第19話『さぁ、始めよう。闇の時代を!』

歴史上、最も有名な魔物は何だろうかと問われた時、様々な答えが出るだろう。


しかしヴェルクモント王国の歴史を調べてきた私にとって、この問いに対する答えは一つしかない。


そう『ドラゴン』である。


さて。大いなる災害を起こす事で知られるドラゴンであるが、意外な事にこのドラゴンが、人間の生活を脅かした回数はそう多くはない。


無論たった一回でも起これば甚大な被害を起こす為、規格外の脅威である危険度Sランクに位置しているが、それはそれとしてドラゴンの姿を見た事がある人間もそれほど多くないのだ。


かくいう私も知識としてのドラゴンは知っていても、実際に見た事は無い。


だが、そんな伝説上の魔物である所のドラゴンを、何故私はヴェルクモント王国で最も有名だと言ったかといえば……このヴェルクモント王国において、ドラゴンは二度人里を襲っているからである。


「一度目は、ドラゴンによって以前存在していたヴェルクモント王国の周辺国が二国ほど消滅し、多くの犠牲を払いながらも、ヘイムブル領の初代当主様がこれを撃退。討伐までは出来なかったものの、これ以降長きにわたりドラゴンは姿を消していました。そして二度目の襲来は聖女様がこれを撃退されるのですが、重要なのはこちらではありません。一度目の襲来についてです」


私は白い雪が積もったヘイムブル領を歩きながら、ドラゴンが最初に現れたという山へと向かって、歴史の話をしつつオーロさんやシュンさんと歩いていた。


「一度目の襲来の際、ヘイムブル領初代当主様は細長く湾曲した異国の剣を使い、魔力に覆われたドラゴンの厚い皮膚を容易く貫いて、中心にある核を傷つけたとされています。この特徴。どこかで聞いた物と一致しませんか?」


「……神刀か」


「はい。そうです。本来は魔力の壁によって届かないハズの攻撃を届かせ、更には細長く湾曲した異国の剣。これはどう考えても神刀であると私も考えます」


「しかしヤマトの侍がヴェルクモント王国までわざわざ来たって?」


「そこについては資料が無いので、なんとも言えないのですが……」


私はオーロさんの質問に困りながらシュンさんを見ると、シュンさんはやや考えた後、口を開いた。


「いや、あり得る話だ。それに……恐らくだが、そのヘイムブル領初代当主というのは、天霧家の初代かもしれん」


「えぇー!? そんな偶然が!?」


「まぁ、ただの勘だがな。ヤマトを出た者はそれなりに居る。しかし、神刀を持ち出し、なおかつ歴史に残るほどの強さを持った者はそう多くは居ないし。その初代当主はその後も、ヴェルクモント王国に留まっていたのではないか?」


「それは、はい。そうですね。当時、その方は怪我も酷く、祖国へ帰る事は出来ないからと、この土地に留まる選択をされた様で、それを哀れに思った王家の姫君が、英雄を支えたいとその方の元に嫁いだそうです。そして、王家より土地を頂き、ヘイムブル領としたと」


「なるほど。という事はそいつは間違いなく天霧家の当主だろうな。ここまで一致する者は他に居ない」


「お、おぉぉおおおお! す、凄い! 歴史が、一つの歴史が、謎が解き明かされています! まだ仮説ですが、ヤマトにもお邪魔して、この仮説を立証すれば……!」


私は興奮し、シュンさんの手を取りながら喜び跳ねていたのだが、不意に目を見開いたシュンさんによって遠くに投げ飛ばされる。


「きゃう! な、なんですか?」


雪が深く積もった所に投げられたし、痛みは無かったけれど、驚きが強かった私は、目をぱちくりとさせながらもシュンさんの姿を追う。


すると、そこには知らない人と刀をぶつけ合っているシュンさんが居た。


そしてオーロさんも、突然現れた魔物に襲われている。


「いきなり挨拶も無しに斬りかかるとは、辻斬りにでもなったか? 天霧宗謙」


「フン。お前ならば防げると思ったからこそ仕掛けたまでよ。後は……」


「む」


「そこな娘と貴様を引き離す為だ!」


「っ!? これは!!」


次の瞬間、すぐ横にある山から轟音が響いて来て、白い雪の塊が私たちに向かって落ちてくる。


「こ、これは! 雪崩! シュンさん! オーロさん! 早く逃げなくては……」


私は二人に向かって雪の上を走ろうとした。


しかし、上手く進まず、さらには背後から誰かに体を持ち上げられてしまう。


「おっと。君が来るのはこっちだ」


「貴様……そこに居たか!! アダラード!!」


「ククク。そうそう容易く捕まらんよ」


「チッ!」


アダラードと叫ぶオーロさんの声に、私は驚きながらもオーロさんに向かって手を伸ばすが、オーロさんの手が届くよりも前に、私の体は宙に浮いてしまうのだった。


「クハハハ。あの時と同じだな。いや、違うか。あの時よりも強い光の力! 出来損ないの修道女とは違う! 聖女の汚れなき魂だ!! 闇の神への供物としては最高だと思わんか!?」


