第34話「王都へ話をつけに行く(2)」
「王家の方々に申し上げます。自分は
最初に動いたのは、
「王女殿下のご
「さようか。ご苦労である」
王家の馬車の
その顔に、見覚えがあった。
俺を
「されど、貴公の後ろにいる一行は何者か?
「いかにも。
「な、なんだと!?」
あ、魔法使いダルサールがのけぞってる。
「灰狼候レイソン=グレイウルフが……領地の外に!? なぜだ!?」
「
うやうやしい口調で、カナール将軍は答える。
「灰狼候レイソンさまは、黒熊領が魔物の大軍に
「『デモーニック・オーガ』だと!? ばかな!? 魔王時代の魔物が……!?」
「その場には黒熊領の者たちも
事実だった。
黒熊領の人々はずっと、俺たちについてきている。
近くの村からも、人々が食料を持ってきてくれたり、見送りに出てきたりしてる。
灰狼候の一行は本当に歓迎されているんだ。
「灰狼候レイソンどのは、これから王都へ向かうおつもりだそうです」
カナール将軍は続ける。
「われら黒熊領の者は、灰狼候に
「待て、待て待て待て!! 意味がわからぬ!!」
魔法使いダルサール……パニックになってるな。
こわれたみたいに頭を振ってる。
白髪を振り乱して、被っていた帽子がふっとんでるのにも気づかない。
「魔王時代の魔物が現れた!? それを灰狼候の一行が倒しただと!? どうして……このような異常事態が!?」
「灰狼候レイソンさまは、すぐそこにいらっしゃいます」
カナール将軍は
声が冷たい感じなのは……たぶん、黒熊候ゼネルスに
あいつは民をほっぽりだして逃げようとしたんだから。
そのゼネルスを侯爵に任命したのは王家だし。
だからカナール将軍も、王家に冷ややかな目を向けているのかもしれないな。
「お疑いなら、灰狼候からお話をうかがってはどうでしょうか? よろしければこのカナールが取り次ぎをさせていただきます。自分は灰狼候に恩義があり、あの方を命にかえても守ると誓っておりますので、護衛も務めさせていただければと」
「待て!! いいから待て!!」
魔法使いダルサールは慌てたように手を振って、
「王女殿下のご意向をうかがって参る!!」
そのまま
たぶん、馬車の中の人物──第1王女ナタリアと話をしてるんだろう。
……第1王女ナタリアか。
あの人とは、
冷静で、頭の良さそうな女性だった。
俺のジョブが『門番』だったことに疑問を持ったのは、あの人だけだったんだ。
……あの王女がこの場にいるなら、油断できない。
こっちも切り札を使うべきかもしれない。
まあ……それは、向こうの出方を見てからか。
「……灰狼の者たちが……外に?」
「……どういうことだ」
「……馬車のまわりにいる小さな生き物たちはなんだ? まさか……精霊か?」
王家の馬車のそばで、兵士がこっちを見ていた。
みんな、目を丸くしている。無理もない。
ここには、本来いるはずのない者たちが集まっているんだから。
──灰狼領に封じ込められていたアリシアとレイソンさん。
──マジックアイテムで封印されていたティーナと精霊たち。
──『首輪』で制御されているはずの異世界人、コーヤ=アヤガキ。
ここには、王家が北の果てに閉じ込めていた者たちがそろってる。
だから王家の兵士たちも、
『
王家の者と出会ったときに、『不死兵』の
というか、王都に入れば『不死兵』くらいいるだろうからな。
俺がそっちの管理権限を
そんなことを考えているうちに、王家の馬車で動きがあった。
話を終えた魔法使いダルサールが戻ってきて──
「
カナール将軍に向かって、そんなことを言った。
「ナタリア殿下は、話を聞くとおっしゃっている。されど、灰狼領の者を近づけるわけにはいかぬ。距離をおいて話をする。そちらは1名まで。こちらは殿下と私と、護衛の兵士が立ち合う」
「──とのことです。どうされますか。皆さま」
