血眼紀行

可笑林/ファンタジア文庫

プロローグA:義眼職人

 エミグラント連合王国の首都・ラングトン市郊外には、豪華絢爛なお屋敷がその美しさを競い合うように並び立っている。

 世界随一の大都市ラングトンの中でも、選ばれし者のみが居を構えることが許されるこの地域では、工業化の勢いに乗った成金がいくら金を積もうと門前払いがいいところである。

 そんな高級住宅街の片隅、フリンジャー子爵家の屋敷にはその古色蒼然としていながらも女性的な明るさを称えた見事な外観の古屋敷に反して、どんよりとした暗い空気が漂っていた。

 フリンジャー子爵の愛娘、シトラス嬢の身に起きた悲劇は、事件から六週間が経つ今なお、三代に渡り受け継がれてきた由緒ある屋敷に暗い影を落としていた。

 そんなフリンジャー家に来客があったのは、よく晴れたある日の昼下がりのことだった。



「旦那様、義眼商人を名乗る者が面会を望んでおりますが……」

 老執事の静かな訴えに、執務台と向かい合っていたフリンジャー子爵は眉間に皺を寄せた。

 穏健で知られるフリンジャー子爵だが、さすがに愛娘の身に起きた悲劇と、この六週間の間、周囲から向けられる様々な意図の込められた視線には参ってしまっていた。

「不謹慎なものだな……閉じた門を叩く商人など願い下げだ。今すぐ追い返せ」

「旦那様、お気持ちはお察ししますが――明後日には『歌姫』の公演がございます」

「……」

 執事の言葉に、子爵はさらに眉間の皺を深めた。

 それは子爵としてではなく、おそらく父親としてのものだ。

「シトラスお嬢様は三年前からずっと楽しみにしておられたでしょう。このままではあまりにも気の毒では」

「……こんな時期だからこそ、それを嗅ぎつけてきたのだろう。こちらの弱みに付け込むような不躾な者に、シトラスを任せるわけにはいかない」

「それがどうも、この町の商人ではないようで」

 頑なな子爵に対し、執事は声をひそめてそう言った。

「行商か?」

「はい。それに……なにやら尋常の商人ではないようです」

「……話を聞く価値はあると、そう言いたいのかね?」

「不躾ながら……」

「……」

 腰を折る執事に、フリンジャー子爵は指を眉間に当てながら数秒思案して、

「……紅茶だけでも淹れてやろう。それでいいな?」

 と、渋々そう答えたのだった。



「商人? いいえ、違います」

 その者は開口一番そう言い放った。

「ボクは職人です。義眼職人」

 テーブルを挟んで、子爵は怪訝な表情を浮かべた。

 部屋には紅茶の香りが漂っている。

「これはこれは……失礼いたしました。わたくしも歳をとったもので……」

 子爵の席の傍に立った執事の謝罪に、義眼職人は笑顔を浮かべてひらひらと手を振った。

「いいのです、よく間違われるので」

 軽装の、少女だ。小柄で幼い印象を受けるが、その口ぶりは大人びている。くすんだ亜麻色の髪に、やや不健康な白い肌。細い肢体からは発育の不良が見て取れる。

 丸いサングラスで目を隠した彼女は、イルミナと名乗った。

 奇妙なのは、彼女の左こめかみから伸びた短い紐である。

 細い紐の先には金属のリングがついており、それはどうやら指を通して引っ張るためのもののようだった。

「子爵様、ボクがこちらに伺ったのは、ご息女様に魔法義眼を作らせていただくためです」

「ずいぶんと単刀直入だな」

 これは確かに商人ではないな、と子爵は呆れた表情を浮かべた。回りくどい世間話を挟まぬこの直截さは、まさしく職人のものだ。

「だが、娘の両目のことはどこにも公表していないことだ。人の口に戸は立てられないものだが、風聞で押し売りにこられては困るな」

「それは……失礼なことだとは承知しております」

 神妙な面持ちの義眼職人に、子爵は軽く嘆息した。

 伊達にこの貴族社会を渡り歩いてきたフリンジャー子爵ではない。若くして妻に先立たれ、幼い一人娘を守りながら貴族としての執務に向き合うために、どれほどの人間と渡り合ってきたか。

