第17話『俺が住んでいた場所はジルスターだ』

シュンさんの衝撃発言により、逸れてしまった話を元に戻すべく私はオーロさんを見上げた。


「そういえば、オーロさんの故郷はどんな所なのでしょうか?」


「俺の故郷……? いや、俺の故郷は戦場で」


「いえいえ。生まれた場所ではなく、オーロさんが最も心と体を安らげた場所が、故郷だと私は思います」


「そうか。だが、だとしても同じだな。俺が住んでいた場所はジルスターだ」


「ジルスター……! そう、だったのですね。それは申し訳ございません」


「気にするな」


私はオーロさんの故郷を思って、両手を握った。


その行為に意味が無いと知りつつも。


「む? ジルスター?」


「シュ、シュンさん。後で説明しますから」


「構わん。もう過去の事だ」


「……そう、ですか」


「だが、すまん。俺から話すのは、ちと難しくてな。ミラ。俺の代わりに説明してくれるか?」


「分かりました」


私は深く息を吐いてから、シュンさんを真っすぐに見据えて話を始めた。


「ジルスターという街は、ここヴェルクモント王国から遠く離れたセイン王国に存在する街なのですが、ある事件により広く名前の知られている場所でもあります。それは『ジルスターの悲劇』といい、おそらくは近代史において、最も有名な事件だと言っても過言では無いでしょう。何故なら……、何故ならこの事件は、ある貴族によって引き起こされた事件であり、この事件によって八千人も居た住民の約半数が亡くなったからです」


「……とんでもない数だな」


「はい。それだけ大きな事件だという事です。事件を起こした経緯としては、アルマ様の奇跡よりも前の時代に存在した『闇の神』という存在を復活させようとしたとの事です。事件の犯人はジルスターの領主アダラード・グイ・ジルスター。彼は、街の住民を使ってある実験を行っていました」


「……」


「闇の精霊と契約している人間を生贄として、闇の神なる者に捧げる事で、闇の神を復活させようとしたのです。この手の邪教徒は歴史上にも多く存在しており、彼の様な身勝手な考えで犠牲となる方は多く居ます。しかし、彼はそんな他の犯罪者とは大きく違う点がありました。そう。儀式によってとある魔物を生み出してしまったのです」


「魔物?」


「はい。魔物です。冒険者組合登録討伐危険度ランクS。特記事項あり。対応には3チーム以上必須。発見次第即時対応はせず、安全を確保して退避。後、冒険者組合にて対応者を決定する事とする」


私は息を深く吐いてからその名を口にした。


「正式な名はありませんが、通称名『ジルスターの悪魔』という魔物です」


オーロさんの表情は分からない。けれど、頼まれた以上しっかりと話そう。


しかし、ここで私は気づいてしまった。


国連議会が発表した正式な事件の詳細に書かれた被害者と、アダラードが魔物を生み出す直前に行った儀式の内容を。


「っ、そ、その、魔物は……ジルスターの悪魔は、何故生まれてしまったのか。当時の国連議会やそこに所属する学院が研究を行った結果。ある結論が導き出されました。それは……、それは」


「ミラ。すまん。やはり俺が話すべきだな」


「っ! オーロさん」


私はいつの間にかあふれ出していた涙を拭おうとするが、それごと塞ぐ様にオーロさんの大きな手が私の目を、顔の上半分を覆った。


そしてオーロさんに体重を預ける様に後ろへと押される。


「闇の精霊と契約している者ばかりを生贄としていたアダラードだったが、実験はうまく行かず行き詰まった。そこでアダラードはある一つの発想へと至る。それは、光の精霊と契約する程の清らかな心の持ち主を、闇の精霊と契約出来るくらいまで闇に落とし、その命を生贄として捧げる事で、儀式は完成するのでは無いか。という考えだ」


「……」


「当時、アダラードは自分の行動が国連議会に目を付けられている事に気づいており、急ぎ、儀式を完成させる必要があると感じていた。その結果、より短絡的で、より効果的な方法を選ぶ事にしたんだ。それは、街の住人にも愛され、明日も分からない多くの子供達を救い、戦う事しか知らなかった男すらも、救った一人の修道女……癒しの力さえ持っていれば、聖女と呼ばれていたかもしれない、優しき少女の心を闇に染める事だった」


