第3話 東西戦線

 「ただいまぁ〜」

「おかえり、蘭花」

「駅員生活初日、お疲れ様でした〜」

 腰は痛いし、足はガックガク。

 そんな満身創痍の身体で志乃の家になんとか漂着すると、飯田家御一家と山手さんがリビングで迎えてくれた。

 にしても山手さん、なんでさも当然のように居るんだ……?

「じゃあ蘭花ちゃんも帰ってきたことだし、食べましょうか」

 志乃母のその一言で、テレビをコタツで見ていた山手さんと志乃、そしてそこから距離を置いてソファーに座っていた志乃父も食卓につく。

 

 「言っておくが山手。ここに来たとて意見──否、会社の議案を変更することはできないからな」

「分かってますよ。私はあくまで一社員であり、覆したいなら上に立て──そういうことですよね?」

「……そうは強く言ってないが、な」

 志乃父は少し気まずそうに目を伏せる。

 そもそも何日も食卓を共にしていなかったわけだし、居づらい雰囲気なのも当然か。

 そんな山手さんと志乃父の険悪な空気をよそに志乃母は、はいどうぞ、と菜箸とおたまを貰う。

 今日は6人ですき焼きだ。

「というか、今日ここに来たのはそうではなくてですね」

 一方志乃父と対角線に座る山手さんは相変わらずの気さくな調子で隣に座る私に顔を向ける。

「神戸くんと長間さんからはどこまで聞きましたか?」

「神戸さんからは山手さんのメモを頂いて、長間さんからは駅の業務について一通り……」

「なるほど。では路線について詳しく知っているわけではないということで?」

「まあ、はい。当時の記憶のまんまです」

 それは都合がいいですね、と悪巧みに微笑む山手さん。

「千歳さん。明日、お時間頂けますか?」


 「やばい、筋肉痛かも。足がなんか重い……」

「運動しなさすぎなんじゃない?」

「そうなのかな……」

 翌日。

 3人とも今日は揃って仕事休みということもあり、星凪駅に来ていたのだった。

 それもそのはず、山手さんの提案により、私と志乃、そして山手さんの3人で星凪鉄道の路線を巡る『星凪鉄道まるわかり! スターターツーリズム』(命名は山手さん)を開催することになったのだ。

 その準備をしたいからとやらで一度山手さんは帰宅し、後日合流と言ってたけど……。

「あ、千歳さ〜ん、飯田さ〜ん! こちらですー!」

 コンコースに置かれた小さなのっぽの時計台の下で右手を大きく振る仕事服の山手さんを見つける。

「山手さん、私服じゃないんですね……」

「あはは、なんか私服だと気合いが入らないというか……。お二人とも似合ってますよ」

「ありがとうございます」

 そうして幾つか言葉を交わして。

「それでは早速紹介していきましょうか」

 山手さんは駅の改札に手を向けて。

「ここが星凪駅。駅ナンバリング H00、1面2線の地上駅。文字通り、星凪地方の代表駅です。JPR桜咲本線や星咲せいおう新幹線の接続駅でもありますが、市街地とは実は少し距離があるんですよね」

 駅ナカは休日ということもありなかなかの賑わいだが、事前にプリントアウトされた地図を山手さんから貰うと、官公署はどうやら離れているらしい。

「ということで、まずは次の電車に乗りましょうか」

 5分後に快速が来るとのことで、改札内に入り、ホームに落ちたゴミを拾う山手さんを横目に見つつ、時刻通りに列車がやってくる。

 昨日とは逆方向に向かうようだ。

「覚悟してくださいね。各駅停車の長い旅が始まりますよ」

 そう忠告する山手さんは、かえって嬉しそうな顔を見せた。


 「星凪市ほしなぎし。HE01。2面4線、中央の2線は折り返しに使われています。ホームは2階にありますが、なんと10階建ての百貨店の中を貫いているんです」

「うわ、凄い人……」

 6両編成の列車からは多くの人が乗り降りし、ホームには多くの人で賑わっている。

 星凪駅では見られなかった光景がそこにはあった。

「駅前には格安スーパーにカフェに家電量販店に映画にカラオケに……と、ここに来れば用事の大半は済みますね。それもあって星凪市民の多くがここを活動拠点としているんです。では、次の電車に乗りますよ!」