 とくに人の悪意や腹の内に隠した下心については、二、三言葉を交わせばすぐに見透かせるというものだった。

 目の前のこの娘には、悪意がない。やましい動機も、貴族に取り入ろうという射幸心もない。

「金が入用かな? 見たところ旅装だが、路銀が必要になったというわけか」

 子爵がそう尋ねると、サングラスの少女は居住まいを正した。

「それも……もちろんございますが、ボクは〈部品泥棒パーツシーフ〉を追っているのです」

〈部品泥棒〉

 その単語を聞いた途端、子爵の目の色が変わった。

「……知っているのか」

「巷ではその噂で持ちきりですよ。美しい娘の最も美しい『部位』を盗むとか。三年前に突如現れて大陸中で被害が発生しているものの、誰もその正体を知らない、とか」

「……」

「そして……シトラス・フリンジャー子爵令嬢がその被害にあったとか」

 イルミナの言葉に、子爵はしばらく押し黙った。幾分か湯気の薄くなった紅茶に口につけてから、重々しい口調で彼は語りだす。

「正直なところ、三年前にはじめてその怪人が現れたとき、私はその噂を眉唾ものだと考えて相手にしなかった。繋がりのあるウェネキア共和国の貴族の娘が両耳を『盗まれ』たときも、よくある政治的な報復劇の一つかと思ったものだ。政治的な醜聞を隠蔽するのに、〈部品泥棒〉という正体不明の怪人は都合がいい」

 少なからずきょとんとしている義眼職人の表情を見て、子爵軽く咳ばらいをした。

 見たところ、職人である以前に娘と同じ年頃の少女のようだから、このような話は必要ないだろう。

「だが、先月私の娘がその被害に遭って、考えも変わったよ。あれはまさに……そう、神業だ」

「噂通り、ご息女様は盗まれた目以外はご無事で?」

「ああ、どこにも怪我はない。心に負った傷の深さは想像もつかないが……」

 義眼職人は居住まいを正して、改めて子爵に向き合った。

「では、ボクが義眼をお仕立てましょう。ご息女に光を取り戻し、少しでも心の傷を癒せるように」

「申し入れは嬉しいが――」

 子爵は静かに答える。

「魔法義眼は装着者の脳とも結びつく極めて繊細なものだ。腕の程もわからない流しの職人に頼るわけにもいかない。失礼は承知で言わせてもらうが、君はどうも、まだ若いようだしね」

