百合の花束

ろんろん

第1話 委員長と不良

 学校のチャイムが鳴り響く。

 全校生徒に朝礼の時間を知らせる音。ガヤガヤとする教室の中、ドアが開くと同時に女の先生が声を上げる。

 生徒達はそさくさと席に着き始めるが、お喋りは止まらない。


『せんせーおはよー!』

『待って!今髪巻いてるからぁ!』


 女生徒達は先生にお構いなしにはしゃいでいる。

 女子高ではコレが日常。先生に対してもフレンドリーに接していく生徒達。


 表向きは注意するが、止めさせる事や没収などはしなかった。

 女同志、楽しく緩く、日々を送れるならそれでいいのかもしれない。

 生徒はまだ子供だから精神的な弱さはもちろん。女子高特有のデリケートな部分があるから、先生は普段から目線を合わせて接しているのかもしれない。


「皆揃ってるね?HR始めるよー」


 先生が生徒の顔を簡単に確認すると、教室の後方のドアが開く。


 黒マスクをしたショートヘアーの生徒が、白いぶかぶかのパーカーに手を突っ込み、悪びれもなく入ってきた。

 髪は白く、毛先だけは薄いピンクに染められ、右耳に髪をかけているのは複数のピアスを見せつけるようする為に思える。


 教室は一瞬で静まり返り、ハッと我に返った先生が注意する。


小滝コダキさん…また遅刻ですよ?もう二年生なんだからちゃんとしないと…」


「……サーセン…」


 小滝コダキと呼ばれた生徒は、先生とは目を合わさず、一番後ろの自分の席に座る。

 ざわつき出す生徒達。このクラス、いや全校生徒の中で一番目立っているかもしれない。

 色んな女生徒がいる中で見た目だけなら類はいない。

 問題児。不良。そんな小滝コダキは殆どの生徒に多くのレッテルを貼られている。


「はーい静かにー、HR始めるよぉ」


 手を叩いて生徒達を静かにさせる。

 今日業者が来るから挨拶はしっかりと、テストが近いので勉強を怠らないように、などといくつかの連絡事項を伝え終わると、先生の前に座る女生徒が手を挙げた。


「はい影灯カゲトウさん」



 名前を呼ばれると席を立ち、クラスメイトを見渡す。

 スラっとしたモデル体型。綺麗な黒髪ストレートに、大人びた顔立ちに少し幼さが見える。


「今日までの提出物があります。出してくれた方ありがとうございます。まだ出してない方がいますので、放課後までに私の所までお願いします」


「聞いたねー?出してない人はクラス委員長を困らせないようにねー」


 こうしてHRを終え、いつもの学校生活が始まる。

 授業に集中する生徒。鏡で身なりを整える生徒。寝る生徒。

 毎日似た日常を繰り返す。

 そして一日が終わり、放課後。下校する生徒もいれば、友達と楽しくお喋りする生徒もいる。

 教室をキョロキョロと落ち着かない生徒が一人。

 それに気付いたのか、友達とのお喋りを止めて、声を掛ける。


「いんちょーどしたのぉ?」


「んー小滝コダキさん帰っちゃったかなって」


 委員長の影灯カゲトウ小滝コダキを探していた。

 声を掛けてくれたクラスメイトがちょっと前に教室から出て行くのを見たと教えてくれる。

 影灯カゲトウは笑顔でお礼を言って、小走りで教室を出て行く。



 するとトイレから出てくる小滝コダキを確認した。

 ぶかぶかのパーカーに手を突っ込み、いつも不機嫌そうな目をしている。そんな小滝コダキは誰が見ても人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。


