第一章 転移都市ヴォイドヘイム

第1話:うだつの上がらぬ決闘者

 机で隔てた先に、1枚の紙切れを持った男が座っていた。

 机の上には「確保」「処分」「放流」と書かれた箱が置かれている。


「名前を言え」


 スーツ姿オールバックの男が、眼鏡を上げながらそんな事を言ってくる。


「名前……名前は……」


 答えなければ。そう強く思ったものの口が回らない。

 そもそもここは? 俺はさっきまで何をしていたっけ?

 勤めていた会社や、休日にやっていた趣味のこと。ぼんやりと思い出せはするものの、詳細までは思い出せない。


 俺は誰だ?


「平均的な記憶の混濁。技能は……戦闘型か。この程度なら問題ない——放流」


 パサリ、と紙が「放流」の箱に置かれる。


「宿代5日分を支給する。せいぜい追い剥ぎに気をつけろ」

 

 宿代? 追い剥ぎ?

 理解が追いつかぬまま、急に瞼が重くなり視界が暗くなる。


 次に目を開けた時には、俺は近未来チックな都市の公園のベンチの上で小銭袋を抱えたまま横になっていた。



 ……と、いうのがかれこれ2週間は前の話だ。


「やっぱ人間の強みは適応力だよな」


 わけのわからん世界に転移してから5日ほどで、俺は何とか職にありついた。


 目の前にいる錆まみれの人型機械。この駆除を行う“掃除屋”が、今の俺の職だ。


「三匹。そうそう、そのぐらいの数でいいんだよ」


この人型機械——端的に機械兵と呼ばれるガラクタどもは、産業廃棄物と魔力から生み出される、この世界におけるゴキブリのような立ち位置の厄介者だ。

 だが逆に言えばこいつらのお陰で、俺のような戸籍もない危うい立場の人間でも仕事にありつけているとも言えるだろう。


「さぁ、大事な大事な初手引き」


 デッキホルダーから排出された4枚の札を見る。

 1番に目に入るのはコスト。2、3、6、4だ。

 動けないような札では無さそうだな。


「召喚、荒くれ土人形!」


 顔に丸が三つ空いただけの茶色いマネキンが俺の前に出現する。

 コストは3。初期配布のマナぴったりの数値だ。


「グガガーッ!」


 荒くれ土人形が両手を突き出し、泥を放出する。

 召喚時に敵が近いとやってくれる泥掛け。機械兵は見た目に反し視覚でこちらを認識している。牽制程度の効果はあるだろう。

 現に、泥掛けを食らってしまった機械兵はおろおろとその場を行ったり来たりしている。


「攻撃だ!」


「ガーッ!」


 荒くれ土人形の拳が複数回叩きつけられ、機械兵の一匹が崩壊する。

 だが、その間に近づいてきていた機械兵二匹に囲んで殴られ土人形が破壊されてしまった。

 