「腕とあらば、子爵様――」

 拒絶を示した子爵に対して、義眼職人は反面、受けて立つように姿勢を正した。

「僭越ながら、義眼職人の腕であれば、年齢ではなく、『目』を見てご判断をいただきたく」

 ゆっくりとサングラスを外した義眼職人のその『両目』を見て、果たして、フリンジャー子爵は老執事の「尋常の者ではない」という言葉の真意を知ることになった。



「あら、どなたかしら?」

「シトラス、義眼職人の方をお呼びしたのだ。入ってもいいね?」

 柔らかな日差しと微かな風が入り込む窓辺に座っていたのは、目に包帯を巻いた少女だった。

「職人さんが? お父様たら、ずっと断っていたのに」

「腕利きだよ」

 子爵の言葉を受けて、イルミナは部屋へ一歩踏み込んだ。

「初めまして、義眼職人のイルミナと申します。お嬢様の光を取り戻しに参りました」

「まあ、綺麗な声……シトラスと申しますわ」

 令嬢はそう答えると、微笑みを浮かべて窓の外へ顔を向けた。

「目を奪われてしまい、最初は不安でしたが、今ではお日様の暖かさも、お花の香りも、より強く感じるようになりましたの。それはとても愛おしいことではなくて?」

「え、えぇと……」

 屈託なくそう言われて、イルミナはたじろいだ。ちらりと子爵たちのほうへ視線を向けると、子爵は何とも言えない顔をしていた。

「お嬢様は大変『おおらか』にございます」

 執事のその言葉を聞いた義眼職人は、あいまいに微笑むほかないのであった。



「少し痛いですよ」

「大丈夫ですわ」

 シトラス嬢が頷くのを見て、ボクは魔法義眼を手に取った。

「では、義眼を嵌めさせていただきます」

 シトラス嬢の手を握る子爵と目くばせをしてから、ボクは丁寧に義眼を眼窩にはめ込んだ。

 完成品の魔法義眼をシトラス嬢の眼窩と血性に合わせてカスタマイズしたものだ。脳との連結は、彼女の視神経と、それから彼女自身の血液によって行う。

「目を閉じて、血が義眼へ行き渡るのを待ちましょう」

 この時間が、義眼職人にとっても義眼装着者にとっても最も緊張する時間だ。

 目を開けても真っ暗闇のままだったら? そう思うと肝が冷えるのも当然だ。

 一分間ほどの瞑目時間が無限にも感じられる。

 チリリリリリ……

 とボクの懐中時計が一分を知らせる。

「それでは、目をゆっくりと開けてみてください」

 シトラス嬢はボクの言葉が終わると共に、静かにその両目を開いた。

 その次の瞬間、彼女は驚愕に顔を歪め、苦しそうに小さな悲鳴を上げてその場に蹲った。

「シトラス!」

 娘の尋常でない様子に慌てて駆けつけるフリンジャー子爵だが、ボクは逆にその光景に安堵していた。

「ご心配には及びませんわ、お父様」

 シトラス嬢は恐る恐るといった様子で、しかし興奮気味な口調で、彼女を支える父にそう告げた。

「久しぶりに見る陽の光があまりにも眩しかったものですから」



「信じられん……これほどの義眼が存在したとは」

「もったいないお言葉です」

 道具を片付けながら、ボクは子爵の言葉にそう答えた。

「お嬢様の肖像画と、それからお写真が残っていたのが幸いでした」

 部屋の鏡の前では、シトラス嬢がうっとりと己の新しい目を見つめていた。

「少し、以前より頭を重く感じるでしょう。でも心配はいりません、すぐに慣れますから。ただし、義眼は割れ物です。くれぐれも強い衝撃にはお気を付けください」

「……」

 ボクの言葉は、どうやらシトラス嬢の耳にはまったく届いていないようだった。その様子を見たフリンジャー子爵は、やれやれといった風に肩を竦める。

「……しばらくは丈の長いドレスを着させないようにしなければな」

「あはは……」

「さて、支払いのほうだが……」

「おっと」

 子爵に言及されて、ボクは慌てて行李の中から紙とペンを引っ張り出した。いけないいけない、作って満足してしまうのは職人の困った性だ。

「少々高価な材料を使いましたので、こんなものでいかがでしょう?」

 請求を紙に書いて小さく破ると、ボクはそれを子爵に手渡した。

 それに目を走らせた子爵の眉間に、徐々に皺が寄っていく。

 まずい……正直かなりぎりぎりの価格設定なんだけど……

「ふむ……大金を持ち歩けない行商ということを差し引いても、この額を請求されると幾分軽んじられていると思えてしまうのは、貴族の悪い質だな」

 伯爵のその言葉の意味を、ボクは正確に理解することができなかった。

「え、えっと……?」

「君はまだ若いから、これからもっと商売のことを学んでいくといい。私が言うことではないがね」

 子爵が部屋の隅へ視線を向けると、老執事は何も言わずに小切手とペンを子爵へ手渡した。

 慣れた手つきで小切手にペンを走らせながら、子爵はちらりとシトラス嬢へ目を向ける。

「これで、娘もスノウ=ホワイトの歌劇を楽しめるよ」

 小切手を手渡されたボクは、そこに書かれた金額を見て目を剥いた。

「あの……ボクが提示した金額より桁が二つも多いのですが……」

「私が間違っていると、君は指摘しているのかね?」

「い、いえ! まさか!」

 ボクは慌てて小切手を懐にしまった。



 その日の午後。

 ボクはスラム街の奥地、このラングトンにはびこるギャングたちの巣窟にいるのだった。行李はもちろん、宿に置いてきている。

 どうしてこんなところにいるのかって?

 フリンジャー子爵は、多額の報酬と共に、もう一つ『報酬』を支払ってくれた。それはすなわち、部品泥棒の手がかりだ。

 実際のところ、フリンジャー子爵は部品泥棒の具体的な正体なんて知らなかった。貴族としての情報網を精一杯広げても『とある情報』までたどり着くのが精いっぱいだったようだ。

『終戦からここ数年の間に急成長したラングトンを牛耳る新興ギャングである【ベラトニック・ファミリー】のボス、その娘も体の一部を盗まれている』

 それをボクに教えてくれた上で、子爵は再三ギャングには関わるなと忠告した。ボクのような女が一人でどうこうできる相手ではないということだ。

 ボクは丁寧にお礼を申し上げて、そしてここにいるのだった。

 虎穴に入らざれば虎子を得ず。東洋のことわざだ。

 どこの町もスラム街なんて変わらないもので、ここへ来るまでに三度もスリに遭った。

 すべて盗み返したから問題はないものの、これからやることを考えるとため息も出るというものだ。

 ピックポケット・ストリートを抜ければ、そこは純然たるスラム街の深部。クイーンのご威光さえも届かない半治外法権の地だ。

 空気は澱み、異臭はレンガの一つ一つにまで浸み込んでいる。

「さて……と」

 ボクはそのへんに打ち捨てられていた椅子とテーブルを引っ張り出すと、広場の隅、それでいて人目に付くような場所に陣取った。

 椅子もテーブルも多少がたつくけど、しかたがない。

 ポケットからトランプを取り出すと、ボクはクイーンを一枚とジョーカーを二枚取り出して、テーブルの上にその三枚のカードを伏せた。テーブルの自分側に、コインを何枚か置いておく。