 だが影灯カゲトウはそれをお構いなしにパーカーを引っ張る。


「うひゃっ!?」


 急に引っ張られた小滝コダキは後ろに倒れそうになるが、影灯カゲトウが両手で支える。

 小滝コダキは目を丸くして、上を見上げると影灯カゲトウが苦笑いしている。


「ご、ごめんね?急に引っ張って…」


 すぐに小滝コダキは距離を取り、いつもの様に応える。


「な、なんだよ…アタシになんか用…かよ…」


 小滝コダキはいつも通りにしているつもりだけど、言葉が詰まったり、目が泳いでいた。

 正面を向かず、隠すように横目で影灯カゲトウを睨む。


 影灯カゲトウは手を出し、HRで言った提出物を催促する。残りは小滝コダキだけとの事。

 落ち着きを取り戻した小滝コダキは一言。


「んなのねぇよ」


 手を差し出したまま固まる影灯カゲトウ


「…あのねぇ…

「あっいんちょー見つかったぁ?」


 後ろから声を掛けられ言葉が止まる影灯カゲトウ。先ほど教室でお喋りしていたクラスメイト達が下校する所だった。影灯カゲトウは振り返り、笑顔で答える。

 影灯カゲトウの体で小滝コダキは隠れていた為、小滝コダキの腕を掴み、身を引き寄せた。


「お陰様で見つかったよ。でも小滝コダキさんトイレに行こうとしてた所だったみたいで、タイミング悪く引き止めちゃって…」


 クラスメイトには自然に見える様に、腕を組みトイレの中へ進む二人。再び目を丸くする小滝コダキ

 影灯カゲトウは、小滝コダキをすごい力で引き摺り込んでいた。


「え、ちょ、あ…」


「そっかごめんねぇ引き止めて、じゃあね~いんちょー」


「ばいばーい、また明日――」


 影灯カゲトウはクラスメイトが行った事を確認して、二人で同じ個室に入る。

 強引に押し込まれた小滝コダキは力強く押され、便座に座らせられた。


「にゅぉっ!テメッ…――っ!!」


 変な声を出してしまったからなのか、顔を赤くして影灯カゲトウを見上げ、声を荒げる、前に影灯カゲトウの足が小滝コダキの股の隙間を踏みつけ、マスクを外させられる。


「意外と可愛らしい声を出すんだねぇ?皆のいる前はわざと低く喋ってるのかな?ねえ小滝コダキさん?」


 影灯カゲトウ ひかり。成績優秀で誰からも人望が厚く、優等生。優しく、明るく、おしとやなか性格。少し見れば誰もがそう思うような生徒だった。

 会話もしたことのない小滝コダキから見ても、この豹変ぶりには体が固まった。

 手を伸ばして小滝コダキの頬に触れる。ゆっくり撫で、次第にピアスだらけの耳を優しく触れる。



「似合わないなぁ……でもそこが可愛いんだろうね……。小滝コダキさん…たかが提出物と思ってない?でも私にとってはさ、先生との信頼関係が発生してるの。分かる?分からないよね?結構気を使ってあげてるんだよ?朝のHRの時点で出してないのは小滝コダキさんだけ。あえて名指しは避けてあげたんだよ?可哀そうだから」


 小刻みに震える中、小滝コダキは目が離せなかった。耳を優しく触り続ける影灯カゲトウの目は冷たく澄んで、瞳の奥まで覗いている感じがした。

 目を離したらダメだと直感する。あり得ない事だけど、やれる筈がないと思ってはいるが、確信が持てないが為に小滝コダキは動けなかった。


「喋らないの?私一人だけ喋って可笑しな子に見られちゃうなぁ……見られる事はないけどさ……じゃあ出させてあげるね…?」


 影灯カゲトウはそっとピアスだらけの耳に顔を近づける。


「あ…や、だ……」


 涙が零れそうになっても体は動かない。

 動いてもダメ。動かなくてもダメ。小滝コダキの脳は適格な信号を送れなくなっていた。


 影灯カゲトウは耳元で甘く、優しい吐息を吹き掛ける。どこか艶っぽくて、それが更に脳をダメにする。


「あぁっ!…ぅう…」


 耳朶ミミタブのピアスを舌でゆっくりと転がす。順番に一個づつ。選んでいるかのように。

 微かな水音が小滝コダキの聴覚を鋭くしていく。小さく漏れる吐息は段々と喘ぎ声が混ざっていく。


「コレ…かなぁ?」


 小滝コダキは感触的に理解する。耳の上、軟骨についているピアスだと。

 恐怖のあまり咄嗟に右手が動いた。でもそれはただ影灯カゲトウの制服を強く掴むだけだった。まるで覚悟を決め、痛みを我慢するかのように強く握る。




「…いい子だね」








「……提出物は明日持ってきてね?」


 そう言って影灯カゲトウは口に付いた血を拭った。

 小滝コダキは下を向いて反応しなかった。体が時折ビクつくだけ。


「じゃあ私は帰るから。トイレでよかったね。自分のは片づけてね?じゃあ小滝コダキさん。また明日ね!」


 制服を正し、いつもの優等生へと変わる。



「…今日は甘噛みで許してあげる」


 最後に耳元でそう告げると水の靴跡を残し、小滝コダキの前から去って行った。


 顔は蕩け、口を開け涎を垂らしている小滝コダキは数十分後に下校した。












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