第21話「黒熊侯爵、逃げ帰る」
「ど、どうして『
黒熊候ゼネルスが
「槍を引け『不死兵』よ!? このペンダントが目に入らぬのか!? 私は
「──当主さま。これはどういうことですか!?」
「──なぜ『不死兵』が我々を!?」
「──来るな! 来るなぁあああああっ!!」
ゼネルスと
『ルゥ。ラ、アァァァァラアアアアアアァ!!』
ダン! ダン! ダダンッ!!
『ルゥラ! ウゥアラララララィィィ!!』
『
まるでゼネルスの存在そのものが不快であるかのように、
「こ、これはどういうことだ!? 『不死兵』がおかしくなったのか!?」
「妙なことを言うんですね。ゼネルス
答えたのはアリシアの前にいる、
「あなたが言ったのでは? 『「不死兵」は間違わぬ。「不死兵」の行動を疑うことは、王家への
「……う」
「その『不死兵』があなたに槍を向けているなら、それはあなたが間違っているという証明じゃないのか?」
「な、なんだ貴様は!! 兵士ごときが!!」
「兵士じゃない。俺は『門番』だ」
兵士が
現れたのは、黒髪の青年の顔だ。
体つきはやや細身。けれど、意思をこめた視線で、ゼネルスを見返している。
ゼネルスは、その顔に見覚えがあった。
異世界召喚が行われたときだ。
王宮で彼を指さして、あざ笑ったことを覚えている。
「その顔! 貴様は異世界人の……『門番』の……」
「コーヤ=アヤガキだ。あなたとは一度、王宮で顔を合わせている。ああ、『不死兵』に命じる。一度槍を引け。俺はゼネルス
『『『アァララィィィィ!!』』』
コーヤ=アヤガキの声に応じて、『不死兵』が槍を立てる。
まるで異世界人に敬意を表すように。
その姿を見たゼネルスの顔から、血の気が引いた。
「な、なぜ『不死兵』が貴様に従う!? 貴様のジョブは『門番』のはずだ!! なのに──」
「この世界に来て、思い出したことがあるんだ」
コーヤ=アヤガキは言った。
「俺はもとの世界で言われたことがある。『お前は
「なんだと!?」
コーヤ=アヤガキの視線に気圧されたように、ゼネルスたちはさらに後退する。
その背中が、固いものにぶつかった。
彼らの背後には、巨大な石壁がそびえている。
ゼネルスが『
前方には10体の『
もう、ゼネルスには、どこにも逃げ場はなかった。
ゼネルスの背中を冷や汗が伝う。身体の震えが止まらない。
さっきまで『不死兵』に囲まれて安心していたことが信じられない。
ここには、敵しかいない。
それがはっきりとわかってしまった。
「あなたの言う通り、俺のジョブは『門番』だ」
異世界人の少年は続ける。
「それは『異世界の門を通り抜けた者の子孫』という意味があるんじゃないか?」
「あり得ぬ! 馬鹿な!! なんだそれは!?」
王家のマジックアイテムは、王家の血を引く者にしかあつかえない。
そして今、『不死兵』はコーヤ=アヤガキに従っている。
そんな現実を目の当たりにしながら、ゼネルスは
「
「それは俺もわからない。俺は『高貴な血を引いている』と言われただけだからな」
「そうだ! 貴様は異世界人なのだ! 王家の血を引いているはずが……」
「だが、ランドフィア王家は異世界から人間を
「……そんな! そんなことが……」
「現に『
コーヤ=アヤガキは強い視線で、ゼネルスを見返す。
「その理由をどう説明する? ゼネルス
「……ぐぬぬ」
「王家のマジックアイテムを持つ者は、王家の血を引く者と、王位継承権を持つものだけ。それがこの国のルールだ。違うか?」
「…………う」
「確かなのは、俺に『不死兵』が従っているという事実だけだ。それをどう解釈するかは、あなたの自由だ。だけど……あなたは俺が仕えている灰狼侯爵と、その娘のアリシアに無礼を働いた。俺が、王家より仕えるように命じられた
「う、ううぅぅぅぅ!!」
「コーヤ=アヤガキの名において命じる。『不死兵』は横一列に並べ。黒熊候にその力を見せよ!!」
『『『ルゥアァラララララィ────ッ!!』』』
『不死兵』が異世界人の少年の言葉の通り、横一列に並ぶ。
槍を構え、その先端を黒熊領の者たちに向ける。
「ご
「
気づくと、アリシアが冷めた目で、ゼネルスを見ていた。
その表情を見た瞬間、ゼネルスにはわかった。
