冒険

 「あらエレーナ。そう、私の事はついでだったのね」

「悪いなフィリア。まあ俺はその手の話じゃ役に立てそうにない」


 合流したエレーナと共に席へ向かうと、どこからか取り出した眼鏡を付けて、フィリアが書類を睨み付けていた。羊皮紙に書いてまで持ち歩いてるんだ、商売についてのことだろう。


「なにかあったの?」


「気にするな。フィリアは定期的に金を儲けてないと情緒が不安定になる奴だからな」

「ふーん」


 適当に言うと、適当に納得された。

 興味が無いらしい。


 暴露されても困るだろうが、パーティの後輩からあっさり流されて、フィリアは少し不満そうだ。


「二人は今からクエストかしら? 街中を散策するって恰好じゃないけど」

「迷宮付近の村から依頼されてるクエストでな、迷宮低層の、浅い部分を回って魔物を狩るつもりだ。お前も来るか?」


 リディアから大金を流し込まれたことで工場や酒場は回して行けるようになったが、今度はゼルディスの浪費でまた遠征用に取っておいた資金が目減りしたって話だな。

 酒場に必要そうなものといえばアレだ。食料。

 相変わらず妨害工作のおかげでそこらの入手に金が掛かり過ぎているそうなので、農村と繋がりを得るのは悪い話じゃないと思う。


 なんてことを説明してやると興味を持ったらしく、三人で依頼板へ向かい、吊るされていた木札を手に取って見せたんだが。


「………………………………なんだその反応は」


 なんか二人揃って首を傾げている。

 しかもエレーナに至っては俺を心配するような目を向けてくるんだが。


 見ていたのは、この依頼の報酬額だ。


「…………おじさん、お金無かったら言ってね? 私もまだまだ自分じゃ稼げないけど、本当に辛くなったら、意地張っちゃ駄目だからね?」


「シルバー以下は報酬が渋いとは聞いていましたが……まさかこんな過酷な状況だったなんて……あの、まさか騙されてませんか? これ、どう考えても危険と見合ってませんよ? 確かに私でしたら安全に処理していけますけども」


「ええい止めろ止めろ! 確かに村クエストは報酬額が低いけどなっ、追加報酬で野菜だのなんだの、色々と貰えるんだよ」


 見せる前にも言ったのにどうしてそんな反応になるんだ。

 リディアの時は普通に流されてたが……よくよく考えればアイツ、そういうの全く興味無いからなのか。


「ちょっと待って……おじさん、普段からこんな湿気た報酬額で働いてるの? だ、駄目だよ、これじゃあどうやって生活するの? 生きていけるの……? 本当に? う、馬小屋暮らしっていうのは、聞いたことがあるけど…………あの、私の部屋、来る?」


 こんなに嬉しくないお誘いは初めてだ。


「これはギルドへ抗議すべき案件ですわ。搾取ですのよ。依頼元を叩き直してもっと適正な報酬額を提示させるべきです。ほら、もっと効率の良いクエストは一杯ある筈でしょう?」

「連中にそんな金は無いんだよっ。それでも必要だからどうにか絞り出して毎度依頼を出してくるんだ」


 俺の説得にどうにか抗議を諦めてくれたフィリアだが、シルバーランク向けの依頼書を漁り始めると徐々にその顔が青褪めていった。


 ミスリル、オリハルコン、いや基本はアダマンタイトか……ゼルディスパーティが普段どれだけ稼いでいるのかは知らんが、どうやら俺の収入はフィリアをして絶望するようなものらしい。


「嘘よ……世の中にはもっとお金が溢れているのよ。手元に無いのは仕方ないとしても、こんなの奴隷の方が稼げてるじゃない。確かにあっちの方が環境は悪いけど、だからって酷過ぎるわ……」

