第5話『お前、子供は好きか?』

(天霧瞬視点)


食事も終わり、食後の西国茶を飲みながら俺は、楽し気に語る少女の話を静かに聞いていた。


「シャーラペトラ様が世界に精霊との契約を広める以前、世界の人々は魔物の事を動物と呼んでいたそうです」


「ほぅ。動く生物って感じか?」


「そうだと思います。しかし、精霊と契約し、人々が魔術を使える様になってから、魔力を多く持つ生物と、あまり持たない生物がいる事に気づいた訳ですね。そして魔力を多く持つ生物は、自分の体内にある魔力量を増やす為に、人や他の生物を襲うという事が判明し、彼らを動物と区別する為に『魔物』と呼び始めたのが、魔物の始まりとされております」


「ふむふむ。なるほど。しかし、魔物ではない動物もかつては居たんだろう? 今はどうなっているんだ?」


「実はよく分かっていないのです」


「そうなのか」


「はい。シャーラペトラ様の生きていた時代の前後で『動物』という名称は段々と歴史書から消えて行き、それから百年もしたら完全に消えてしまったのです」


「ならば……死滅したのか」


「いえ! それは違うと思います!」


「ほぅ? ミラの考えがあるのか」


「はい! 実はですね。『動物』が消えた頃から、歴史の表舞台に現れ始めた種族が居るのですよ」


「ふむ……種族か。うーむ。分からんなぁ。なんだ?」


「そう。それは獣人さんです!」


「ほぅ。獣人か。なるほど」


「これは私の考察になりますが、『動物』の皆さんは『獣人』になったのでは無いかと思うのです! この説を思いついたのにはいくつか理由がありまして。一つは『動物』と『獣人』の共通点です。オーロさんは獣人さんの特徴についてどの程度ご存知ですか?」


「獣人。と言えば、高い身体能力だな。熟練の騎士十人と一人の獣人が同等の戦力と言われているくらいだしな。後は魔術が使えないという話だろうか」


「はい。そうですね! 獣人さんと言えば。高い身体能力。そして体内の魔力が少ない事で有名ですが、それと同じ特徴を『動物』も持っていました」


「なるほど。なるほど。種族としてよく似ているという訳か」


「そうなんです! そして何よりも! 何よりもですよ!? 獣人の皆さんが神様と崇めている方が居るのですが、この方とシャーラペトラ様に力を授けた神様が、ほぼ同じ見た目をしているのです! これは偶然でしょうか!? いえ。私には偶然とは思えません。神様は確かに実在しており、弱き存在に力を与えているのです。そう。獣人の方々に伝わる伝承の通り、獣人の皆さんが弱き存在であった頃に、生きてゆく為の力を与えたのです。そして、その力を与えたというのが『動物』から『獣人』への変化であったと、私は考えているのです!!」