カナール将軍が、俺とアリシアにたずねた。
こちらは1名、向こうは2名と護衛つきか。不公平もいいところだ。
まあ、王族としては『話を聞いてやる』ってスタンスなんだろうな。
だけど、俺は王女に言いたいことがあるんだ。
できるだけ、対等な立場で。
「魔法使いダルサールさまに申し上げます」
俺は声をあげた。
魔法使いダルサールは、はじめてその存在に気づいたように、俺を見た。
数秒間首をかしげて、それから、目を見開く。
「貴公は……まさか『門番』か!? 名前は──」
「異世界人のコーヤ=アヤガキです。その節はお世話になりました」
俺は一礼してから、アリシアの方を見た。
アリシアは、すべてわかっているように、うなずく。
だから俺は、彼女の『首輪』に手をかけた。
「実は、俺はとある
俺はアリシアの『首輪』を外した。
「もとの世界では『高貴な人』が誰かわからなかったんですけどね。この世界に来てはっきりしました。まさか、俺にマジックアイテムが
「『首輪』が外れた……だと!?」
魔法使いダルサールが飛び
その身体が、小刻みに震え出す。
いや、いくらなんでも恐がりすぎだろ。
「俺がマジックアイテムを扱えることの意味。ダルサールさまならおわかりなのでは?」
「た、確かに……貴公と灰狼候と令嬢が領地の外に出ていることが異常なのだが……その理由が……貴公が高貴な血を引いているからだとしたら……まさか!?」
「それと、俺は
俺は杖を手に『精霊王モード』にチェンジする。
頭は
「こんな感じです。だから、ここにいる精霊たちは、俺の部下です」
「「「精霊王コーヤ=アヤガキさまなのですー!!」」」
俺の頭上で精霊たちが、歌いながらくるくると回り始める。
「…………は、はぁ!? な、なんなのだ!? なんなのだそれは!!」
「あと、魔王の地位も受け継ぎました」
俺は魔王剣を手にして、『魔王モード』にチェンジ。
今度は頭に角が生えて、髪が触手のようにうねりはじめる。
俺は黒いローブをなびかせながら、魔法使いダルサールを
「「「精霊王だけど魔王さまなのです! ららら────っ!!」」」
精霊たちは逃げることもなく、俺の頭上で踊ってる。
本当に適応能力高いな。精霊たちって。
「……魔王。黒き魔王剣ベリオールに、ねじれた角。うごめく黒き髪。ま、まさに伝説にあった魔王の姿だ。だが、どうして、どうして貴公が」
「ご納得いただけたでしょうか」
俺は一礼して、
「ならば、その上で俺はランドフィア第1王女、ナタリア=ランドフィア殿下との会談を望みます」
「意味がわからぬ!! 貴公は一体、灰狼領でなにをしたのだ!?」
魔法使いダルサールが頭をかきむしる。
気持ちはわかる。
俺も王都を追放されたときは、自分が王位を
「それに……王女殿下に会わせろだと!? 馬鹿を言うな!!」
魔法使いダルサールは叫んだ。
「魔王を名乗る者を、王女殿下に会わせられるわけがなかろう!!」
「俺は人間の味方です」
「魔王が!? 人間の味方!?」
「はい。現に俺は『デモーニック・オーガ』を倒しています」
「……う」
「『デモーニック・オーガ』には武器も魔法も効きませんでした。奴は魔王の一部を取り込んで進化した魔物です。それを倒せるのは初代王アルカインさまか……あるいは、同じ魔王の力くらいでしょう」
「た、確かに……だ、だが、貴公が人間の味方だとは……」
「俺が『デモーニック・オーガ』を倒したのを、黒熊領の人々が見ています。それで俺が人間の味方であることは証明できるでしょう?」
「…………う、うぅ」
「そもそも、俺を召喚したのはランドフィア王家で、召喚魔法を使ったのはダルサールさまたちです。あなたは人間の敵を召喚したんですか?」
「い、いや。それは……ちがう」
「そうですよね。王家や、王家に仕える魔法使いが、そんなミスをするはずがありません。だったら、俺は人間の味方で間違いないじゃないですか」