 さて、これだけでエビを吊るした釣り針のように『魚』が寄ってくるはずだ。

「……スリーカードモンテか」

 三分もしないうちに、浮浪者のようないでたちの男がゆらゆらとやってきて、ボクの正面に立った。

「そうだよ。ボクは放浪者でね、路銀が必要なのさ」

 ボクがそう答えると、浮浪者は鼻で笑って見せた。口の隙間からのぞいた歯は真っ黒だ。

「なめるんじゃねえ。おれにカードのイカサマが通じると思うなよ」

「イカサマだなんて! スリーカードモンテはボクの手と、それとあなたの目の勝負さ、そうでしょ?」

「けっ……」

 舌打ちをしながら、浮浪者の男はボクの正面に腰を下ろした。

 五ホルドコインを二枚、乱暴にテーブルに置いた彼は、「はじめな、お嬢ちゃん」と言って、そしてじっとカードに視線を向けた。

 ボクから視線を外し切ったこの時点で、もう彼本人からはなんでも盗み放題なんだけど……今の趣旨はそれじゃない。

 ボクはすべてのカードを表にして、そして浮浪者にしっかりと見せつけながらゆっくりとカードを裏返す。クイーンは真ん中だ。

 こうしている間にも、ちらほらとボクたちを覗き見る視線が増えていく。いい兆候だ。

「じゃあ、始めるね」

 宣言してから、ボクは裏返しにしたカードをテーブルの上でシャッフルし始める。

 七秒。これが最も相手に『自信を持たせやすい』時間だ。

「さあ、クイーンはどれかな!」

「……ふん。やっぱりガキだな」

 浮浪者が指さしたのは真ん中のトランプだ。

「本当にこれでいいんですね?」

「うるせえ、さっさと開けな」

 余談なくボクの手を睨みつける浮浪者を前に、ボクは真ん中のカードをめくった。

 スペードのクイーン。

「あちゃ~! 当てられちゃったかぁ~!」

「いいからさっさと十ホルド寄こしな」

「おじさんになら勝てると思ったんだけどなぁ」

 わざと大きな声でそう言いながら、ボクは掛け金を浮浪者に受け渡した。

 目立った『負けっぷり』が功を奏したのか、テーブルの周りにはちらちらと人が集まって来た。

「ちょっと、お嬢ちゃん」

 固めの濁り切った男がニマニマしながらボクを見下ろしていた。

「この後ギャンブルに行くんだけどよ、運試しに勝負させてくれや」

「へえ、片目しか見えないのに、ボクとやろうっていうんだ。さすがに負けないよ?」

「へへへ……負けたら負けたでいいさ」

 続々と釣り針に魚がかかるのを見て、ボクは内心で胸を撫で下ろした。

 目的の大物がかかるまで、そう時間はかからないだろう。

 スラムにたむろする荒くれ者にボクの魂胆がバレたら、ただでは済まないだろう。目的を達成するためには大胆に行動しなくてはならないけど、いきすぎると大火傷することになる。

 冷や汗をかきそうになるのを堪えながら、ボクはカードに手を伸ばした。



 スリーカードモンテの勝敗は、すべてボクの指加減で決められる。

 客の勢いを見て大きく勝ったり、大きく負けたり、元金は収支ゼロに抑えながら勝ちよりも負けを多く見せれば、誰しもが『自分なら勝てる』と思い込んでゲームは大盛り上がりになる。