「ほぉー。凄いな。よく考えるものだ。凄いぞ」


「てへへ。ま、まぁ? この辺りはまだ仮説なので、いずれ獣人さんの国へ行った時に、歴史書とかを見ながら調べてみようかなと思う訳ですが」


「そうか。まぁ、もし行きたくなったら言え。連れて行ってやろう」


「本当ですか!? ありがとうございます!!」


本当に、心から楽しそうに話すミラを見ていると、故郷にいる御方の事を思い出す。


まだ幼い身でありながら、巫女として立ち、国を護ろうと無理をしている御方の事を。


『瞬。本当に行くのか……?』


『はい』


『いつ帰ってくる? 明日か? 明後日か?』


『巫女様』


『っ! わ、わかっておる。国の為、世界の情勢を見て回るんじゃろ。なら、すぐに帰ってくる訳がないと、わかっておるわ』


『申し訳ございません』


『……っ、もう良い! 行け!』


『承知いたしました。ではまた』


『っ!! 瞬!』


『はい? 何でしょうか』


『あのな。この間、綺麗な花畑を見つけたんじゃ。だから、今度帰ってきた時には……』


「ふぁああー」


記憶の世界で巫女様の事を思い出していた俺は、大きな声で欠伸をする少女の声に、意識を現実へ帰還させた。


世界の情勢を探るという目的で、特に必要では無かったが……必死に自分を抑えながら涙を流す姿が巫女様に重なり、こうして共に旅をする事になった少女を、俺は見つめる。


「もう遅い。寝た方が良いだろう」


「えっ、でも、まだ……はなしたい、ことが」


「旅はまだ始まったばかりだ。焦らずとも、また明日聞かせてくれれば良いさ。さ、今日はもう寝よう」


「……わか、りまし……た。あ、でも……まだ、まものについての、こうさつ」


何かを話していたが、火が消えていく様にミラは静かになり、オーロに寄りかかったまま目を閉じていた。


そしてオーロはミラを布の上に寝かせ、その上にまた厚い布をかける。


「夜は冷えるからな。お嬢様には厳しいだろう」


「そうだな」


大きな本を抱きしめながら眠る少女はどこにでも居る普通の子供にも見える。


しかし、思っていたよりも……。


「なぁ、シュン」


「なんだ。オーロ」


「一応聞いておくが、先ほどの続きをするつもりはあるか?」


先ほどと言われ、俺は少し考えてから「いや」と返した。


そんな俺にオーロは「そうか」と小さく頷くと、懐から小さな御守りを取り出した。


「国に戻ったら、あの幼い少女にコレを渡してくれ」


「これは……?」


「焼け落ちる塔の中で、おそらく少女の母親であろう人が持っていた物だ。もはや目もよく見えていなかったのだろうな。俺をヤマトの侍だと勘違いしていた。そしてあの子に渡してくれとな」


「先代様が……」


俺は受け取った御守りを握り締め、目を閉じる。


いつだって俺は力が足りず、失ってばかりだ。


「それと、すまなかったな」


「……何がだ」


「俺が侵入したから、お前たちはレッドドラゴンの対処が遅れたんだろう?」


「レッド……あぁ、火吹き竜か。いや、それはどうかな。別にお前のせいだとは思わん。どの道、俺に力が無かっただけの話だ。力さえあれば先代様が犠牲になる事も無かったし、巫女様が悲しむ事も無かった。ただそれだけだ」


「力が……ね」


「だから過去の事については何も思わん。だが……未来は別だ」


俺は神刀『島風』を握り、その鯉口を切りながら、やや離れた場所に座っているオーロを睨みつけた。


天霧家当主が伝えた技、神速抜刀術。


その鋭さで、国を狙う敵を消す為に。


「……言葉で、どこまで信用出来るか分からんが、俺はもう巫女様とやらに用はない」


「そうか」


「信じるのか」


「いや、信じてはいない。だが、お前が意味も無く子供を傷つける様には見えんし。こうして共にいる内は、何かあれば斬る。それだけだ」


「……そうか」


俺は腕を組み、木に寄りかかって目を閉じた。


意識は周囲の気配を常に探っているが、体は休ませなくてはいけない。


明日は歩き回る事になるのだろうから。


「……なぁ、シュン」


「なんだ」


「お前、子供は好きか?」


「……苦手だ」


巫女様も、ミラも、弱く護らねばならぬ存在だと言うのに、危険に向かって飛び込んでしまう。


傷つき泣きながらも、大丈夫だと虚勢を張る。


それを止めたいが、彼女たちの望みはその危険の先にあるのだ。


であるならば、俺が止められるはずもない。


「そうか。それは気が合うな」


俺はオーロの言葉に、僅か目を開きながらオーロが居るであろう場所を見た。


しかしオーロの表情は闇の中に居り、詳しくは分からない。


「俺もそろそろ眠るとしよう。では、また明日だな。シュン」


「あぁ、そうだな」


俺はオーロに向けていた目を閉じて、意識だけ張り詰めたまま眠りの世界に落ちた。


小さな休息の為に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る