「だ、だが、貴公は魔王なのであろう!?」
「そうです。そして、初代大王のマジックアイテムを操作できるものでもあります」
俺は自分の『首輪』を外してみせた。
「初代大王のマジックアイテムを操作できるのは、
「そ、そうだが……しかし」
「俺が王家のマジックアイテムを使えるのは、とある高貴な人の血を引いているからです。そしてランドフィア王家には、行方知れずの方がいるのですね?」
「まさか貴公は!? 25年前に
魔法使いダルサールが口にしたのは、王家に連なる人物の名前だ。
アルムス=ランドフィアは現ランドフィア国王の弟だ。
20数年前に事故で行方不明になったと聞いている。
当時は大騒ぎになって、
だから、アリシアやレイソンさんも、そのことを知っていたわけだが。
仮に俺がその人の子孫だとしたら、アルカインのマジックアイテムを使えてもおかしくない。
俺はもちろん、
それに、ランドフィア王家200年の歴史の中には、行方不明になった王族は何人もいる。それも、歴史書や伝説に記録されている。
だから、俺が口にしたのは『ランドフィア王家には、行方知れずの方がいる』という言葉だけだ。国王の弟の血を引いているとは一言も言っていない。
「だが、アルムス殿下が異世界に渡ったなどという話は聞いたことがない。貴公があの方の血を引いているわけが……」
「では、どうして俺は王家のマジックアイテムが使えるのでしょうか?」
「…………ぐぬ」
「そのことについても、ナタリア殿下とお話をしたいのですが、どうでしょうか?」
俺の言いたいことは伝えた。
ただ、できればナタリア王女と直接、話がしたい。
魔王と精霊王と、マジックアイテムの使用権──この3つの力を切り札にして、相手を交渉のテーブルに引きずり出す。
それが、俺が王都に行こうとしていた理由だ。
「…………少々、待たれよ」
ダルサールはふたたび馬車のところへ。
そして──
「王女殿下が、話をされるそうだ」
──苦いものを飲みこんだような顔で、答えた。
ダルサールは
肩を
「ただし、貴公を王女殿下に近づけるわけにはいかぬ。このマジックアイテムを使うがいい」
ダルサールは俺の足元に、
大きさは、10数インチの画面くらい。
これも初代王のマジックアイテムだ。触れると、使い方がわかる。
相手の顔を映し出して、声を届けることができるものだ。効果範囲は数百メートル。
通信専用のタブレットみたいなものか。
もちろん、これを使えるのは王家の人間だけだ。
ナタリア王女は、このアイテムで話をすると同時に、俺にこれが使えるか試すつもりらしい。
この『鏡』に攻撃用の能力はない。使っても大丈夫だろう。
「直接会って話をしてもいいんですけどね」
俺はダルサールに向かって言った。
「王家に対する敬意を表すには、そっちの方がいいと思ったのですが」
「無茶を言うな。魔王のおそろしさは、ランドフィア王家が一番よく知っている」
「そうですか。では、この『鏡』でしましょう」
俺は『鏡』を手にしたまま、ダルサールから距離を取る。
少し離れたところには、アリシアとティーナがいる。
いざというときは、
それを確認してから、俺は『王位継承権』スキルで、『鏡』を起動した。
すると──
『本当にあなたは……初代大王のマジックアイテムを使えるのですね』
マジックアイテムの『鏡』に、第1王女ナタリアの顔が映し出されたのだった。
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次回、第35話は、明日の夕方くらいに更新します。
第1章は全36話の予定なので、あと2話で一区切りです。
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