「おい、何してんだ」

 やがて人ごみの向こうからそんなドスの効いた声が響いて、あれほど盛り上がっていたテーブル周りがまるで水を打ったかのように静かになった。

 人の塊がさっと左右に割れて、正面に現れたのは大男だ。禿頭で、こめかみのあたりを縦に割ったような傷がある。どこからどう見たってギャングだ。

その風体からして、ほぼ間違いなく先の戦争からの帰還兵だろう。

ベラトニックファミリーは、こうした行き場をなくした帰還兵の拠り所となって勢力を拡大している。

 大男の首元に煙を模した『B』のマークがあることを確認して、ボクはとぼけた表情を作って見せた。

「次はおじさんが勝負するのかな?」

 そう言った瞬間、目の前のテーブルは禿頭の大男に叩き割られた。

 蜘蛛の子を散らすように人だかりは消えていき、瞬く間にボクと大男の二人きりになる。大男はボクの襟首を掴んで、そのままひょいと摘まみ上げてしまった。

「ここがベラトニックのシマだってわかっててやってんのか? そんなわけねえよな?」

「ま……まさか! ボクは放浪者さ、ここがギャングの縄張りだなんて知らなかったんだよ。ほら、ラングトン訛りじゃないでしょ?」

「ナメ腐りやがって、すぐにここから消えるか野良犬の餌になるか選べ」

「あ、待ってよ! ひどいじゃないか! 負け越しているのに!」

「なら野良犬の餌だな」

「このままだとおじさんに殺されなくたって野垂れ死んじゃうよ!」

「…………チッ」

 情けない声を上げているとボクに呆れたのか、大男はボクを乱暴に地面に放った。

「ガキだから見逃してやるわけじゃねえ。ショバ代払えないなら娼館にぶち込んでやる」

「だから、負け越してるんだって!」

「ならあきらめろ、てめえみたいな貧相な女でも安けりゃ客が付く。いや……歳をサバ読みすりゃ変態が高く買うかもな」

 また襟首を掴もうとしている大男の手をひょいと避けながら、ボクは大男のチェスターコートにわざとらしく縋りついた。

「お金以外に払えるものだってあるよ!」

「あぁ?」

 禿頭にぐにゃりと皺を寄せる男に、ボクは意味を持たせるようにたっぷりと間を開けてから口を開いた。

「部品泥棒の情報とか、ね」

「……そんなことをどうしててめえなんかが知ってんだ?」

 そう言って凄んだ大男は、ボクがサングラスをずらして両目を見せると、それ以上なにも聞こうとはしなかった。

「……ついてこい」

 背中を向けた禿頭はそのままボクを振り返ることもなく進んでいく。慌ててテーブルの上のカードとはした金をポケットに詰め込むと、ボクはその大きな背中を追い始めた。



 路地を抜けるたびに人は少なくなっていき、すれ違う人間の目に宿る光も剣呑になっていく。

 前を行く大男に向けられる視線は少なく、値踏みするようなその眼差しはすべてボクに向けられていることが分かる。

 まったくもって危ない橋だが、手がかりはこの橋の先にしかない。ボクはかつてなく、部品泥棒に近づいていた。

 フラットが立ち並ぶ中、大男が乱暴に扉の一つを拳でノックした。

 誰のノックかは扉穴を覗かなくても分かったようで、数秒とせずに扉は開かれた。

「入れ」

 男に促されて、ボクは言われるがままに彼に続く。

 喧騒に包まれたそこは、どうやらこの町で行われている競馬のブックメーカーのようだった。

 無遠慮に積み上げられた札束に、理解できない数値が描き殴られた黒板。胴元としての業務を遂行するため、ギャングたちが声を張り上げていた。

 黙々と部屋の奥へと歩みを進めていく男が、部屋の奥の扉の前で立ち止まった。

「止まれ」

 言われなくても止まるしかないのだが、ボクは黙ってそれに従った。

 部屋の中のギャングたちはそれぞれの作業で忙しそうにはしていたが、それでも予断なくボクのことを注視しているようだった。

 大男が扉をノックしてから数秒して、ようやく扉の奥から「入っていいぞ」と返事があった。若い声だ。

 大男がその扉を開けた途端、中から漂ってきた薄い煙とその匂いにボクは顔をしかめた。

 阿片だ。

「思ったより早えな。ジプシー共が簡単に馬を売ったのか?」

「いや、クアゾ。馬はまだだ」

「あん?」

 クアゾと呼ばれた男は、パイプをくわえたままとろんとした目つきでボクに視線を向けた。

「なんだそのガキは」

 軽薄さと剣呑さが合わさったような声だ。

 赤茶色のジャケットは部屋の隅のラックにかけられていて、男はシャツにサスペンダーのままで椅子に座っていた。金髪に白い肌、それにブルーグレーの瞳。ウェネキア風の名前だが、標準的なエミグラント人の容姿だ。

 神経質にぴくぴくと動く鼻には青い血管が浮いていて、クアゾというこの男に陰険な影を与えていた。

 見たところこのベラトニックファミリーでも重要な人物のようだから、慎重に会話を進めておかなくてはならない。

「シマでスリーカードモンテを打ってやがったんで捕まえてきたんですがね。どうも例の件を知ってるようで――」

 パンッ

 と破裂音がして、同時に髪がそよいだのを感じる。

 何が起きたのかが分からなかったボクは、目の前の男が短杖ステッキの先をボクに向けているのに気が付いて、ようやく『狙撃』されたことを知ったのだった。

 顔を右に少し傾けると、今さっき通って来た扉に風穴が空いていた。

 速い。ボクの『目』をもってしても察知できないほどに。

杖身バレルが三十センチを超えるくらいの大型短杖だ。

魔力の含まれる血液を装填することで、血液型に対応した魔法を射出する装置……その中でも、目の前のそれは明らかに人間を殺傷するための凶器だった。

「シマを荒らされたってのにノコノコここまで連れてきたのか? ゴズ? 頭の毛といっしょに知恵も抜けちまったのか?」

 短杖を弄びながら、クアゾはそう言った。

 ゴズと呼ばれた禿頭の大男はクアゾのそんな行動にも慣れているのか、一拍を置いてから低い声で中断されていた言葉を続けた。

「……こいつ、部品泥棒に目を盗まれてますぜ」

「あん?」

 と、クアゾは片眉を上げて、それから銃口をボクから外した。

「それを早く言えよ……おい、ガキ、サングラス取ってこっちこい」

 子ども扱いをされるのは不本意だけど、そんなことを言っている暇はない。ボクはサングラスを外して、一歩、二歩……とクアゾに近づいた。

 テーブルに足を乗せたままのクアゾは、椅子に預けていた上半身を少し浮かしてボクの目を覗き込む。

「そりゃ義眼か? ひでえ出来だな。まったく本物に似せようという気がねえじゃねえか」

「…………」

「まあ浮浪者なら高い魔法義眼なんて買えねえか」

 背もたれに再び身を預けると、虚ろな表情のギャングの男はボクに問いを投げかけた。

 このギャングがどういう立場の人間かはわからないけど、ボクの義眼の価値を知らないのは幸いだった。

 ギャングというのは常に優位に立って交渉したがるものだ。義眼職人として対応の立場で情報交換……なんて怖くてできるわけがない。ここはあくまでも『被害者』として振る舞うことが求められる場面だろう。