──アリシア=グレイウルフは決して、ゼネルスには従わない。
──従うくらいならば死を選ぶ。
それほどの覚悟をもって、彼女はこの場に立っているのだと。
「わたくしは、コーヤ=アヤガキさまに従います」
堂々と胸を反らして、アリシア=グレイウルフは宣言した。
「わたくしはこの命の使い道を見つけました。わたくしはコーヤ=アヤガキさまとともに、この灰狼侯爵領を守ります。黒熊侯爵家の
「
「『不死兵』は、ランドフィアの王家の者にしか従いません。そして灰狼侯爵領の『不死兵』はコーヤさまに従っております。ならば、コーヤさまは王家のお方といえるのではないでしょうか?」
アリシアは言った。
物わかりの悪い子どもを、さとすような口調だった。
「なのになぜ、コーヤさまに従うことが、王家への
「そ、それは……だが……」
「『
アリシアが口にしたのは、『不死兵』を
そして歴代の黒熊候が、灰狼領の者たちをおどすのに使ってきた言葉でもある。
今、それが
「アリシアさまの言う通りだ」
異世界人のコーヤ=アヤガキが告げる。
「俺たちは王家や、他の
「…………ぐぬ」
黒熊候は、うめき声をもらした。
灰狼領はもはや、黒熊候には従わない。
それは王家より灰狼の管理を任された黒熊候が、その役目に失敗したことを意味している。
(私は……どこで間違えた……?)
わからない。
わかるのは、逆らえば殺されるということだけだ。
ゼネルスがいるのは、灰狼の
『不死兵』の槍の一振り、あるいは砦の兵士が矢を射るだけで、ゼネルスの生命は終わる。
(私は……どうしてこんな危険な場所に来たのだ!?)
灰狼侯爵領に来る必要などなかった。
自領に来る魔物など、兵士に任せておけばよかったのだ。
なのになぜ、こんなところに来てしまったのだろう……。
「お前たち……どうしてこのゼネルスを止めなかった!?」
ゼネルスは、思わず左右の兵士をどなりつける。
「どうして領主を、こんな危険な場所に連れてきた!? 護衛としての自覚があるのか!? この……役立たずどもが!!」
わめき立てるゼネルスは、気づかない。
自分がただ、王家の権威に頼っていただけだということに。
彼の手の中には王家より預けられたペンダントがある。
『不死兵』と『首輪』に命令するためのものだ。
ゼネルスの言葉ひとつで『不死兵』が動き、レイソンとアリシアの『首輪』が火を噴く。
ゼネルスは彼らの
だから、自分は灰狼領の者を自由にできると、そう思っていたのだ。
だが、ここには王家の血を引く者がいた。
王家の者にはマジックアイテムの管理権限がある。マジックアイテムがゼネルスの指示に従わないように設定できる。だから『不死兵』は、ゼネルスの敵になった。『首輪』のおどしも通じなくなった。
今のゼネルスにはなんの力もない。
剣の一振り、矢の一本で、彼は死ぬ。
その事実に気づいたゼネルスは、ただ、恐怖に震えるだけだった。
「ゼネルス候に申し上げる。マジックアイテムの命令に使っているペンダントを渡してくれ。それはもう、必要のないものだろう?」
黒髪の少年──コーヤ=アヤガキは言った。
「あなたはアリシアに不当な要求をした。『不死兵』に命令して、灰狼領の民を殺害しようとした。それは明確な
「…………う、うぅ」
「領主には民を傷つけるものと戦う権利がある。相手を倒すか、武器を取り上げて追放するか……ゼネルス候は、どちらを望む?」
ゼネルスは『不死兵』という武器を使って、民を殺そうとした。
だから武器を──マジックアイテムへの命令権を持つペンダントを取り上げる。
コーヤ=アヤガキは、そんなことをゼネルスに告げた。
「可能なら文書に
「…………ぐ、ぐぬぅぅぅぅっ!」
黒熊候ゼネルスはうなり声を上げて……そして、がっくりと肩を落とした。
断るという
黒熊候ゼネルスは
──数時間後、
「ばかな! ばかなばかなばかなっ!!」
馬車の中でゼネルスが叫んでいた。
領境を抜けるときが大変だった。
灰狼領と黒熊領の間には、10体の『
それが、黒熊領の旗を掲げた者を攻撃しないように設定されていたのは、過去の話だ。
『不死兵』はすべて、コーヤ=アヤガキに支配されていると考えるべきだろう。
『不死兵』がゼネルスの一行を襲う可能性は、十分にある。
