第7話:蜘蛛の子を散らす


「発動、蜘蛛の炸裂」


 俺の手元に魔法陣が浮かび上がり、蜘蛛どもが暗色のオーラを纏う。

 そうして、アラクネ型機械兵の首元あたりに蜘蛛達が射出された。


「子の総数は10。どうだ?」


 土煙やオイルが飛散する。

 最終的に母蜘蛛の庇護範囲まで退却してきた子蜘蛛どもを見ながら、ダメージの具合を確認した。


「そんなもんか」


「ミギテくん何今の!?」


 アラクネ型機械兵の右半身に抉るような破損が生じていた。

 内部のオイルがだらだらと漏れ出ている。

 首元に炸裂させたはずだが、予備動作を見て身を逸らされたか。


 そしてこちらも被害ゼロとはいかなかった。

 炸裂させた蜘蛛どもは、明らかに負傷している。


 頭上から魔王サマの声が響く。


『それに使った子ら。おそらく、長くは保たんぞ』


「でしょうね。お怒りで?」


 おどけた表情を作る。

 魔王サマは俺の想定通り、きょとんとした様子でこう返した。


『怒り? 一撃で倒せぬ事など分かっていたぞ。私はそう短気ではない』


 はは、だよな。

 魔王サマにとって子蜘蛛は子供じゃない。駒だ。

 早めに確認できて良かった。妙に人心があったら戦術を練り直さなきゃならないところだ。


 俺の見立てでは、20匹も集めてド真ん中に命中させればアレは倒せる。

 そこまで戦線を維持できるかってのが問題になってくるが。


 まずはローリス。

 闇の子蜘蛛を時折肉壁みてぇに使いながら、器用に戦い続けている。よほど戦局が崩れない限り安定して戦えそうだ。


 そんで俺の召喚した蜘蛛ども。

 母蜘蛛はピンピンしてるし、子蜘蛛も弱った10匹を除いてもじわじわと数を増やせている。

 1体破壊される間に1体か2体は展開できてるからな。

 

 そんで敵陣営。

 アラクネ型機械兵は深刻な負傷を受けて動きが鈍い。

 蜘蛛型機械兵は相変わらず廃材の隙間から湧き続けてるが……明らかに勢いが削がれている。

 この相関を素直に受け取るなら、アラクネ型機械兵が何らかの技能を行使して蜘蛛型を湧かせてたが、損傷でそれが厳しくなったってとこか。


「下手すりゃ炸裂の2枚目は無くても押し切れるな」


 完全にこっちがテンポを取っている。

 だからこそ俺にはどうしても引っ掛かる点があった。


「初期コストが多すぎないか?」


 ある程度公平になるよう分配されるとすれば、即座に魔王をサーチして召喚し、その後もコストがだだ余りしている状況は少し違和感がある。


 俺側に有利すぎる。


「魔王サマ、あいつに第二形態とかあると思います?」


 魔王サマが少し屈み、こちらに視線を合わせる。


『お前があると思うのなら、そうなのだろうな』


 なんかネットミームにニアミスするようなセリフ吐いてんな。


「その心は?」


『お前の勘は、よく当たりそうだ』


 なるほどね。

 なら、警戒するとしよう。


「ハンド回して盾の召喚をガメっとくべ」


 盾の召喚はコスト5のスペルで、効果は以下のように説明されている。


 任意の目標を対象として発動する。

 対象の正面に盾を設置する。


 ゴミみてぇな説明だよな。

 能力の根幹を盾の一字で示した気になってやがるクソテキストだ。


「ま、一回使ったから多少は分かってんだけども」


『誰と話している?』


「すんません、それ効くゥ〜!とか言っちゃうタイプのプレイヤーで……」


『なるほど』


 魔王サマは俺の話にまともに付き合わないようにしたようだ。

 正解だぜ。


 さて、盾の召喚の性能についての思考に戻ろう。

 肝心の設置される盾本体だが、ガラスっぽい厚さ数センチ程度の長方形の物体だった。こいつを味方ユニットのいずれかの正面に生成する。

 ちなみにパーティーを組んだ人間も対象に取れるか不明だ。

 盾というよりバリアだな。サモン・バリアあたりに改名すりゃいいのに。

 だいたい横文字と日本語混じりのバランスがよくわからん。異世界語から翻訳されたズレなのか?


 ……にしちゃ今いる都市じゃ日本語が公用語なんだよな。

 英語を使ってるヤツもちらほら居るとは聞いてるが。


「まずい、思考の脱線が止まらん」

 

