第二章 迷宮国家ダンブルグ

第15話:遠征へ

 あのスポーンテクノスの事件から1ヶ月後。

 俺とローリスは基本別で仕事をやるようになった。俺のデッキ調整のために一緒に機械兵と戦うこともあったが、それも片手で数える程度の回数だ。


 日の終わりに銭湯でヤクマ、飯を食う時にはローリスと顔を合わせるだけの日々。


「そろそろだよな」


「何が」


「この都市出て英雄になるんだろ?」


 恥ずかしい言い回しをするなよ。

 俺は一度フォークを置いてローリスに言った。


「いいか? これは単なる出稼ぎだ」


 この都市を出て、一旦フロウダインを経由してから迷宮国家ダンブルグを目指す。

 名の通りダンジョンを軸に発展した国家だ。

 はるか昔は自治区だったらしいが……歴史なんぞ学べるほど俺は高等な身分じゃないので詳しくは知らない。


「実力があれば、ダンジョンアタックでの収入はかなり期待できる。掃除屋を辞めて一攫千金をしに行くやつはそれなりに居るらしい。ヤクマに借りた金を2倍で返せるようになるまでそこで稼いだら、この都市に戻ってくる。ただそれだけだ」


「英雄になってからじゃねーの?」


 英雄いじりやめろや。

 ならないしなれないっての。


「まぁ何にせよダンジョンアタックは楽しみだな。デッキを回しまくるぜ」


 試行回数が増える分、信じられない手札事故を経験することもあるだろうが、そこはローリスにカバーしてもらう。

 さーて、とりあえず今は目の前の飯を冷める前に食い切らねぇとな。


「俺は右手くん向いてると思うけどな」


 何がだよ。

 顔を上げ、ローリスを見る。


「英雄」


「だからやめろって」


 



 早朝。俺とローリスはヤクマが務める店の前までやってきていた。


「ちわーす。ミギテ・ピカライトでーす」


「ローリスでーす」


 中からドタドタと音がし、暫くしてヤクマが出てきた。


「お、来た来た。予定より少し早いけど……ロペスさーん!」


「そんな大声を出さんでも聞こえとる」


 奥からしわがれた声でそう返ってくる。

 杖をつきながら現れたのは、この店の主人であるロペスという婆さんだ。


「ヤクマから聞いてると思うけどね。あんたらには私の知り合いの行商人の護衛をしてもらう。報酬はまぁ、相場の半分ってとこだが……身分の怪しい、移動目的のあんたらには美味しい話だ。そうだろ?」


 俺とローリスが頷く。

 タダでもありがたいぐらいだ。ある程度は飯も支給してくれるらしいからな。


「それで、あんたら本当に大型機械兵を倒したんだね? 2人で」


「まぁ、そうすね」


 あの後調査が入ったが、スポーンテクノス本社は既にもぬけの殻だったらしい。

 らしい、というのは俺達は報告を受けていないからだ。

 巻き込まれて死にかけた掃除屋にいちいち報告義務なんて無いから仕方ない。


「ヤクマはよく働く。気に入ってるよ。それにミギテとか言ったか? あんたが自分が追い込まれてようと人助けをする性分なのも、真面目なヤクマが言うからそうなんだろうよ」


 ちげーし。

 別に人助けとか好きじゃねーし。


「人助けなんか余裕が有り余ってるやつの道楽さ。あんまり己を過信しないこったね。あんたが死んでヤクマの仕事の手が鈍ると面倒だ」


「死なねーよ。俺は往生際が悪いからな」


 俺は相手のミス以外に勝ち筋が無くたって、その可能性に賭けて真顔で淡々とプレイするタイプだ。

 ロペスがにやりと笑う。


「はは、ケツの青い小僧が生意気な口をきくじゃないか。そんで、その後ろの女は?」


「俺? ローリス」


 やる気の無さそうな声だ。

 こいつ多分朝弱いんだよな。


「あんたはよく分からないね。何でわざわざ出稼ぎに? そうさね、面が良いから客寄せ用に雇ってやっても構わないよ。どうだい?」


 おいおいやめろよ。急にソロは死ぬって。

 流石に予想外だったのか、ヤクマも後ろでわたわたしている。


「右手くんと一緒にいるとマジでおもしれーんだ。特にピンチの時が最高。婆さんはピンチの時面白くなんの?」


 何が最高なんだよ。最悪だよ。

 俺がげんなりしていると、俺以上にローリスに引いた様子のロペスが口を開いた。


「えぇと……随分と女の趣味が悪いみたいだね……」


「単なる仲間だ。やめろ」


「そうそう仲間仲間。いえーい」


 ローリスが肩を組んでくる。

 背中に何な柔らかいものが当たる。

 こいつは女になった自覚があるのか?