「で? なんのつもりで来たんだ? ここは警察署でも治療所でもねえぞ」

「復讐がしたいんだ」

 はっきりとそう言うと、クアゾは片方の眉をピクリと動かした。

「ボクはイカサマ師さ。あちらこちらの賭博場で雇われて、胴元のためにイカサマをする。目はボクの商売道具で、誰よりも自信のあったものだった」

 わざと目立つようにスリーカードモンテをやっていたのも、この嘘に真実味を持たせるためだ。

「それがある日、突然襲われたんだ……部品泥棒に」

「……」

「夜道で急に出会ったかと思ったら瞬く間に意識を失って、目覚めたときにはもう闇の中だった。全財産を使ってなんとか安い義眼を嵌めてもらったけど、もう昔のようにイカサマはできない……だから、ボクは部品泥棒に復讐がしたいんだ」

 それを聞いたクアゾは、パイプを咥えると慣れた手つきでそこに火を入れた。

「だからよ、なんでわざわざてめえの復讐に俺たちが手を貸さなきゃいけないんだ? ボランティア団体に見えんのか? それともなんだ? 俺たちが『使われる立場』だっていいてえのか?」

「まさか! スラム街の噂で、ベラトニックファミリーでも部品泥棒を探しているって聞いてね。ボクが知っていることを教えてあげようと思ったのさ」

「親切なこって」

 煙と共に半笑いでそんな言葉を吐いてから、クアゾはより剣呑な目をボクに向けた。

「噂が本当なら、ラングトンを牛耳るほどのギャングが本気で探していないわけがない。捕まえた後どうするかは知ったことじゃないけど、どうせただじゃ帰さないでしょ?」

「……」

 黄色がかった煙を何度も吐き出しながら、クアゾの焦点の合わない目の奥には思考の光が揺らいでいる。

「……まあいいか。いいぜ、聞いてやるから、てめえの知ってることとやらを言ってみろ。おれが嘘だと思ったらすぐにてめえの両目を打ち抜いてやる」

「……部品泥棒は、特殊な義眼を装着してるんだ」

「義眼?」

「そう。片目だけだけど、金色の義眼を嵌めている。その義眼と目が合うと、目が合った人間は体を動かせなくなるんだ」

「……当然、証拠はあるんだろうな?」

「ボクがこの義眼を作ってもらったときに、その職人に聞いたのさ。伝説の義眼職人〈イルミナ〉。その究極の作品の一つに、その金色の義眼がある」

「……ふん」

「理由は分からないけど、部品泥棒はその義眼を所持している。人を生きたまま解剖して、必要な部品だけを抜き出すなんて芸当、その義眼がなければ不可能だ」

「……」

 クアゾは黙って阿片を何度も深く吸い込んだ。その間も決してボクから離れない視線の奥では、理性が明滅している。

「……嘘にしては肝が据わりすぎてるな。信じてやるよ」

「どうも」

「イカサマ師と言ったな。ちょっとこっち来い」

 足をテーブルの上に置いたままのクアゾにそう言われて、ボクは一瞬躊躇した。クアゾの意図が分からない。

 大男――ゴズがボクの背中をぐいっと押して無理やりにクアゾへと近付ける。

「手を見せろ」

 ここで抵抗しては何をされるか分からない。ボクはせめてもの抵抗として利き手ではない左手を差し出した。

 乱暴にボクの手を握ったクアゾは、指をさすったり、爪の先をなぞったりし始めた。

 ねっとりしたその手つきと焦点の合わない瞳に不快感は募るばかりだが、クアゾがなにやら話し始めたので意識をそちらに向けざるを得なかった。

「おれからもいいことを教えてやるよ。部品泥棒は綺麗な女の一番綺麗な部位を盗んでいくらしい。おまけに一つ盗んだだけじゃ満足しねえときたもんだ。目も、鼻も、足も、手も、ほとんどが二つ以上盗まれている」

