第8話 地下帝国

 ゾンビのフリをして俺を襲ったカッサム星人のおっさんは『ジェル』と言い、彼の案内により俺たち3人は、エレベーターに乗り込み、地中へ向かっていた。


「おお、すげぇ……」


 エレベーターはぐんぐんと下降していき、暗闇から一転、景色が変わる。


 地上は世紀末のような惨状だったが、地中はしっかりと発展しているようだ。

 ガラス越しに見える外の様子は、とても地中とは思えないものだった。昼間のように明るく、緑が広がっており、宙を浮く電光掲示板や摩天楼の隙間を飛び交う小型の乗り物。自然と科学が共存した文明を築いていたのだ。


「この都市ができたのはカッサムの温暖化が原因です。地上が暑くなり過ぎたので、地上を捨てて我々は地中に文明を築きました」


 とジェルは教えてくれた。

 つまり地上の廃墟のような街並みは、襲われたのではなく、過疎化による老朽化であった。


 その歴史的背景を聞いて胸がおどる。

 俺が求めていた異星ってなんだよ……と。


 時間にして3分ほど。地上――地中の中で一番低い場所にある建物の中に到着した。

 エレベーターの扉が開き、その一歩を踏み入れる。


「デカいなぁ」


 カッサム星人は2メートルから3メートルほどの大柄な体型なので、生活環境がそのサイズになる。

 彼らの生活圏にいると自分が縮んだような感覚だ。建物の中にあるもの全てがデカい。


「こちらへどうぞ。皆さん身体が小さいのではぐれないようにしてくださいね」


 ジェルは大人が子供に歩幅を合わせるかのように、ゆっくり歩む。

 彼らと比べて小柄な俺たちは、彼の親切心のお陰で、はぐれることなく建物の外へ出れた。


 外の世界を見るのも束の間、俺たちの目の前に巨大なUFOのようなものが現れ、目の前で宙に浮きながら停止した。

 どう言う原理で浮いているか分からないが、その乗り物は浮いたまま扉を開き、こちらの足元まで階段が伸びて来た。どうやらこれに乗れとのことらしい。


 どうぞ、と言われるがまま段差のある階段を登り、UFOに乗り込む。

 車内――と呼ぶべきか、中は巨大な観覧車のゴンドラのような円形の座席で、全員が対面になるようなつくりであった。広さはカッサム星人が10人くらい入るサイズだろう。広々としたシートに全員が座ると、UFOは発進した。


 振動や騒音を全く感じない。移動している感覚はないが、外を見れば景色が変わっているので、しっかりと目的地まで向かっているのがわかる。


 運転席が不要な自動運転のため、移動中は自由に過ごせる。本来の未来の空飛ぶ車というのはこういう物で、彼らにとって移動とは狭い部屋が移動するだけの感覚なのだ。


「ジェル、あれはなんだ? なぜ回転している?』

「地中ですので風がありませんから、人工的に風を発生させています。空気の循環は必須ですので」


 車内から見える色々なものについて、キャプテンが好奇心からジェルに質問をしている。

 当然俺も外の景色は気にはなるが、少しの不安が頭の中をぎる。


 ――会わせたい人がいる。


 この乗り物は現在、その人物の元へ向かっている。

 ことの発端はジェルからの申し出で、キャプテンはあっさり承諾したのだ。


 ジェルが紳士的で優しすぎる点も気になる。


 俺の杞憂きゆうであればいいが、その人物について「私もよく分かりません」と答えたジェルの言葉がどうもつっかかる。


 ……もしかすれば彼女なら知っているのではないか。


 正面に座る彼女の顔を見上げた。


「チャッピー、俺が今考えていること分かるか?」

「これから会う人物のことですね」

「さすが話しが早い。単刀直入に聞くが、それはどんな人物でどんな要件なのか分かるか?」

「私が二日前、船の中であなただけに伝えたことを覚えていらっやいますか?」

「……俺だけに?」


 ふと二日前のことを思い返すと、その日は俺にとって初めての宇宙船ということもあり、チャッピーに船内のことを教えてもらっていた。


 宇宙船のことについてはキャプテンは当然全て知っている。俺だけに何かを伝えるなら一つしかない。彼女が俺にささやいた、甘い誘惑……


「まさか、エッチな話?」

「そうですね。これだけ手厚い歓迎をしてくれるカッサム星人のことを考慮すれば、ヒイロ様も満足するような酒池肉林と色欲の限りを尽くした接待を……ではありません。熱中症で頭がおかしくなったのですか?」


 ふーん、なるほど。

 チャッピーはノリツッコミも出来るのか……と感心をしつつ、これ以上はお手上げなので、俺は両手をあげて降参のジェスチャーをした。


「カッサムに来ることになったきっかけを覚えていますか? その時、私はヒイロ様だけにあることをお伝えしました」

「まさか……」


 あの時俺とチャッピーはキャプテンに召集され、次の目的地を決める話し合いをしていた。

 よく分からなかった俺としては、正直どの星でも良かったのだが、そのこととは別に、記憶に突っかかるセリフが残っている。


 ――今のシーンは伏線ですので、覚えておいてください。


 無表情のアンドロイドが冷酷に感じた。

 なぜ彼女は直接言わずに、周りくどい説明をしたのだろうか。

 彼女はどこからどこまで知っていて、カッサムに来ることは既定路線だったのか、分からないことが多すぎる。


 そしてこれから会おうとしている人物。


「到着しました。お待ちの方はこちらの建物の中にいます」


 とタイミングを測ったかのように、俺たちを乗せたUFOが停止した。

 乗り物から降り、ジェルに連れられ長い廊下を歩く。


 体感としては5分以上は歩いた気がする。そんな距離を進むと一つの扉の前にジェルが立ち止まった。

 彼が手をかざすと、その扉が自動で開いた。


「僕に用があるなんて、一体どんなやつなんだよ」


 キャプテンは警戒心のカケラも見せずに、その扉の先に足を踏み入れる。

 俺とチャッピーはそれに続き、最後にジェルが部屋に入った。


 中にいたのは、二人の男性。

 一人は着座しており、もう一人はその男に従えるように、後ろで直立不動している。

 二人の見た目はジェルのようなカッサム星人ではなく、俺のような地球人に近い。


 決定的に違うのは目の色……黒目と白目が逆になっているところくらいだ。


 着座する男が口を開く。


「久しぶりだな、ユーゲン」




















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ビリオン・デッド 〜10億回死んだ男〜 モモノキ @momonokiki

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