「貴様ァァアアアアア!!」


「オーロさん!!」


「っ! なにっ!?」


真っすぐに空を飛ぶ私とアダラード目掛けて跳んだオーロさんは、横からオーロさん目掛けて飛んできた魔物にぶつかり、地面に落ちてしまう。


そして、その瞬間に雪の中から現れた魔物に足を掴まれたシュンさんと、雪の上に叩きつけられたオーロさんを巨大な雪の塊が飲み込んでしまうのだった。


「オーロさん!! シュンさん!!」


「んー。良い声だ。良い絶望だ。しかし足りないなぁ。これでは君の心はまだ純白のままだ」


「貴方は、何をしようとしているのですか!?」


「おや。君がそれを聞くのかね? 知っているだろう? わざわざ国連議会にまで問い合わせて調べたのだから」


「ま、まさか……ジルスターの悲劇を、また……?」


「そう! そのまさかだ! 君の強い光の力は深い絶望によって反転し、強力な闇の力へと変じるだろう。その時! 君の願いを聞き届け、闇の神は復活する! 再びこの世界に降臨されるのだ!」


「そんな……、いえ! そんな事はさせません! 私が!」


私は胸元にあるペンダントを強く握りしめて、それを外そうとした。


これが外れれば異常を感知した国連議会が、ここに来る。


そうすれば、どんな野望だって無意味だ。


無意味、なのに!


「は、外れない……? どうして」


「クハハハ。外れる訳が無いだろう。それは首輪だぞ? 君を闇の聖女とする為に、私が作った特別な首輪だ」


「私が、作った?」


「そうさ。国連議会を通してな。今日まで世界の為に聖女として生きると、悲壮な覚悟で生きてきた君は実に滑稽だったよ。君自身の祈りが今ある世界を滅ぼし、新たなる闇の世界を創世するというのにな! さぁ、始めよう。闇の時代を!」


「い、いや……」


私は深すぎる雪の上を転がる様な勢いで逃げようとした。


しかし、その先でシュンさんと戦っていた人にぶつかってしまう。


「何処へ行く? 逃げ場は無いぞ。闇の巫女。分かっているのだろう? アダラードは既に国家連合議会を掌握済みだ」


「っ! せ、世界が闇に包まれても、貴方の理想とする光の道を作る事は出来ないハズです! 天霧宗謙さん! だって島風は、天斬りは、シュンさんが」


「あぁ。あの出来損ないの事か。アレならもはや要らぬ。私は始まりの刀を手に入れた。天霧家初代当主が天霧家へ残した物ではない! 真なる天斬りの刀! 『峯風型第四刀 島風』を!」


「しま、かぜ……」


「そうだ。瞬の持つ島風は初代様の島風を模倣して造られた物。所詮はまがい物よ。故に!! 『天斬り』」


天霧宗謙は私の前で神刀に手を掛けて、何かをした。


その何かは私には分からなかったけれど、着ていた服の前が斬られてペンダントが露出し、空に浮かんでいた雲を真っ二つに切り裂いた。


それはいつかの時、シュンさんが話していた物と同じ物であった。


そして、雪の上に仰向けで倒れながら、たった一人、どうしようもない状況に呆然としていた私は、胸から発する痛みに、その痛みの元を取り除こうとペンダントを握った。


しかし、外れない。


「始まったか」


「さぁ、君の力を使ってこの世界を終わらせよう。さぁ祈れ、幸せを。願え、世界中に生きる人々の幸福を、それが世界を破滅させる為の力となる」


「あぁぁあああ!!!」


痛みが、頭の中をかき回す様な吐き気が、私の体を襲い、私は叫んだ。


そして、薄れてゆく意識の中で見た物は、まさに世界を破壊し、絶望させる為の力。


「おぉ……素晴らしい。まさかここまで巨大な物が出来るとは」


「まさに創世に相応しい姿だ」


「……ドラ、ゴン」


私はソレに向かって手を伸ばすが、空を飛んでいるドラゴンに手が届く訳もなく、私の手は雪の上に落ちるのだった。


どうか、どうか。お願いします。


誰かあのドラゴンを止めて下さい。


お願いします。


誰か……。


オーロさん。シュンさん。


……セオ殿下。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る