「ねえ、フィリア……今日は私の鍛錬も込みで受けるつもりだったんだけど、この三人でもっと稼げるクエストやろうよ。おじさんが可哀想だよ」


「今の状況が一番悲しいぞ、俺は」


 ミスリル以上向けの超難易度クエストを漁り始めた二人をどうにか依頼板から引き剥がし、俺は村クエストの札を持って受付へ向かった。


 全く、たまに文句も言わず手伝ってくれてるリディアをお前らは見習うべきだ。

 冒険者ってのはそもそも、住民達の役に立つ為の仕事として生まれたんだからな。


    ※   ※   ※


 エレーナと村クエストを終えて戻った時、まだフィリアは同じ席に居た。

 ちょうど小間使いらしい小僧が走って出ていく所で、横目で姿を確認しながら受付へ向かう。


「ずっとあそこにいるのか?」

「そうね」


 呆れた様子のアリエルが、クエスト達成の報告書を受け取りつつ肩を竦めた。

 フィリアの居る机の上には、一口齧っただけのバケットサンドと泡の消えたエールが置いてある。多分、アリエルの気遣いだろう。心付けを渡しつつ受付を離れた。


 眼鏡を掛けたフィリアは乾いたペン先をインク壺へ沈めるが、そのまま書く内容を見付けられずに硬直する。


 はぁ、とため息をついているのが遠巻きにも分かった。


「それじゃあおじさん、またねーっ」


 山分けした報酬と追加の食材を受け取ったエレーナは、彼女を気にしつつも小走りに出ていった。エレーナなりの気遣いだろう。後輩に心配されるってのは、特に行き詰ってる時は情けなさを感じちまうからな。


「背中が丸まってるぞ」


 普通なら酒でも持って行ってやる所だが、最低限の義理だけで口を付けている彼女に追加の義務を押し付けるのもなと手ぶらで訪ねた。


「わ…………おどろいた」

「もう夜だぞ」


 顔を上げたフィリアはようやく気付いたみたいに周囲を見回して、俺に目を留めて息を付いた。

 さっきの小僧を相手にしてる時も、最低限の受け答えしかしなかったんだろうな。

 それか目を向ける事さえしなかったか。


「クエストは完了しましたの?」

「とっくにな。エレーナは先に帰った。外行ってた俺達より疲れてそうだな、お前」

「そんなことありませんわ。座って書類を書いて、動くのは人任せ。頼めばすぐに料理も飲み物出てくる場所ですから、ここは」

「全く手を付けてない状態で言われてもな」


 指摘すると、押し退けたままになってる皿と陶杯を見てフィリアが「あっ」と漏らした。


「そんなに大変なのか、店の経営ってのは」

「関連する色んなものが、色んな所からの許可や同意を得ないといけませんからね。書式もそれぞれに違いますし、受け取る者が違えば指示通りの書類も違うと突っぱねられます。本当、一度全部真っ新にして一元化して欲しいくらいですわ」


 肩を回して首を伸ばすフィリアの背に手をやった。

 本業ほどじゃないが、若い頃に先輩冒険者相手からやらされて、筋肉をほぐしてやるくらいのことは出来る。


「ああぁ、っ、あ゛あ゛あぁぁぁ…………それっ、凄く良い。んっ、ぁっ」

「エロい声を出すな」

「うふふ、だって気持ち良くって。あぁ駄目、んっ、ふ、んんっ」


 背中、肩、首回りに、腕もか。

 丁寧に伸ばし、揉んでほぐす。


「んん……シたくなって来ますわね」

「そうだな。今なら気分転換に付き合ってやってもいい気分だ」


 初めて応じてやると、彼女は悔しそうに笑う。


「本当に惜しいですけど、まだやらなければいけない事がありますので、今回は遠慮しておきますわ」

「そうか。そりゃ残念だ」

「けど、ちょっとだけ話し相手になって下さるとありがたいですわ」


 言いつつ書類を纏めて、追いやっていた皿を引き寄せる。

 身体を動かして空腹を自覚出来たか。

 すっかりしおれた葉物のバケットサンドを齧り、美味いとも不味いとも言わず咀嚼して、泡の抜けたエールで流し込む。

 横髪が邪魔だったのか、耳に掛けて服を緩めた。

 見えた谷間に眉をあげ、苦笑しながら隣へ座った。


「……実際、他に方法は幾らでもあったんです」


 半ばまで食べたバケットを手にしつつ、フィリアは口を開いた。


「もっと手軽で、楽をしながら安定的に稼げる方法でも良かった。けど、今回はどうしても、冒険をしてみたくなって……冒険者が引退後にお店を出すっていうのにも憧れがあって、なんだかカーっとなって気付いたら有り金片っ端からぶち込んでましたわ」


「らしくない、と言えるほどに知った仲でもないが、どうして今回はタガが外れちまったんだ?」


「貴方達のせいですのよ」


 俺達の?


