観覧車

 レストランで昼食を済ませた後、俺たちは三つのアトラクションを楽しんだ。


 そして今、俺と無藤さんは手を繋ぎながら観覧車の列に並んでいた。無藤さんたっての希望で最後に観覧車に乗ってから帰ることにしたのだ。


 あと、三組くらいか……。なんか流れでずっと手を繋いじゃってるけど、無藤さん、嫌じゃないのかな……? 今更そんなことを思っていると、後ろからカップルの会話が聞こえてくる。


「ねぇ、あっくん! ここの観覧車ってね、乗ってる間にずっと手を繋いでた二人は永遠に結ばれるっていうジンクスがあるんだって!」


「へぇ、そうなのか! じゃあ、絶対に手を離さないようにしないとだな! みーちゃん!」


 へー、そんなジンクスがあるのか。……俺はジンクスとか信じない派なんだけど、無藤さんの手、離しておいた方がいいか。そんなことを思ってぱっと手を離すと、無藤さんが「えっ?」という声を出し、不安そうな表情で顔を見てくる。


「……な、なんで離すんですか?」


「……いや、なんかジンクスあるみたいだし、離しておいた方がいいと思って」


「……じ、ジンクスなんて気にしなくていいですよ。練習に付き合ってくれると言ったんですからちゃんと手は繋いでいてください」


「うーん、練習はもう十分だと思うん——」


「練習は十分すぎるくらいがいいんです! さあ、早く手を繋いでください!」


「……わ、わかりました」


 無藤さん、練習に対する熱がすごいな……。そう思って苦笑いをしつつ無藤さんの手を握ると、彼女はどこか満足そうな表情で頷いた。そして、繋いでいる手にぎゅっと力を込めてきた。……無藤さん、なんか握る力強すぎない? 痛いんだけど……。


 手を強く握られているのに困惑していると、スタッフが「では、次の方、足元にお気をつけてお乗りください」と声をかけてきた。


 俺と無藤さんは手を繋いだ状態でゴンドラの一つに乗り込み、同じ椅子に腰掛ける。その瞬間、一気に緊張感が湧いてきた。やばい、無藤さんと完全に二人きりだ……。


 無藤さんと手を繋ぎながら観覧車に乗っているという状況はとても恥ずかしくて、自然と体が固まってしまう。そんな状態でしばらく黙り込んでいると、無藤さんが俺の顔をそっと覗いてくる。


「……あの、練習に付き合わせてしまっている私がする質問ではないかもしれませんが、今日は楽しめましたか……?」


「……え? あー、うん、思ってたよりは楽しかったかも」


「ほ、本当ですか?」


「うん、無藤さんはどうだった?」


「私もとても楽しかったです!」


 無藤さんはあどけない笑顔を浮かべながら大きく頷いた。無藤さん、ほんとに楽しかったみたいだ。なんかちょっと嬉しいかも。


「無藤さんはどのアトラクションが一番良かった?」


「……そ、そうですね……。どれも良かったんですが、強いて言えば……い、今乗っている観覧車ですかね……」


「え? 観覧車? なんで?」


「……え、えっと……し、信慈くんと二人きりですし……」


 無藤さんは顔を真っ赤にしながらそんなことを言ってきた。多分、好きな人へのアピール練習として言った言葉だと思うけど、それがわかっていてもドキッとしてしまう。


「へ、へー、そうなんだ」


 そんな相槌を打った後、なんとなく気まずくなってしまった俺は、無藤さんから目を逸らし、外の景色を見始める。


 すると、夕焼けに染まり始めた空が目に入るとともに、パーク内の人々とアトラクションが小さく見え、なんとなく感傷的な気分になってくる。そういえば、観覧車乗り終わったら無藤さんとはお別れなんだよな……。


「……どうかしたんですか?」


「いや、無藤さんとはもうすぐお別れかと思って」


「……え? ……も、もしかして寂しく思ってくれてるんですか?」


「……あー、そうなのかも」


 そんな曖昧な返事をすると、無藤さんはなぜか少しだけ嬉しそうな表情をする。


「そ、そうなんで——」


——グラッ


「きゃっ!」


 無藤さんが話している最中にいきなりゴンドラが揺れた。俺は体が前に持っていかれそうになりつつも、繋いでいない方の手で咄嗟に無藤さんの胸の下辺りを支える。


 その数秒後、無藤さんが恥ずかしそうに頬を赤くしているのが見えた。俺は慌てて無藤さんを支えている手を離す。


「いきなり触ってごめん。咄嗟に支えちゃったんだけど、ちょっと揺れただけだから大丈夫だったね」


「いえ、ありがとうございます。……咄嗟に体が動くなんてやっぱり優しいですね……」


「……え? 優しい?」


 俺なんかが優しいわけ……あっ、また好きな人へのアピール練習か。そう思いながらも無藤さんにかけられた言葉は嬉しくて自然とお礼の言葉が口に出る。


「ありがとう」


 俺が微笑みながらお礼を言うと、無藤さんは頬を真っ赤にして俺から顔を背け、窓の外を見始めた。そして、とても小さな声で「……やっぱり好きだなぁ……」と呟いた。


 無藤さん、観覧車にすごく乗りたがってたし、観覧車が相当好きなんだな。そう思って一人頷いていると、再び無藤さんが顔を見てくる。


「もうすぐ頂上ですね」


「うん、そうだね」


 そんなやりとりをしたすぐ後、乗っているゴンドラが観覧車の頂上に差し掛かった。その瞬間、無藤さんが手を握る力をぎゅっと強め、俺の目をじっと見つめてくる。


「……信慈くん、いえ、並木先輩」


「なに、無藤さん?」


 いきなりいつもの呼び方をされたのに少し驚きつつそう尋ねると、無藤さんはあどけない微笑みを浮かべる。


「……好きですよ……」


 そんな言葉をかけてきた無藤さんは窓から差し込む夕陽に照らされていて、いつにも増して魅力的に見えた。


 俺の心臓はドクンドクンとこれまでにないほど強く鳴り始める。……な、なんだこれ……? 心臓が痛いくらい鳴ってる……。それに無藤さんの笑顔が頭から離れない……。


 ひどく鳴っている胸を押さえながらしばらく黙っていると、頬を真っ赤にした無藤さんが心配そうに顔を覗いてくる。


「並木先輩、どうかしました?」


「……いや、なんでもない。無藤さんはわざわざ俺に言ってくるほど、観覧車が好きなんだね」


 俺がそう言った瞬間、無藤さんはなぜかとても驚いたような表情をし、「えっ?」という言葉をこぼす。


「ん? 無藤さん、どうかした?」


「い、いえ、なんでもありません!」


 無藤さんは何かを誤魔化すように勢いよく首を横に振ると、繋いでいる手を見て「……まあ、最低限のことは……」という呟きをこぼした。


 俺は無藤さんのそんな呟きとこれまでにないほど強く鳴っている心臓に疑問を感じながら、ゴンドラが地上に戻るまでの間、無藤さんとずっと手を繋いでいるのだった。

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