 そして向かい側に止まっていた普通列車にすぐさま乗り込む。


 「星凪市役所。HE03、1面2線の高架駅。市役所だけでなく公園も駅前にあり、ファミリー世帯に人気の地域です」

「あ、山手のお姉さんと千歳のお姉さんだ!」

 純粋無垢な目を輝かせ手を振るのは、こないだ出会ったわんぱく小学生たち。

 後ろには親御さん方の姿も。

「こんちゃ!」

「こんにちは〜、今日も乗ってくれてありがとうねぇ〜」

 山手さんは少ししゃがんで子どもの目線に合わせ、柔和な笑顔を見せる。

 かと思えば、

「いつも息子がお世話になっております」

「いえいえ、お子さんたちを笑顔にするのも私たちの使命ですから」

「いつものお詫びとしてなんですが、クッキーを作ったのでよければ……」

 大人には言葉巧みにコミュニケーションを取り、抜群の対話力を発揮する。

 駅のホームに居た人たちを台風の目のごとく吸い込み、気が付けば山手さんは雑踏の中に埋もれてしまっていた。

「人気者だね」

「だね」


 「香和園こうわえん。HE11。2面2線の地上駅。香和園はここから徒歩3分ほどで着く庭園でして、代々星凪を治めてきた将軍が築いたんです。この地方では1番の名園とされていますね」

「にしても、綺麗ですね」

 ホームからは道路を挟んで海が見えている。

 いつ見ても綺麗なものだ。

「星鉄と海は切っても切れない関係にありますからね〜。実は次の駅までの間にある百羽川もはねがわの遊歩道には桜が咲き誇って綺麗なんですよ」

 その川の名前を聞いてはっと思い出す。

「百羽川っていうと、確か花火大会もここで開催してますよね」

「そうです。実は花火大会の日は百羽川を渡るときに少しスピードを落としたりしているんですよ。お客様に少しでも鮮やかな花火を見て頂きたいですから」


 「猿滑さるなめみなと。HE18、2面1線の頭端式ホームです。ここが西側の終点です。近くには星凪港があり、フェリーも就航していますし、ブリも多く漁れるんですよね」

「あ、私ここの市場でお父さんと海鮮丼食べたかも」

「地元の新鮮な魚を食べれるのって良いですよね〜」

 志乃の言葉に山手さんも首を縦に幾度か振る。

 長く続いた線路の終端には、存在感のある車止めが鎮座している。

 ──人で栄える東側に、廃れた西側。

 そのあまりに明確なコントラストに、私の心は薄く雲がかった。


 「さて、西側、水瀬みなせ。HW11、1面2線の地上駅であり、交換駅です」

 一度東側まで行き着いた私たちは折り返し、今度は西側へと進んでいく。

 東側と違って本数が少ないこともあり、沿線紹介は列車に乗ったまま進んでいた。

「東側だと2本線路があったのに、西側は1本なんですね」

「はい。なのでこうして一定間隔ですれ違える駅を作っているんですね」

 そのとき、ふと頭の中で思い浮かぶことが。

「あの、山手さん。ここってもしかして……」

「はい。私が千歳さんを引っ張って星凪まで引き返した駅です!」

「山手さん? そんなこともしてたんですか……?」

「飯田さん! あ、あの、違うんです!」

 どうやら余罪発覚で志乃検察官の声色が幼なじみながらちょっとコワイ。


 そうしてしばらく鉄道で西へ進んできた私たちだが、途中の駒木駅で下車し、予約していたであろうタクシーに乗り換える。

「ここからが不通区間ってことですか」

「そう、ですね」

 山手さんが手早に行先を運転手に伝え、車は発進する。

 駒木駅を出てすぐ、道幅の狭い踏切を過ぎると、海側に来るのは線路となる。

 いよいよ線路の前に立ち塞がるものは何もない。

 いくつかトンネルを潜り、視界が開ける。

希見浜のぞみはま。HW14、1面1線。日本の名景にも数多くノミネートされている、当社一の絶景駅。列車から降りるとそこには海が一面に広がっているんです」

 そこに広がっているのは、蒼く壮大な海原。

 雲一つなく一直線に降り注ぐ陽射しを照り返し、輝いている。

 そんな星凪の主人公に、かつての私と同じようにじっと見蕩れていた。


 そんな絶景を通り過ぎて狭隘な道路でなんとかすれ違いをすること数分。

 小さな川を渡ってすぐのことだった。

「あれが……」

 うねった線路。

 その下に土は無く、宙ぶらりんに浮かんでいる箇所が数箇所に渡って点在していた。

「かつてもこの区間で高潮の被害はあったんです。その際線路を陸よりに移設する計画があったそうですが、海は観光路線として譲れない、と計画は自然消滅したと聞いたことがあります」

「……復旧の目処って」

「……残念ながら立っていません。この路線も存続が危ぶまれている状況ですから。危機なのは霞山線だけじゃないんです」

「……」

 所々で見られる、錆びついた復旧工事の看板。

 3年経った今でも、その痕跡は残されていた。


 その後は道路と線路の距離は開き、直接見ることは出来なかったが、山手さんのガイドにより紹介された難読駅、五府別いっぷべつやトンネルに挟まれた秘境駅、神間かんまを通り。