「まぁいい。覚悟は決まってるみたいだ。ならこっちから言うことは何も無いよ。店先で待つのもなんだ、中に入りな。朝飯ぐらいはサービスしてあげるよ」


 そうして俺達は朝食をとったあと、完全にトラックの見た目の“魔導工学式運搬機”の荷台に乗せられ、出発した。





 ガタガタと揺れる荷台に、ローリスと2人で身を寄せ合って座っている。

 荷物がパンパンに積まれているせいだ。

 これは何を運んでるんだろうな。


「もう少しで関所だ」


「うっす」


 行商のキンさんに言われ、荷台から少し身を乗り出す。

 遠目に関所が見えた。


「うーん、やっぱ呪文ガン積みのアグロデッキが強いよなぁ。やっぱ魔導の掟だったか?」


 今回の遠征の目的の1つがそれだ。

 アオバはリソース確保がどうこう言っていた。

 そしてパックポイントは新規の敵を倒すと効率良く貯まる。


 つまりは、ダンジョンなる場所で未知の敵を倒しまくればまた新機能追加や、新弾を選べる可能性が高い。

 あとパックポイントもウハウハ。


 ぶっちゃけ金よりこっちのがメインまである。


「右手くん楽しそうじゃん。行くの嫌そうにしてなかった?」


「もう行くってなったなら楽しむ以外ねぇだろ。あと別に嫌そうにはしてない。英雄云々が納得いってねぇだけだ」


「おーい着いたぞー。一旦降りろ」


 お、早いな。

 キンさんの指示に従って荷台を降りる。

 簡単なボディチェックと料金の支払い。

 それらはつつがなく終わり、俺達は都市を出ても良いことになった。


「よし、出発だな」


 まずは中間地点のフロウダインだ。

 それなりにデカい町で、管轄的には……どこだっけな。

 知らんが、あまり治安が良い場所ではないらしい。

 この転移都市ヴォイドヘイムほどじゃないが転移者が時折発生し、たいていろくでもない傷跡を残す。

 当然残さないこともあるが、とにかくその町は何度もぶっ壊れては再生している。

 そのせいか町民のほとんどは刹那的な生き方をしており、それが治安の低下に繋がっているんだとか。


 町にいる間は俺が転移者であることは言わない方が良いだろう。

 破壊するのも転移者だが、一応再生するのもたいてい転移者なので、全員が全員憎んでいるわけでは無い……かもしれない。

 いやどうだろう。マッチポンプと思ってそうだな。

 確実なのは、少なくとも好感は得られないということだ。


「俺はフロウダインにいる間は能力をなるべく使わない」


「あー。隠したい感じ?」


「そうなるな」


 ローリスがふんふんと頷く。


「真の実力を見せないってやつだな!」


 普通に違うっす。

 やめてくんない? どこで学んだのそういうの。


 そんなやりとりをしていると、トラックが唐突に止まった。

 バランスを崩し、ローリスに抱きかかえられるような形になる。


「うお!? おいキンさんどうした!?」


「敵だよ! はぐれの機械兵だ! 通路を塞いでる!」


 こんな関所近くのやつ駆除しとけよ!

 俺は素早く起き上がり、デッキを構えた。


「行くぞローリス! 仕事の時間だ!」


「……今の何も思わねぇの?」


「あ!? 何がだ!?」


 そう聞き返しつつ荷台を飛び降りる。

 汎の機械兵と……なんだ!? 狼型!?


「都市を出て一発目! 良い引き頼むぜぇ!」


「右手くんってひょっとしてさ……まぁいいや」


『システム起動——』


 戦闘が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る