第34話「王都へ話をつけに行く(2)」

「王家の方々に申し上げます。自分は黒熊侯爵領こくゆうこうしゃくりょうで将軍を拝命はいめいしている者で、カナールと申します」


 最初に動いたのは、黒熊領こくゆうりょうのカナール将軍だった。


「王女殿下のご来訪らいほうに感謝を申し上げます。現在、黒熊候こくゆうこうゼネルス=ブラックベアは傷病中しょうびょうちゅうのため、私が報告のため、王都に向かう途中でございました」

「さようか。ご苦労である」


 王家の馬車のとなりで、紫色のローブを着た男性が答えた。

 その顔に、見覚えがあった。

 俺を召喚しょうかんした魔法使い、ダルサールだ。


「されど、貴公の後ろにいる一行は何者か? 灰狼侯爵家はいろうこうしゃくけ紋章もんしょうがついた馬車があるが?」

「いかにも。灰狼候はいろうこうレイソンどのと、そのご一行でございます」

「な、なんだと!?」


 あ、魔法使いダルサールがのけぞってる。


「灰狼候レイソン=グレイウルフが……領地の外に!? なぜだ!?」

灰狼侯爵家はいろうこうしゃくけの方々は、黒熊領の民を守ってくださったのです」


 うやうやしい口調で、カナール将軍は答える。


「灰狼候レイソンさまは、黒熊領が魔物の大軍におそわれたとき、身をていして民を守ってくださいました。そして、灰狼候の部下である男性が『デモーニック・オーガ』を倒してくださったのです」

「『デモーニック・オーガ』だと!? ばかな!? 魔王時代の魔物が……!?」

「その場には黒熊領の者たちも居合いわわせておりました。現に、彼らは灰狼候のご一行に感謝の意を示すため、彼らを見送りに来ているのです」


 事実だった。

 黒熊領の人々はずっと、俺たちについてきている。


 近くの村からも、人々が食料を持ってきてくれたり、見送りに出てきたりしてる。

 灰狼候の一行は本当に歓迎されているんだ。


「灰狼候レイソンどのは、これから王都へ向かうおつもりだそうです」


 カナール将軍は続ける。


「われら黒熊領の者は、灰狼候に恩義おんぎがございます。まずは、灰狼候と王家の方との面会の機会を設けていただければ幸いに存じます」

「待て、待て待て待て!! 意味がわからぬ!!」


 魔法使いダルサール……パニックになってるな。

 こわれたみたいに頭を振ってる。

 白髪を振り乱して、被っていた帽子がふっとんでるのにも気づかない。


「魔王時代の魔物が現れた!? それを灰狼候の一行が倒しただと!? どうして……このような異常事態が!?」

「灰狼候レイソンさまは、すぐそこにいらっしゃいます」


 カナール将軍は淡々たんたんとしてる。

 声が冷たい感じなのは……たぶん、黒熊候ゼネルスに幻滅げんめつしてるからだろうな。

 あいつは民をほっぽりだして逃げようとしたんだから。

 そのゼネルスを侯爵に任命したのは王家だし。

 だからカナール将軍も、王家に冷ややかな目を向けているのかもしれないな。


「お疑いなら、灰狼候からお話をうかがってはどうでしょうか? よろしければこのカナールが取り次ぎをさせていただきます。自分は灰狼候に恩義があり、あの方を命にかえても守ると誓っておりますので、護衛も務めさせていただければと」

