が荒れていたのは、魔王剣と、海に仕掛けられたマジックアイテムのせいだったんだろう。

 もちろん、今はどちらも無効化してある。


 風もおだやかで、温かくなってきてる。

 海辺で釣りやピクニックをするにはちょうどいい。


 だから、俺は出かける準備を整えて──

 アリシアは釣り竿を用意して、動きやすい服に着替えて──

 ティーナは精霊たちと一緒にお弁当を作って──


 準備を整えた俺たちは、海辺へと出かけたのだった。



 そして──




『我は、竜王ナーガスフィア』




 俺たちは海辺で、巨大な竜に出くわした。


 銀色のうろこを持つ竜だった。

 本体のほとんどは海の中。蛇みたいな身体の一部と頭だけを持ち上げて、俺たちを見てる。


『海の魔力が乱れていたために、目覚めることができなかった。それを消してくださった者はどなただ? 我はその者におんがある。その者を我が主としてあがめたいのだが』

「──えっと」


 俺は前に読んだ資料の内容を思い出す。

 そこにはこう書かれていたはずだ。


『もともとこの世界には、たくさんの王がいた』──と。


 初代大王アルカイン。

 精霊王ジーグレット。

 そして、元賢者の魔王ヴァルサス。


 その他にも、竜王ナーガスフィアというものがいたみたいだ。

 それが今、目を覚まして、俺の前に現れたってことか。


「はじめまして、竜王ナーガスフィアさま」


 俺は竜王に向かって一礼した。


「俺は、異世界人コーヤ=アヤガキと言います」

『うむ。丁寧ていねいなあいさつ、いたみいる』

「えっと……竜王さんは、海には詳しいですか?」

しかり』

「それじゃ教えてください。この海の向こうにはなにがあるんですか? 言葉が通じて、交易できそうな人がいますか? あと……潮の流れについて教えてくれると助かります」


 そこまで言って、俺は大事なことを忘れていたことに気がついた。


「あなたを目覚めさせたのは、たぶん、俺だと思います」

「灰狼の王、コーヤさまです!」

「マスターは精霊王でもあるの!」


 アリシアとティーナが、俺の手を取って宣言する。


『おお、おおおおおっ! 貴公がわが恩人であったか!!』

「恩人というか、なりゆきで封印を解いちゃったみたいですけど」


 俺はふたたび、竜王ナーガスフィアに向かって頭を下げた。


「ついでに言うと、俺は魔王もやっています」

『魔王も!?』

「詳しいことはこれから説明します。とにかく、これからよろしくお願いします。あなたがいにしえの王さまなら、たぶん、仲良くなれると思いますから」


 そんな感じで、俺は新たな王と出会ったのだった。




──────────────────────



 ここまでが第1章となります。

 少しお休みをいただいて、それから、第2章をスタートする予定です。


 ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます!

 第2章も、よろしくお願いします!


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