オーロさんは、重い息を吐くと、言葉を続ける。


「方法はそれほど難しくは無かった。元気の余っている子供二人を捕まえて、ソイツらを使って修道女の近くにいた男を外へ向かわせた。そして人を疑わない修道女を利用して、教会の中に入り、子供たちを……」


私はオーロさんの手を私の顔から外して、両手で抱きしめた。


震えているその手を。


「俺が二人を助けた後、異変に気付いて教会に戻ったが全ては手遅れだった。まともな状態だった子供は一人も居なかった。赤黒く染まった祈りの間で、アマンダは全身を赤く染めながら、震えていたよ。もう言葉も話せなくてな。そしてそんなアマンダの背後から現れたのが、ジルスターの悪魔だ。アイツはあっという間に街を黒い何かで包み、周囲からは多くの悲鳴が起こったがすぐに消えていった。俺は、何故か闇の中でも無事でな。多分、今思えばアマンダに助けられていたんだろう。そして、俺は、これ以上の被害を出さない為に、アマンダの……命を奪った」


泣いているのだろうか。


泣いているのだと思う。


涙は出ていなくても、声は平然を装っていたとしても、オーロさんは今、きっと泣いている。


後悔している。


闇の魔術の使い手が、後に現場を調べた時、残されていた強烈な意思の中に、事件を止めた二人の男女の事が強く刻まれていたという。


街を救う為に自らの命を奪って欲しいと懇願する少女と、少女の命を奪い教会の中で絶叫する男性が居たという事が。


英雄と呼ぶにはあまりにも悲しい事件の末路が。


事件の報告書には詳細に記されていた


「そして事件は解決した。これがジルスターの悲劇だ。シュン」


「そうか。ところで気になるんだが」


「なんだ?」


「アダラード。だったか? その男はどうなった」


「……」


私はシュンさんの言葉にヒュっと息を呑んだ。


だって、アダラードは。


「あの事件以降、行方不明だ」


「なるほどな。今ようやく全てが納得したよ。オーロ。お前の旅の終着点はソイツか」


「あぁ」


「え!?」


「お前がヤマトに来たのは、巫女様を求めたのは千里眼か。アダラードの居場所を見つける為に」


「そうだ。奴は俺が見つけ出して……殺す」


思わず逃げ出したくなる程の怒気を背後から感じて、私は震えてしまった。


しかし、それと同じ様に、何故かシュンさんも怒りを発している様だった。


「なるほど。では俺の道の先もお前と同じ所にあるようだな」


「どういう事だ?」


「居るんだよ。ヤマトにも。神を復活させようとして禁忌を犯したバカが」


「っ」


「ソイツは、大いなる神をヤマトに呼び戻す為、天に住まう神々を導く為に光の道を作る必要があると考えた。しかし、それを為す為には二つの要素が必要だ。一つは世界を暗黒に落とす事。そしてもう一つは、黒く染まった空を切り裂く事。そう、天斬りだな」


シュンさんは私たちの前に一本の刀を掲げて目を細める。


「『島風』は永くその担い手が居なかった神刀であり、居たとしても初代様の様に使える者は居なかった。故に男は神の復活を考えつつも、現実として不可能である為、その夢を考えない様にしていた。しかし、生まれたのだ。妾の子ではあったが、島風の担い手となり、その力を発揮できる人間が。そして、その子供を見つけた時、その男、天霧宗謙は夢を叶えるという目的の為に、島風をその子供に握らせ、幻覚剤を飲ませた。より多くの恐怖が力を目覚めさせる様にと」


シュンさんは目を閉じて、息を吐く。


「子供が自分を取り戻した時、周囲には暴れた結果が転がっており、その刃の先には、子供の母が自らの命を使って子供を正気に戻している姿だった。子供は罪人として囚われ、その隙に天霧宗謙は国外へ脱出したらしい。そして、巫女様の千里眼によれば、あの男は、世界を闇に落とそうとしているアダラードなる男と組んでいると聞いた」


「……そうか」


オーロさんとシュンさんはフッと笑うと、それぞれが剣と刀を持ってそれの鞘をぶつけ合う。


「なるほど。面白い偶然だ」


「偶然? 違うな。これも全て巫女様のお導きだ」


「そうか。ではその導きに感謝しよう」


「では、天霧宗謙は俺が」


「アダラードは俺が」


そして二人は笑う。


狂気を滲ませたような笑顔で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る