「なるほど……」

「だからよ、俺たちは『釣る』ことにした」

「……釣る?」

「そうだ。ラングトンにはエミグラント王国中の美女が集まってくる。餌には事欠かねえのさ」

 止めどなく冷や汗が流れ始める。

子爵が言っていた若い女性の失踪事件。間違いなくベラトニックファミリーの仕業だ。

「ボクは貧相だし、顔だって綺麗じゃないけど……」

「そんなに謙遜するもんじゃねえぜ。綺麗な顔じゃねえか。なにより……彫刻品みてえな手をしてやがる」



 ギャングを甘く見ていた。

部屋を飛び出すまでにかかった時間は二秒もなかったはずだ。

 怒号ひしめくアジトをすり抜け裏通りへと踏み出したボクは、背後にゴズが迫っているのに気が付いた。巨体に似合わず素早い。これも元軍人のなせる業だろうか。

 危ないところだったが、追いかけっこでボクが負けるわけがない。

 クアゾが阿片で反応が鈍くなっていたのが不幸中の幸いだ。

 いくつか路地を曲がった先に、高い柵とそこに空いた小さめの穴が目に入った。あの穴をくぐって柵の向こうへ逃げれば、ゴズも追ってはこれまい。

 勝利を確信して頭から穴に飛び込んだボクは、ぎゅむっ! という音と共に動きを止めた。

「…………へ?」

 状況を理解するまでに三秒ほどかかったが、どうやら上半身だけが穴を抜けたらしかった。すなわち、言及するのもはばかられるが、お尻がひっかかって穴を抜けられていないということである。

「あれぇ……? う、うそ……」

 こんな穴、昔なら難なく潜れていたはずなのに!