「待て!! いいから待て!!」


 魔法使いダルサールは慌てたように手を振って、


「王女殿下のご意向をうかがって参る!!」


 そのままきびすを返し、王家の馬車に向かって走っていった。

 たぶん、馬車の中の人物──第1王女ナタリアと話をしてるんだろう。


 ……第1王女ナタリアか。

 あの人とは、召喚しょうかんされたときに話をしている。

 冷静で、頭の良さそうな女性だった。

 俺のジョブが『門番』だったことに疑問を持ったのは、あの人だけだったんだ。


 ……あの王女がこの場にいるなら、油断できない。

 こっちも切り札を使うべきかもしれない。

 まあ……それは、向こうの出方を見てからか。



「……灰狼の者たちが……外に?」

「……どういうことだ」

「……馬車のまわりにいる小さな生き物たちはなんだ? まさか……精霊か?」



 王家の馬車のそばで、兵士がこっちを見ていた。

 みんな、目を丸くしている。無理もない。

 ここには、本来いるはずのない者たちが集まっているんだから。


 ──灰狼領に封じ込められていたアリシアとレイソンさん。

 ──マジックアイテムで封印されていたティーナと精霊たち。

 ──『首輪』で制御されているはずの異世界人、コーヤ=アヤガキ。


 ここには、王家が北の果てに閉じ込めていた者たちがそろってる。

 だから王家の兵士たちも、亡霊ぼうれいを見るような顔をしてるんだろう。


不死兵イモータル』を連れてこなかったのは、王都に連れて行くのは危険だからだ。

 王家の者と出会ったときに、『不死兵』の管理権限かんりけんげんうばわれるかもしれない。マジックアイテムのあつかいでは王家に一日の長がある。油断はできない。

 というか、王都に入れば『不死兵』くらいいるだろうからな。

 俺がそっちの管理権限をうばった方が早いんだ。


 そんなことを考えているうちに、王家の馬車で動きがあった。

 話を終えた魔法使いダルサールが戻ってきて──


灰狼領はいろうりょうの代表者を1名、選出せよ」


 カナール将軍に向かって、そんなことを言った。


「ナタリア殿下は、話を聞くとおっしゃっている。されど、灰狼領の者を近づけるわけにはいかぬ。距離をおいて話をする。そちらは1名まで。こちらは殿下と私と、護衛の兵士が立ち合う」

「──とのことです。どうされますか。皆さま」


 カナール将軍が、俺とアリシアにたずねた。


 こちらは1名、向こうは2名と護衛つきか。不公平もいいところだ。

 まあ、王族としては『話を聞いてやる』ってスタンスなんだろうな。


 だけど、俺は王女に言いたいことがあるんだ。

 できるだけ、対等な立場で。


「魔法使いダルサールさまに申し上げます」


 俺は声をあげた。

 魔法使いダルサールは、はじめてその存在に気づいたように、俺を見た。

 数秒間首をかしげて、それから、目を見開く。


「貴公は……まさか『門番』か!? 名前は──」

「異世界人のコーヤ=アヤガキです。その節はお世話になりました」


 俺は一礼してから、アリシアの方を見た。

 アリシアは、すべてわかっているように、うなずく。

 だから俺は、彼女の『首輪』に手をかけた。


「実は、俺はとある高貴こうきな人の血を引いています」


 俺はアリシアの『首輪』を外した。


「もとの世界では『高貴な人』が誰かわからなかったんですけどね。この世界に来てはっきりしました。まさか、俺にマジックアイテムがあつかえるなんて」

「『首輪』が外れた……だと!?」


 魔法使いダルサールが飛び退く。

 その身体が、小刻みに震え出す。

 いや、いくらなんでも恐がりすぎだろ。


「俺がマジックアイテムを扱えることの意味。ダルサールさまならおわかりなのでは?」

「た、確かに……貴公と灰狼候と令嬢が領地の外に出ていることが異常なのだが……その理由が……貴公が高貴な血を引いているからだとしたら……まさか!?」

「それと、俺は灰狼領はいろうりょうに封印されていた、精霊王の地位も継承けいしょうしてます」


 俺は杖を手に『精霊王モード』にチェンジする。

 頭はつたのような髪飾りが生まれ、服が薄緑色のローブに変わる。


「こんな感じです。だから、ここにいる精霊たちは、俺の部下です」

「「「精霊王コーヤ=アヤガキさまなのですー!!」」」


 俺の頭上で精霊たちが、歌いながらくるくると回り始める。


「…………は、はぁ!? な、なんなのだ!? なんなのだそれは!!」

「あと、魔王の地位も受け継ぎました」


 俺は魔王剣を手にして、『魔王モード』にチェンジ。

 今度は頭に角が生えて、髪が触手のようにうねりはじめる。

 俺は黒いローブをなびかせながら、魔法使いダルサールを見据みすえる。


「「「精霊王だけど魔王さまなのです! ららら────っ!!」」」


 精霊たちは逃げることもなく、俺の頭上で踊ってる。

 本当に適応能力高いな。精霊たちって。


「……魔王。黒き魔王剣ベリオールに、ねじれた角。うごめく黒き髪。ま、まさに伝説にあった魔王の姿だ。だが、どうして、どうして貴公が」

「ご納得いただけたでしょうか」


 俺は一礼して、


「ならば、その上で俺はランドフィア第1王女、ナタリア=ランドフィア殿下との会談を望みます」

「意味がわからぬ!! 貴公は一体、灰狼領でなにをしたのだ!?」


 魔法使いダルサールが頭をかきむしる。

 気持ちはわかる。

 俺も王都を追放されたときは、自分が王位を継承けいしょうするなんて思ってなかったんだから。


「それに……王女殿下に会わせろだと!? 馬鹿を言うな!!」


 魔法使いダルサールは叫んだ。


「魔王を名乗る者を、王女殿下に会わせられるわけがなかろう!!」

「俺は人間の味方です」

「魔王が!? 人間の味方!?」

「はい。現に俺は『デモーニック・オーガ』を倒しています」

「……う」

「『デモーニック・オーガ』には武器も魔法も効きませんでした。奴は魔王の一部を取り込んで進化した魔物です。それを倒せるのは初代王アルカインさまか……あるいは、同じ魔王の力くらいでしょう」