そうなったら……絶対に生き残れない。
その恐怖が、ゼネルスたちを急がせていた。
王家から預かった『ペンダント』は、アリシアに渡してしまった。
あったところで意味はない。
あれは『王家が支配する「不死兵」』にしか使えない。
すでに『不死兵』が異世界人の支配下にある以上、なんの能力ももたらさない。
紋章が入った『旗』もそうだ。
あれを掲げてたところで『不死兵』が攻撃をためらうことはないだろう。
それでも兵士たちが『旗』を振り回しているのは、他に手段がないからだ。
これまでは通じた。だからこれからも通用する……そう信じて、兵士たちは『旗』を振り回し続ける。
「ひぃ! ひぃぃぃいいいいいっ!!」
ゼネルスは黒熊領に入るまでの間、ずっと悲鳴をあげ続けていた。
そして──結局、『不死兵』は
以前のように、街道の横に控えていただけだ。
馬車の中で頭を抱えていたゼネルスは、『不死兵』が見えなくなってから顔を上げた。
そして──
「ばかにしているのか。おどすだけおどして、楽しいか! 見下して楽しいか!」
──そんなことを、叫び続けていた。
恐怖と混乱で頭をかきむしり、兵士たちを怒鳴りつけながら。
そうして彼らは、街道で待機していた部隊と合流したのだった。
「将軍のカナールと異世界人のサイトウを呼べ!」
カナールは軍事の総責任者だ。
強力な戦士であり、兵たちに慕われる人格者でもある。
だが、彼はゼネルスを
だから街道で待機させていたのだ。
異世界人のサイトウを連れてきたのは、彼をおどすためだ。
『逆らえば灰狼領に送り込む』──そうやって
「……異世界人のサイトウにたずねる」
ふたりを馬車の近くに呼び寄せてから、ゼネルスは言った。
「確か、貴様は優秀なのだったな?」
「は、はい。自分は20代で管理職補佐になったほどの者ですから」
「そうか。では、貴様は異世界人のコーヤ=アヤガキが、ランドフィア王家の血を引いていることを知っておったか?」
「…………は?」
サイトウは、ぽかん、と口を開けた。
「い、いえ。存じ上げません! 彼が王家の血を? そんな話はまったく……」
「同じ異世界人なのになぜ知らぬ!?」
「彼は、この世界に来てはじめて出会った人間です。それに彼のジョブは『門番』です。私が関わるような人物では……」
「その態度が、あの者を敵対させたのではないのか!?」
自分を
「同じ異世界人同士、助け合おうとなぜ思わなかった?」
「──ひ、ひいっ」
「そのせいで私は恥をかいたのだ! 貴様は主君が笑いものになっても平気なのか!?」
「も、申し訳ありません」
「もういい! それより、この先のことだ。『
これまでは魔物と、魔王復活時のリスクを灰狼領が引き受けていた。
これからは違う。
灰狼は『
彼らが攻撃してきた場合、真っ先にそれを受け止めるのは黒熊領だ。
しかも灰狼領は防壁で守りを固めている。魔物も灰狼領を避けるほどだ。
だとすれば、復活した魔王が真っ先に狙うのは黒熊領になる。
これからは黒熊侯爵家が、魔王対策をしなければいけないのだ。
「お話はわかりました。ならば、王家に報告されてはいかがでしょうか」
そう言ったのは、将軍のカナールだった。
「灰狼の者は『
「確かに、そうかもしれぬな」
「では、すぐに使者を立てるべきでは?」
「だがな……それでは我が侯爵家が無能だと、皆に宣伝することになるのだ」
ゼネルスは、将軍のカナールをにらみつけた。
「黒熊侯爵家は灰狼の管理を命じられている。なのに灰狼領の動きに気づかず、王家より
「侯爵さま!?」
「皆がこのゼネルスを指さして笑うだろうよ!! 王家の方々も、他の
「しかし、このままでは……」
「ああ……もう灰狼のことなど考えたくもない!」
ゼネルスは馬車に乗り込んだ。
「
「
「そ、そんな……」
カナールとサイトウが呼びかける。
だが、馬車の窓が開くことはなかった。
黒熊候ゼネルスは周囲の声に耳を
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次回、第22話は、明日の夕方くらいに更新します。
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