「ということで、ここが星凪本線の西側の終着、HW25、桜咲です」

「うわ、すごい……」

 駅前に立ち並ぶオフィスビル。

 駅1階のバスターミナルからは1分の間に多くのバスが行き交う。

「高速バスに空港に新幹線。桜咲地方は星凪だけでなく、多くの地方と交わる結節点なんです。そんな点に鎮座するのがJPR桜咲支社のお膝元というわけです」

「大都会ですね」

 ここだけを見れば東京にも劣らない発展を見せる街並みだ。

「星凪鉄道はここに乗り入れることで、並走するJPR桜咲本線と星凪と桜咲を繋ぐ大動脈として機能していたんです。JPRは特急街道として速達性をアピールし、星鉄は観光街道としてJPRからの寝台特急や星鉄線内の展望席付き特急を運行していました」

 そう言いながら山手さんは手元で持っていたバインダーから1枚の写真を見せてくれる。

 その写真は駅のコンコースを撮影したもので、そこに2枚のポスターが貼られていた。

 片方は『星凪行くんすか? だったらやっぱ新幹線じゃないすかねー』と新幹線に跨って座る若い男性を背景に、トゲトゲの書体で書かれた今風のJPRの広告。

 そしてもう一方は『旅路も含めて思い出になる。そうでしょう?』と特急の車窓を見つめる女性を撮った、明朝体で落ち着かせた品のある星鉄の広告。

「……バチバチですね」

「互いに意識しあっていた頃の写真ですしね~。なんせ血気が盛んでしたから」

「今はそこまでってことですか?」

 私がそう訊くと、あの空気で仕事したら1週間でバテますよ、と山手さんは笑い、それに、と付け足す。

「JPRの寝台特急も今や廃止され、桜咲本線の沿線開発も進んで地域志向にシフトしましたから」

 空を見上げる。

 青い空を大きな音を上げて飛行機が通り過ぎていく。

 山手さんは飛行機が通り過ぎた後も、空を見つめていた。


 「ということで、星凪鉄道の現状は分かっていただけたと思います」

 志乃の家に着いたときには、私は霞山に行ったときよりも疲れ切っていた。

 志乃の部屋に入ると私は膝から落ち、畳まれていた布団へ頭が突っ込む。

 一方の志乃と山手さんはカーペットに座りこみ、丸い木のテーブルで資料やらなんやらを見ていた。

「はっきり言いますと、星凪鉄道の倒産は時間の問題──そう思います」

 真剣な声色に、ノックダウンされていた私もなんとか身体を起こし、志乃の横へ座る。

「本線西側では今日のように乗客もまばらで、霞山線に関していえば0人もざらにある状態です」

「それは、災害のせいなんですか」

 志乃が聞くと、山手さんは首を横に振る。

「いえ……、実は災害前から問題には取り上げられていたことがあるんです」

「……というと」

「星凪鉄道は観光客を増やそうと躍起した。観光路線にんです」

 山手さんは続ける。

「いくら観光特急を作ったところで、地元住民も考慮したダイヤを組まなければそれは星凪を代表する私鉄ではないんです。私たちは、外を向きすぎたんです」

「……」

「そしてあの3年前の災害。観光一筋で生きてきた私たちにとって観光特急を断たれた今、離れてしまったシェアを取り戻すほか生き残る術は無いんです」

「……そんなこと、出来るんですか」

「──出来ないのなら、私が社長になってみせます。この状況を打破するために」

 手元にあった資料が、クシャ、としわが付く。 

 あの閑散とした路線が多くの人で賑わう。

 そんなビジョンが、私には見えない。

 彼女には、何が見えているんだろうか。

 今の私には全く見当もつかなかった。

 


          ***


    〜 教えて山手さん! その2 〜

       「“面”と“線”って何?」


 「山手さん。駅の説明で言ってた面と線ってなんですか」

「ああ、言い忘れていましたね。面というのは、乗客が待機するホームの数を指しています。そして線は線路の数です」

「なるほど……?」

「例えば、一般的にある駅の構造として2面2線の駅がありますね。では千歳さん。この2面2線というのはどういうことでしょう」

「2面2線ってことは……。2つのホームに2つの線路、ってことですか」

「正解です。2つのホームが線路を挟んで向かい合わせにあることから相対式ホームとも呼ばれますね。ちなみに1面2線というのは島式ホームと言って、逆に2つの線路がホームを挟む形になっているんです」

「なるほど。タメになりました」

「ちなみに上級者向けになると2面2線(方向別単式ホーム)、2面4線(新幹線型)さらには3面2線なども──」

「ありがとうございました」




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