『集中しろ愚か者』


「すいません」


 思考を戻せ。

 目下の問題は強度についてだ。

 機械兵の攻撃1発で破壊されていた。そこだけ見るなら酷く脆弱に感じる。


 ただ、俺の考えは少し違う。

 おそらくはどんな攻撃でも壊れるんだ。

 逆に、どんな攻撃でも1回だけなら完全にシャットアウトする。

 となれば、致命的な攻撃に合わせて設置するのが1番強いのは自明だろう。

 適当に貼っても適当な攻撃で流されるだけだ。


「それが的確にできりゃ苦労しねぇけどな」


 だがやらなきゃならない。

 敵は隠し玉を持ってる。まず間違いなく。


『少し、考え事をする余裕がなくなるかもな』


 魔王サマの言葉で、背景と化していた周囲の状況が再び鮮明になる。

 そう変化があるように思えない。


「……いや、そうか。そりゃまずいな」


 炸裂に使った子蜘蛛がひっくり返り、消滅し始めた。

 思ったより早い。今のタイミングで一気に10匹近く減ると戦線が崩れる。


「あークソクソクソ、この速度でくたばるならなんで強制で全個体ブッパなんだよ」


 融通がきかない。デメリットを明記しない。

 まともなカードゲームじゃありえない事ばかりだ。


『1匹漏らした。少し耐えろ』


 処理が追いつかなかった蜘蛛型が俺に迫る。

 舐めんな、逃げるだけでいいなら俺でもできる。


「ギ」


 そう意気込んだ俺に容易く到達してきた蜘蛛型に対し、盾の召喚で対応しようとした瞬間だった。


「オォ——」


 アラクネ型の咆哮と共に、蜘蛛型どもが一斉に引いていく。

 いや、挙動としては引き摺られていると言うべきか。

 おそらくは……リソースとして雑兵を回収している。


「そのタイプの第二形態な!」


 アラクネ型の内部を突き破り、触手のような機械腕がいくつも生えてくる。

 最早原型も何もない。

 他の生物に例えるとすれば、ぐずぐずに絡まったイトメか。


「盾の召喚」


 触手がビクリと硬直した瞬間、ぶわりと背筋に悪寒が走る。

 反射的に盾の召喚をプレイしたが、2枚目はまだ無い。咄嗟にこれで守れるのは、俺だけだ。


 魔王サマ。それに……ローリスは?


「やべ」


 退避が間に合うはずもないローリスが目を見開く。

 その腹部に触手が突き刺さり——。


「鏡面の魔法陣。指定コストはッ」


 ローリスとは大した仲じゃない。

 この前会ったばかりで、むしろ嫌いな部類に入る。


 そう思っていたからこそ、俺は俺の咄嗟の行動が理解できなかった。


「-300000000」


 デッキの中にある、コスト可変・・・・・の掘削の魔法陣が表示される。

 俺はそいつを引っ掴んで機械兵どもに見せつけた。


「掘削の魔法陣を手札に加え――」


『コストを『コスト『コストを得る『コストを得る代わりに闇の子蜘蛛を召喚しますか?』代わりに闇の子『コストを得る代わりに闇の子蜘蛛を召喚しますか?』蜘蛛を『コストを得る代わりに闇の子蜘蛛を召喚しますか?』召喚しますか?』を『コストを得る代わりに闇の子蜘蛛を召喚しますか?』得る代『コストを得る代わりに闇の子蜘蛛を召喚しますか?』わりに闇の子蜘蛛『コストを得る代わりに闇の子蜘蛛を召喚しますか?』を召喚しますか?』得る代わりに闇の子蜘蛛を召喚しますか『コストを得る代わりに闇の子蜘蛛を召喚しますか?』?』


 視界にメッセージが乱立する。

 召喚、召喚、ひらすらに召喚。

 殺到する触手の海を塗りつぶすほどの子蜘蛛の群れを叩きつける。

 ローリスが子蜘蛛に呑まれ、触手の追撃を逃れたのが見えた。


『異常な挙動を検知。カード:魔法陣シリーズの使用を一時的に凍結します』


 ああ、そうなるだろうと思ったよ。

 だから気付かないフリして切り札として取っておく気だった。


 俺は、ローリスが死のうがどうでもいいと思っていた。

 だが、実際は違った。


 これ以上俺の前で、俺と同じ立場のやつの命が呆気なく散っていくところを見たくない。

 俺の命の価値が、この生の衝動が軽んじられるようで、我慢ならなかったんだ。


 俺は刹那にそんな事を考えながら、次のカードをプレイした。


「蜘蛛の炸裂」


 視界が白く染まり、衝撃で思わず尻餅をつく。

 破裂音と、耳をつんざくような断末魔。

 

「ぐ、おお……!?」


 思わず目を瞑る。

 耳鳴りがする。


『戦闘終了』


 何か機械音声が聞こえた。

 もう、目を開いて良いのか?


「……おお、マジか」


 目に入ったのは瓦礫と死体の山。

 蜘蛛じゃない、人間の死体だ。


 機械兵が一掃されたせいか、歪んだ景色が元に戻っている。


「何人コイツに殺されたんだ?」


 蜘蛛の炸裂のせいでほとんどの死体は区別がつかない状態になっていそうだ。

 どうしたものか。


「み、右手くぅーん……」


 悩んでいると、ふらふらとした足取りでローリスが寄ってきた。

 作業着の腹部あたりに血が滲んでいる。


「よう。生きて帰れそうか?」


「マジ体調悪めだけど……なんでか血は止まったから何とか……」


「そうか」


 知り合い1人生還。

 一度きりの禁じ手の使用。

 苦労には釣り合わない成果だ。

 俺はため息をついた後、ローリスに肩を貸してやった。

 

 

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