小舟
「さて、脱出するか。」
時間もない。安崎が手をたたくと、三人で洞窟の奥に進み、中くらいの影を運んできた。
それは船であった。久姫がかつて湊の視察で父と乗った船より二回り小さな小舟。
「なあに、それ。」
立ち直った久姫は、尋ねた。
「舟だ。」
「それはわかる!」
久姫を軽くあしらいつつ、安崎たちは小舟を洞窟のへりまで運ぶ。すれすれで、今にも滑り落ちそうだ。
「ふう、重いっすねぇ。」
「で、殿ここからどうしやすか?」
「?」
「やっぱり三人で下から支えて、少しずつおろしてく形でしょうか。殿も危険な目にあってくださいよ。」
おかしなこと言ってるわと自分で自分を笑ってから気づいた。殿の反応が妙だ。
「海に浮かべる。」
「ええ、そりゃあもちろん。ただ、この高さですし。こっから落とすわけにもいかねえでしょう?」
冗談めかしたその言葉に、安崎は沈黙した。
茂吉の懸念がいっそう強まり、平兵衛が恐る恐る尋ねる。
「殿、もしかして、このまま落とすつもりだったっすか?」
安崎は深々と息を吐いた。
「「いやいやいや!!」」
「お前ら息ぴったりだな。」
茂吉は深刻そうな顔で安崎の両肩をつかんだ。
「殿、ゆっくりおろしましょう。なに、但馬のやつらもそんなすぐには降りれまやしませんよ。」
「そうっすよ、なにも焦ることは、、、」
「まだるっこしい。」
安崎が思い切り蹴りを入れると、かろうじて洞窟に入っていた舟はがりがりと音を立てて崖を滑り出した。
「「あー!!」」
二人の悲痛な叫びをのせて、小舟は海に飛び込んだ。
「よし。」
唖然とするふたりをよそに、安崎は久姫を抱きかかえる。
「ちょ!」
「三、二、一、そおれ!!」
安崎がひょいと跳躍し、見事に船に着地。自画自賛のジャンプであった。
小舟は重力を受け沈み、衝撃により海水がしぶきを上げる。
「な、なにを!」
「よーし。」
「よおしじゃなくて!」
なぜかバタバタと手を振り回して抗議してくる久姫をあしらっていると、粟食った顔そのままの茂吉と平兵衛も乗り込んできた。
「じゃ、行くか。飯も水もないから急がなくちゃあな。」
具体的には海水まみれの干し肉と干し飯が二人前。海水にまみれていない干し肉と干し飯が二人前。水が7人前だ。なお、一日分に換算すると、食料が一日分。水がほぼ二日分ある。
なお、ここから津山の城まで、行きは10日ほどかかった。街道は整備されているものの、旅人がいること自体が怪しまれる時代なので、隠密装束(野良着)をまとい、道中は「布施天神山城で、仕事にありつくつもりです。」とへえこらしながらやりすごしたわけである。
さて、帰りはどうなるだろうか。行きのように街道は使えない。少なくともここから布施天神山のあたりまでは但馬山名の勢力圏。早馬などを使って網を事前に準備されることは想像に難くない。
そこで山を伝っての移動をもくろんでいるが、まあ、大変だろう。
下手すりゃ一か月コースだ。道中食料を調達するのは当然だが、それにしてもなるべくはやくこの場を立ち去り、雲隠れしなくては食糧調達もままならない。
急ぐ他ないのだ。
いざこぎだそうと櫂代わりの木の板を引っ張りだしているとざわめく音が耳に届いた。
「やばいっす!但馬兵にばれたっすよ!」
なんだってぇ!なぜばれた!?
「音じゃない?」
思わず真顔になる。はでに着水した。たしかに激しく水音がしていた。
まあ、いい。
どうやら数は多くない。数名だ。散らばって捜索しているのだろうか。
但馬兵が矢をつがえる動作をみてとると、安崎は立ち上がって声を張り上げた。
「但馬の兵ども!因幡の姫に当てる気か!?」
突然の大声と真偽不明の情報にわたわたする但馬兵を笑いながら、安崎たちは海原に舟をこぎだしていった。
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