祝宴の裏で

「五郎と申します。御用がありましたらお声がけください。」


 五郎は因幡の姫として着飾った女性に深々と頭を下げる。所作に気品を漂わせた一礼は見るものを感嘆させる。


「五郎、か。」

 事情を知らないものならば。


「五郎殿、私たちは以前お会いしたことがあるはずです。」


 足軽の身でありながら、因幡の姫という大役を任されたその女性は堂々とした態度で五郎に問いかける。


 五郎は顔をゆがませた。逡巡したが、ここでしらをきることはできないと判断し、眼の前の女性に向き合った。


「私は殿に適当な者を姫に仕立て上げると伺ったのですが、適する者の意味だとは思いませんでした。」


 一拍置いて、続ける。


「まさか山陰の大家、山名家が嫁入りの際に姫を歩かせる風習があったとは。」


 女兵士は嘆息する。

 安崎が一兵卒だと信じているその娘は、京極家 代当主 京極 の実娘、京極お久その人であった。


 久姫が物心ついたころから実家と但馬山名の仲は険悪で、但馬山名と顔合わせをしたこともなかった。深窓の令嬢としてごく一部の家族以外誰にも顔が割れていないことを活かし、落城後は飯炊き女を装って過ごしていた。



「仕方ないでしょう。父様は打ち取られてしまったし、母様はどこに連れていかれたかもわからなかったし、親族も家臣も交流がないから頼れないわ。」


「それで、飯炊き女になって情報を集めていたんですか。警護兵として行列にいた理由は?」


「美方のあたりで逃げて、母様のいる大乗寺に逃げ込もうとしたのよ。ひとりで布施天神山から向かうのは厳しかったから、花嫁行列に紛れて逃げ出そうと思って。」


 ああ、五郎は納得した。この時代、夜盗に野盗に野良犬に武士団に百姓にと、とにかく旅は危険が付きまとう。女だろうと男だろうとよほど腕がたち、経験豊富でないと一人旅は不可能だ。


 行列に紛れれば、身バレの危険もあるが、まあ安全で、食料もあり、寝ることもできる。道中襲撃されることもあるだろうが、ひとりで但馬の中まで向かうよりよほど確実だ。


 安崎が連れ帰ってきたその娘を見て五郎は大層驚いたものだ。安崎に伝えるべきことであることはわかっているが自らの秘密も明かすことになる。苦悩しているうちに打ち明ける機会を逸してしまった。


「〜〜家当主〜〜が〜〜、〜〜〜〜がどうしてこんなところにいるのかしら。いえ、どうして一土豪に従っているの?」


 眼の前の少女は自分の秘密を知っている。以前、中国地方で大規模な領主会合があった際、期間中領主達が暴発することを防ぐための人質が集められていた。久姫と五郎はそこで出会ったのだ。五郎はとある名家の生まれだった。


「噂で知っているでしょう。あの家は滅びました。」

「当主が徹底抗戦を呼びかけていることも知っています。まさか土豪に姫を送らないほど切羽詰まっているの?」


 久姫は、




 父上と但馬の仲は険悪でした。娘を一度も見せない程度には。



 だれが親の敵に嫁ぐものか


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