「た、確かに……だ、だが、貴公が人間の味方だとは……」

「俺が『デモーニック・オーガ』を倒したのを、黒熊領の人々が見ています。それで俺が人間の味方であることは証明できるでしょう?」

「…………う、うぅ」

「そもそも、俺を召喚したのはランドフィア王家で、召喚魔法を使ったのはダルサールさまたちです。あなたは人間の敵を召喚したんですか?」

「い、いや。それは……ちがう」

「そうですよね。王家や、王家に仕える魔法使いが、そんなミスをするはずがありません。だったら、俺は人間の味方で間違いないじゃないですか」

「だ、だが、貴公は魔王なのであろう!?」

「そうです。そして、初代大王のマジックアイテムを操作できるものでもあります」


 俺は自分の『首輪』を外してみせた。


「初代大王のマジックアイテムを操作できるのは、王位継承権おういけいしょうけんを持つ者だけ。そう言ったのは、ナタリア殿下とダルサールどのです」

「そ、そうだが……しかし」

「俺が王家のマジックアイテムを使えるのは、とある高貴な人の血を引いているからです。そしてランドフィア王家には、行方知れずの方がいるのですね?」

「まさか貴公は!? 25年前に消息しょうそくった、アルムス殿下の……?」


 魔法使いダルサールが口にしたのは、王家に連なる人物の名前だ。

 アルムス=ランドフィアは現ランドフィア国王の弟だ。

 20数年前に事故で行方不明になったと聞いている。


 当時は大騒ぎになって、灰狼侯爵領はいろうこうしゃくりょうにも捜索隊そうさくたいが来た。その記録が、灰狼領にも残っていた。

 だから、アリシアやレイソンさんも、そのことを知っていたわけだが。


 仮に俺がその人の子孫だとしたら、アルカインのマジックアイテムを使えてもおかしくない。

 俺はもちろん、肯定こうていも否定もしない。

 それに、ランドフィア王家200年の歴史の中には、行方不明になった王族は何人もいる。それも、歴史書や伝説に記録されている。


 だから、俺が口にしたのは『ランドフィア王家には、行方知れずの方がいる』という言葉だけだ。国王の弟の血を引いているとは一言も言っていない。

 勘違かんちがいするのは向こうの勝手だ。


「だが、アルムス殿下が異世界に渡ったなどという話は聞いたことがない。貴公があの方の血を引いているわけが……」

「では、どうして俺は王家のマジックアイテムが使えるのでしょうか?」

「…………ぐぬ」

「そのことについても、ナタリア殿下とお話をしたいのですが、どうでしょうか?」


 拒否きょひされても構わない。

 俺の言いたいことは伝えた。


 ただ、できればナタリア王女と直接、話がしたい。

 魔王と精霊王と、マジックアイテムの使用権──この3つの力を切り札にして、相手を交渉のテーブルに引きずり出す。

 それが、俺が王都に行こうとしていた理由だ。


「…………少々、待たれよ」


 ダルサールはふたたび馬車のところへ。

 そして──


「王女殿下が、話をされるそうだ」


 ──苦いものを飲みこんだような顔で、答えた。

 ダルサールはまゆをつり上げて俺をにらんでいる。

 肩をふるわせて、今にも魔法をちそうな感じだ。


「ただし、貴公を王女殿下に近づけるわけにはいかぬ。このマジックアイテムを使うがいい」


 ダルサールは俺の足元に、かがみを置いた。

 大きさは、10数インチの画面くらい。


 これも初代王のマジックアイテムだ。触れると、使い方がわかる。

 相手の顔を映し出して、声を届けることができるものだ。効果範囲は数百メートル。

 通信専用のタブレットみたいなものか。


 もちろん、これを使えるのは王家の人間だけだ。

 ナタリア王女は、このアイテムで話をすると同時に、俺にこれが使えるか試すつもりらしい。

 この『鏡』に攻撃用の能力はない。使っても大丈夫だろう。


「直接会って話をしてもいいんですけどね」


 俺はダルサールに向かって言った。


「王家に対する敬意を表すには、そっちの方がいいと思ったのですが」

「無茶を言うな。魔王のおそろしさは、ランドフィア王家が一番よく知っている」

「そうですか。では、この『鏡』でしましょう」


 俺は『鏡』を手にしたまま、ダルサールから距離を取る。

 少し離れたところには、アリシアとティーナがいる。

 いざというときは、援護えんごしてくれるはずだ。


 それを確認してから、俺は『王位継承権』スキルで、『鏡』を起動した。


 すると──



『本当にあなたは……初代大王のマジックアイテムを使えるのですね』



 マジックアイテムの『鏡』に、第1王女ナタリアの顔が映し出されたのだった。



──────────────────────



 次回、第35話は、明日の夕方くらいに更新します。

 第1章は全36話の予定なので、あと2話で一区切りです。






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