「ふ、太った? 義眼職人になってからずっと座り仕事だったから……!?」

 どれだけもがこうが、尻が穴から抜ける気配がない。

 情けなさと焦燥感でじたばたしていると、やがて巨大な何かがボクの尻をむんずと掴んだのを壁越しに感じた。

「みっともねえな……イカサマ師」

 どすの効いた声は、間違いなくゴズのものだ。

「……に、逃げたことは謝るし、大人しく捕まるから……お尻が引っ掛かって捕まったってことだけは黙っててほしいな……なんて――あひんっ……!?」

 強力な電撃を浴びて、ボクは間抜けな姿のままでにべもなく気を失ったのであった。



 気絶した経験は人生で何度かあるけど、いずれも目覚めたときの感覚が最悪だ。

 気絶というのが脳の強制シャットダウンだというのもあるけど、目覚めた場所が柔らかいベッドの上やお気に入りの花が飾られた自分の部屋ではないということも大きい。

 目が覚めても最悪の状況が続くというが、気絶の嫌なところなのだ。

 例に漏れず、ボクはどうやら固くて冷たい床の上で目が覚めたらしい。

「……ぅうん?」

 全身が痛い。

身を捩ろうと動いてみると、手足が縄で縛られているのに気が付く。最悪だ……。

 自分の身に何が起こったのか、意識が戻ったばかりなのでさっぱり思い出せない。

 場所は……おそらく巨大な倉庫の中。

 小さな窓から漏れる光から推測するに、どうやら気絶してここで転がっている間に、一晩明けてしまったらしい。

 周りにはボクと同じように手足を縛られた女性が集められているようだ。

「あら、起きた?」

 芋虫のように床に横たわっていたボクの頭の上からひっそりと優しげな声が降って来た。

 首を上げてみると、ブリュネットの髪の女性がやさしく微笑みながらボクを見下ろしている。

「ごめんね、膝枕してあげようと思ったんだけど、手と足が縛られててうまくできなかったの」

 なんと返したらいいのかわからなくて、ボクはぼんやり「だ、大丈夫……」と答えた。

 気絶明けに急に優しくされると、こんなに戸惑ってしまうものなのか。

 目を白黒させながらなんとか楽な体勢になって、ボクは改めてすぐ横に座っている女性の姿を確認した。

 歳はボクよりもいくつか上だろう。その素朴な雰囲気は上流社会のものではない。派手さはないけど、小綺麗な雰囲気の女性だ。

 ともあれ、まずは状況を把握しなくてはならない。

 最後に覚えているのは、フリンジャー子爵邸の門戸を叩いたところだけど……。

「どうしてこんなところにいるのか分からなくて不安だよね。でも私もここに連れてこられたばっかりだから、詳しいことは分からないの」

 女性が顔を近付けてひそひそと耳打ちしてくれた。

 不安なのは彼女だって同じはずなのに、こうまでして親切にしてくれるなんて……

「でも多分、ベラトニックファミリーってギャングの仕業よ。私を攫った男がそんなことを言っていたの」

 ベラトニックファミリー。

 その単語を聞いて、ボクの脳から抜け落ちていたピースが再びぴったりと填った。

 そうだ。ボクは部品泥棒の情報を得ようとベラトニックファミリーに近づいて、そこで彼らが美女を集めて部品泥棒を誘い出そうとしていることを知ったんだ。

 ボクも餌にされそうだったから逃げ出したんだけど……

 捕まる直前のことを思い出して、ボクは否応なく赤くなった。

「どうしたの? 顔色がよくないわ」

「ううん、大丈夫……それよりお姉さん、怖くないの?」

「怖いよ。でも、怖がったって向こうの思うツボだもの」

 彼女の視線の先には、つまらなさそうに木箱の上に座った男がいる。ベラトニックの構成員だろう。

「私はエレノア。あなたは?」

「ボクはイルミナ。お互い、災難だね」

 話している間に、鈍くなっていた感覚が戻って来た。

 耳を澄ませると、集められた女性たちのすすり泣きや囁き声が聞こえる。

 鼻に意識を集中させると、微かに饐えたようなにおいがする。これは川辺の匂いだ。

 倉庫の天井から差し込む日差しの角度から、今がおおよそ昼前であることも分かった。

 ボクが捕まったのが夕方頃だったから、だいたい半日以上は気絶していたことになる。

「エレノアはいつここへ?」

「昨日の夜。ディナーの帰りだったの」

「それは……一人だったの?」

 ボクがそう聞くと、エレノアはバツが悪そうな顔をした。まずい……聞いちゃいけないことだったかもしれない。レディが一人でディナーなんてことはありえないから、ベラトニックに攫われるときに同行者が襲われた可能性だってある。無神経だった。

「ごめん……今のは忘れて」

「ううん。いいの。私が勝手にディナーから逃げ出しただけだから」

「……逃げ出した?」

 はあ……とため息をついて、エレノアは話を続けるためにボクに身を寄せた。

「一昨日、妹が急にいなくなったのよ。連絡も寄こさずどこかに外泊するような子じゃないし、ここ数日はベラトニックの連中が女を攫ってるって噂だったからもしかしたらと思って……前に同じところで働いていた男を頼ったのよ。今思えばとんだ悪手だったわ」

 と、エレノアは嘆息した。

「ディナーをたかられて、そこでトラブルがあったんだけど、その男が急に怖くなってね。ほとんどパニックになって店を飛び出したわけ」

「それで、夜の町で捕まってしまったと……」

「情けない話よね」

 己の浅慮を嘆くようにもう一度ため息をつくと、エレノアは小さく頭を横に振った。

「まあでも、妹が見つかったのは不幸中の幸いだったわ」

 エレノアの視線を辿ると、彼女の肩に寄り添うようにして眠っている少女の姿に気が付いた。疲れが見えるが、その容姿はエレノアとよく似ている。

 なんと言葉をかけていいのか分からずにいると、エレノアがボクの顔を覗き込むように体をかがめた。

「ねえ、そんなことよりイルミナさん。さっきから気になっていたんだけど……」

 やけに真剣な表情でボクの目を見つめてから、エレノアは破顔した。

「とっても綺麗な両目ね。まるで宝石みたい」

「……! そ、そうかな?」

「ええ、もしかして魔法義眼?」

「そうなんだ。ボクは義眼職人でね」

「もしかして自分で作ったの? すごいわ」

「へ、へへへ……」

 真っ直ぐ褒められるとこんな状況でも嬉しいものだ。思わず頬が緩んでしまう。

「右と左で見た目が違うのね」

「機能も違うのさ。右目は魔法仕掛けで、左目は魔法を必要としない機械仕掛けなんだ」

 ボクがそう答えようとした瞬間、薄暗い倉庫に大量の光が入り込んできた。

 急な明度の変化に目がチカチカしたけど、薄目を開けて見ればどうやら倉庫の正面扉が開け放たれたらしい。

 逆光の中シルエットとなって現れた数人の男の内、中心に立つリーダー格の男については見覚えがあった。

 ひどく目立つ赤いジャケットは、クアゾと呼ばれた男のものだ。

「おい、部品泥棒は現れたか?」

「いえ、まだです」

「チッ……こんだけやって収穫なしじゃ報告できねえのになぁ……」

 相変わらず阿片の効果なのか、トロンとした話し方でクアゾはボクたちのもとへ近づいてきた。

「これがラングトン中の美女? 全部合わせたってスノウ=ホワイトに遠く及ばねえな」

 横から殺気のようなものを感じて振り向くと、エレノアがこめかみに青筋を浮かべていた。

「好き勝手言うじゃないのよ……どうしてやろうかしら……」

 ともかく、組織の主戦力であろうクアゾが現れたことによって、彼らの部品泥棒に対する本気度も理解できた。これだけの女性を確保すれば警察だって黙ってはいないだろう。

 それにしたっておざなりすぎる作戦だ。あのクアゾという男が手柄を得ようと酩酊した頭で考えたに違いない。

「……」

 こっそりと背中の後ろで縛られた手を動かしてみる。

 ……簡単な縛り方だ。ボクであれば解ける。

 仮に部品泥棒がこの場に現れたとして、ギャングが勝てばそれでよし。義眼がギャングの手に渡った方が、ボクとしては対処がしやすい。

 そして部品泥棒にギャングが敵わなかったとしても、クアゾがいる以上、部品泥棒も無傷ではすまないだろう。その隙をついて、ボクが部品泥棒から義眼を盗み取る。

 さて、後は待つだけだけど、本当に現れるかなんて保証もない。

「行き当たりばったりはギャングもボクも一緒か……」

 とはいえ、ここまでの旅で最も部品泥棒に近づいているのは、間違いなく今この瞬間だ。

 小さくため息をつきながら、ボクは静かに手を縛る縄を解いた。

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