 思って、前に迷宮でした話を思い出した。

 今回の事でも、改めてフィリアが背負っているパーティ内での重荷を垣間見た。利益を独占したくて牛耳っている所もあるから自業自得ではあるんだが、背負ったソイツのせいで、いつしか金回りにばかり思考が傾く様になっていったんだとすると、また違った顔した奴の事も思い出す。


「今更理由もなくパーティを抜ける気にはなりませんし、深層へ当たり前に挑戦できる所もそう多くはありません。ヌルい環境へ身を置いて、それを日常にしてしまうと、どうして冒険者なんてやっているのかも分からなくなる。ふふっ、なんてゼルディスやリディアさんに聞かせたらお説教されそうですけど」


 ゼルディスは分からんが、リディアとは案外気が合いそうに思えるけどな。

 どちらも互いに壁がある。

 踏み込んだようでいて、しっかり線引きをしている。

 そいつを取っ払うことが出来たならいいんだが、パーティ内の細かい事情も知らずにバラして良いものかとも悩んじまう。


「大変ですけど、結構この状態を楽しんでもいるんですのよ。エレーナや貴方のような冒険をするには、私は自分を先鋭化し過ぎましたわ」


「…………若造が何もかんも見た様な事を言うな」


 俺の言葉にフィリアは少し呆気に取られ、途端に破顔した。

「ふ、ふふふっ、あははははっ!」

 肩を震わせて笑い、姿勢を維持できなくなってこっちの服を掴んでくる。

 涙まで浮かべて、顔を赤くして大笑い。


「――――そうですわね。世の中の全てを見たような事を言うには、貴方の経験と比べればまだまだひよっこですわ。ふふっ、まさかオリハルコンになってまでそんなことを言われるなんて。ふふふ」


「エレーナとお前と俺、三人で冒険をしてみようって話も忘れた訳じゃないぞ」


「もしかして、今日ここでエレーナと待ち合わせたのは、私を誘う為ですか?」


「振られちまったがな」


「分かりにくいです。男の方ってそういう所ありますわよね。前以って言ってくれれば、どうにか都合をつけるくらいはしましたのに」


 そこで無理をさせるのは本意じゃない。

 都合をつける為に、またどこに皴を寄せて苦労を背負い込むか分かったもんじゃないからな。


 何、機会はまた巡ってくるさ。


 フィリアが結構な大口でバケットサンドを片付けて、泡の抜けたエールで流し込むのを待ってから、俺は席を立った。


「店が開くのはいつ頃になるんだ?」


「夏に合わせるつもりです。既に予定が狂っているのもありますし、一応、今年のザルカ神がちゃんと働いてくれるかどうかを確かめてから出るのはどうかって意見も出ましたからね。収穫祭を終えるまでの間、たっぷり稼がせて貰うつもりですわ」


 そいつはありがたい。

 リディアやお前達抜きでザルカの休日が発生したら、確かにキツそうだからな。

 まあ二年連続でサボることはまず無いそうだから、それまで他の連中は身体が空いている訳だ。


 俺も俺で稼がなきゃならないから、そう暇って訳じゃないけどな。


「楽しみにしてるよ。あのリディア=クレイスティアのえっちな衣装ってのも合わせてな」


「あぁそれ……強硬に断られてしまって頓挫してしまいしたわ」


「なん……だと……!?」


 リディアを連れ去ったあの日、群がる針子共々、例の鎖で縛り上げて拒絶したそうな。

 なんてことだ。


 過酷な労働に耐え、ずっと楽しみにしてきたってのに。


 俺は今すぐリディアを説得するべく、金を握り締めていつもの酒場へ足を向けることにした。

 あぁ、説得は失敗したから期待はするな。

 しかも助けなかったことを延々と詰られた。

 ごめんなさいと謝って、たっぷりと奉仕した。





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