 俺の場が全滅。次からは俺に攻撃が通ってしまうが——。


「直線上に並んだな?」


 既に20秒が経過している。

 マナは初期に3配布され、10秒ごとに1、マナが6以上溜まってからは15秒ごとに1増える。

 俺の所持マナは2。初手で引いていた呪文カードが使用できる。


「発動、ファイアストライク!」


 機械兵二匹が炎に包まれる。

 終わりだ。

 茶色い外装がガラガラと音を立てて崩れ、内部組織が露出する。


「対あり」


 そんな言葉を呟きながら、俺はせっせと討伐の印である機械兵のコアを袋に詰めた。





「駆除依頼、ご苦労様です。こちら報酬です」


 機械音声が流れ、取り出し口から硬貨がじゃらじゃらと排出される。


 さて、日銭は稼いだがやることがない。

 カジノに行きたいがそこまで余裕があるわけではないから……店で軽食を買って公園のベンチから巨大モニターの公共放送でも眺めるか。


 俺はポケットの中で小銭を鳴らしながら公園前の通りに向かった。





「うん、うまい!」


 この世界で、まだ良かったと思えることの一つがこれだ。

 飯が美味い。

 魔導調理なるものが普及しており、食材にハックをかけて味や質を誤魔化せているお陰らしい。


 公園の中心のモニターを眺めながら、ベンチに横たわる。

 向こうの世界なら通報されかねないが、この世界ではそう珍しい行動でもない。

 時折、蔑みや同情の視線を向けられる程度だ。


「よぉ、そこの」


「……」


 誰だ、俺の優雅な休暇を邪魔する奴は。


 声のする方へ視線を向ける。

 金髪のツーブロック、青色の目。なかなかにパンチの効いた見た目だ。服装が俺と同じ灰色の作業着なのが締まらないが。


「掃除屋だろ、なぁ」


「だったら何だよ、文句あんのか?」


 デッキホルダーを構える。

 この業界は舐められたら終わりだ。妙な真似をするようなら叩き潰してやる。

 ただ、手札事故を起こしたら穏便に話し合おう。

 俺は平和的な男だからな。


「新人で腕の良いのが入ったって聞いてるぜ。ちょっとばかりでかい仕事があるんだ、乗らねぇか?」


「捨て駒や囮が欲しいなら他を当たれ」


 俺の言葉に驚いたのか、男が目を丸くした。


「いひひ、面白ぇな。あんた」


「何笑ってやがる。殺すぞ」


「いーひひひひ! ひゃっひゃっひゃ!」


 何がそんなに面白いのか、手を叩いて笑い始める。


 クソが。掃除屋はこんな奴ばっかりか。

 デッキホルダーを構えようとしたその瞬間、背後から別の声が聞こえた。


「まぁ待ってくれよ」


「あぁ?」


 ベンチからゆっくり立ち上がり、振り返る。

 大柄な茶髪の男。その左右に1人ずつ。

 4対1か。運次第で勝てるが、わざわざやりたい勝負じゃない。


「チッ、何なんだ、いったい」


「はは、そう警戒するな。本当に仕事の提案をしにきただけさ。君だろう? 腕の良い新人ってのは」


「いかにも俺が腕と顔の良い新人だが……唐突に、お前にうまい話を持ってきたなんて言われたって信用しねぇぞ」


 茶髪の大柄男が肩を揺らして笑う。


「面白いねぇ。君の顔はさておき、勧誘が雑だった事は謝ろう。すまない。今回の依頼は、既に派閥に入っているようなヤツには聞かせたくない話でね。君は人材としてちょうど良いんだ」


 おい、何故俺の顔をさておいた。

 物の良さが分からん奴らめ。


 茶髪の大柄男を睨みつけながら、口を開く。


「派閥があんのかよ、こんな業界で」


「どんな業界にもある。どうだ、仕事を継続してやってくには多少の互助が必要だろう。1人のままでは、些細な怪我ですら生活が立ち行かなくなる」


 それは実際そうだ。俺たち掃除屋は常に綱渡りの状態にある。

 多少の互助なんてもんがどこまで期待できるかは怪しいところだが——。


「まぁ、話を聞く気ぐらいは起きたな」


「そうか、良かった。話は簡単、俺たちのお得意様の廃棄場があるんだが……今月は廃棄物が多かったらしく、大物が出た」


 なるほど、大物ねぇ。


 機械兵にも種類がある。

 厄介な実験で出た廃棄物からは厄介な能力を持った個体が出るし、量が多くなれば巨大な機械兵が出現することもある。

 そんなことにならないよう、企業の殆どは国に廃棄予定書を提出し、適切な管理を行うことが義務付けられている。


 が、しかし。大物が出てしまってもなお、国ではなく俺たちのような末端の掃除屋を雇うとは。色々とお察しだな?


「企業からのチップが弾みそうな話だ」


「フフ、いいね。なかなかわかってるじゃないか。そりゃあ普通の依頼の5倍は出るとも」


 5倍か。


「この手の依頼は何度目だ?」


「細かく数えたことはないが、10は超えているはずだ」


 そこそこのお得意様ではある。

 トカゲの尻尾切りにあう可能性は……どうだろうな。ありそうに思うが。


「出現個体は?」


「すべて汎。大型も込みでな」


 汎。最も多くの機械兵が取る形である、人型機械兵を指す業界用語だ。

 特殊な能力は無く、ただ周囲の生命体へ攻撃的な反応を取るだけの個体。


 正直不安はある。

 こいつはかなりグレーゾーンな依頼だ。

 大型をこっそりと俺らが仕留める。これによって廃棄物の量を誤魔化せる。

 そうやって廃棄物の量を虚偽申告し、税金を誤魔化すのだ。

 つまりこの依頼を受ければ、俺は脱税の片棒を稼ぐ羽目になる。


 俺が悩んでいると、茶髪がポンと肩に手を置いてきた。


「そう構えるな。廃棄物を廃棄する場所にたまたま俺らがやってきて、たまたま駆除を行う。廃棄物の量を計測する前に……それだけの話だ」

 

 んな風呂屋みてぇな理屈が通るのかよ。

 わからない。俺はこの世界の倫理ラインをまだよく知らない。

 しかし、この国にはそれなりの規模のスラム街がある事を俺は知っている。

 ここは、潔癖な場所ではない。


「言っとくが掃除屋がその名の通り綺麗な仕事だと思っているのなら……」


「んなバカみたいな事は考えてねーよ」


 誰でもやっている、なんてのは悪事の常套句だ。結局不安は拭えない。

 だが俺はそれ以上に……懐事情が不安だった。

 適当に流したが、報酬5倍はデカい。


 俺は数秒間唸った後に、ついに決心を固めた。


「分かった。引き受けてやるよ」


 茶髪がニヤッと笑いこちらに手を差し出してくる。

 俺はため息をつきながら、その手をぐっと握り返してやった。


「アルバートだ、よろしくな」


「おう。俺は、ミギテ・ピカライト。よろしく」


「み、右手……?」


 知らないのか?

 神に祈りを、って意味の言葉さ。

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