第31話 ビックブリッジの戦い

地下 アジト 


side:ジル

 

 

 早速、彼女の協力で魔力結界を解いて扉を開けてもらうと、マッドサイエンティストもびっくりな光景がそこには広がっていた。




「なんだ……これは」



 地下とは思えない高い天井、二十メートル四方はありそうな広い部屋は只、恐ろしかった。


 日本の理科室や研究所にあるような珍しい器具や道具が並び、みたことのない貴重な漆器や金属器が所狭しと乱雑に置かれている。


 そして、異常なのはこちらを見向きもしない十数人の白衣を着た男女。

 壁面に取り囲む円筒形の巨大な木製樽。



「リ、リンダ! お前アレを知っていたのかっ!」


 

 反応がない。

 リンダを振りかえるが、彼女のほうが驚いていた。



 水樽を覗くと、そこには人が水没していた。


「なんてことを!」


 樽の中の少女を取り上げようと持ち上げたが、どうみても息がない。

 リンダと恐る恐る中を見て回るが、誰ひとり生存者はいなかった。


 ひとつの樽に一人ずつ、妙齢の女性や少年少女、幼年の子供たち、老人などあらゆる人種、年齢が裸の状態で漂っている。

 

「リンダ、何かわかるか?」

「……えっ、ううん、なんなのこれ」


 実験中なのか、俺たちにが眼中に入らないのか、研究者たちは、この状況にもまったくの無関心で半眼は自分の手元しか見ていないようだ。


「なんなんだ、こいつら」


 その中に彼がいた。

 一回り背が低く、燃えるような赤毛の美少年は中心で作業に没頭している。



「おい! ア、アレックス!? 何をやってる、一体ここはなんだ?」



 返事はない。

 リンダが詰め寄っても反応しない。俺もその手に握った薬の器具を奪い、顔を叩いた。



「おい、何をしている! しっかりしろ!」

 

 ステータスを確認すると彼ら全員は洗脳状態だった。 



「リンダ、彼らの洗脳を解けるか?」


「え、ええ、だけど相当深いから、覚醒時間は掛るかも」



「構わない、頼む!」



 リンダが手を差し出すと床に魔法陣が浮かび、一つ目の魔物が浮かび上がった。

 その魔物は次々と研究者たちの頭に取りつき、卒倒させていく。



「暴れると厄介だから睡魔で眠らせている。安心して!」



 汗が流れる。

 謎が何一つ解けないまま、俺たちは禁忌に触れてしまった気がした。




◇◇◇



 一刻が過ぎると研究者の数人が目を覚ましはじめた。

 洗脳が解けた者の中に治療師がいたので、深刻なケガを負ったものから治療に当たらせる。

 

 だが、誰ひとり樽の死人を知る者はおらず、何を手伝わされているか理解している者もいなかった。


 二人で死んだように寝ているアレックスに目をやる。


「そのマーカスってヤツが首謀者なのか?」

「わからないわ。でも中心に近いのは間違いないし、彼をこんなにしたのもマーカス大佐よ」


 マーカスの洗脳は士官学校の生徒だけでなく特殊兵にまで及び、特に兵卒が掛かっているそうだ。


「そこまでしてヤツは何がやりたいんだ?」

「わからない……彼の思想は過激だったけど……」


「だけど?」


「兵卒や生徒をけしかけたところで大したことクーデターはできないわ」


 それは俺も同意見だ。


「アレックスに作らせていた薬はただの睡眠導入つきの痛み止めらしいし、まるでお遊びだ」


「そうね……私も最初は訓練って聞いていたのよ。うちの学生が指揮の手伝いをするぐらいですもの」


 だから彼女も甘んじていたわけで、殆どの生徒は訓練としか思っていないらしい。


「市中、至る所で反乱とその鎮圧騒ぎが起きているそうだが、全部マーカスの指示か?」


「……指示かどうかはわからないけど、指揮を取っていたのは確実ね。実地訓練と称して反社会的な組織を特殊科の生徒たちを使って支配、掌握していたのは間違いないと思うわ」



 ますますよく分からない。

 反社会組織の掌握? なんのために?

 学生を使うなど、本気とは思えない。



「ところで君とアレックスはなぜここへ?」

「……ごめんなさい。彼をここに連れてきたのは私よ」


 詳細な顛末を聞くが、全容はやはりみえてこない。


「ここへ一緒に突入した爺さんはすべてお見通しだった。アレックスがここにいて、マーカスがすでに兵を連れて城に向かったことも知っていた」


「そのお爺さんは何者なの?」


「わからないが、この国の重鎮スレーター公爵の関係者なのは間違いない」


「ねぇ、……このマッチポンプ、へんじゃない?」

「どういうことだ?」


「生徒を使って反社会組織を乗っ取る。反乱が起きたように見せかけてマーカスが掌握している軍に彼らを鎮圧させる。ここまではマッチポンプ、自作自演よね?」

「ああ。そうだな」


「手柄が目的ならわかるけど、国家転覆ならそんなことしないでさっさと城を落とせばいいのに」


「うーーん。だが攻めるには戦力不足だろ?」


 樽の死人、薬、地下アジト。

 偽の反乱。わけわからん。


「そうよ。数百名が寝返ったところで……だとしたら……なんのために?」






◇◇◇

同時刻 城の前


Side 小隊長イーギス



「移送馬車、城外に到着したようです。先触れはありません。如何致しますか?」



 城外からの報告は予期していたものだった。


 南北を走るセールリバーから運河を引き、この城を囲うように水堀が巡っている。

 大通りを通って城外から城門までの間に堀を跨ぐ大橋ビックブリッジと呼ばれる幅十二メートルの橋が架けられ、そこを通るしか城内に入れない。



 橋の中央、占拠する小隊はたったの二つ。俺とスコットの隊。

 同年のバルジと隊員を合わせると二十一名のみ。



「団長の指示はここを誰も通すな、ということは変わりはありません。城門に同様の報告を伝え、そのまま防衛線を固めてください」

「はっ!」


 斥候隊員の報告に涼しい顔の優男は背伸びをすると笑顔で俺たちの前に出た。



「あと四半刻ほどですね。イーギス先輩、バルジ先輩、皆、よろしくお願いします」


「ああ、任せておけ」

「心配するな俺たちが付いている!」

「任せてください!」


「ははは、心強いな」



 心強いのは俺たちだ。

 団長に匹敵する強さを誇る、あのスコットが隣にいる。


「本当にくるのか?」

「さぁ、わかりません」


 相手は反社会組織に偽装した軍人、二百五十名だと聞く。

 

 各地で起きた同時刻の反乱は王都になんの影響も与えなかった。

 なぜなら決起したとのとほぼ同時に陸軍が鎮圧をしたからだ。


 このありえない事件で逮捕された反逆者たちは国家犯罪となり、城内で取り調べや拷問が行われる法律ルールがあるらしい。


 その反逆者に扮した陸軍がなぜか城に攻めてくるという。

 軍人二百五十名対騎士二十一名の戦い。

 バルジが不安そうにぼやく。



「いったいどうなることやら」

「そうボヤくなよ。それよりもできるだけ殺すな、鎧を着るな、ってありえねぇよ」


「仕方なかろう。相手は同国の者だ。今後もこの国で一緒に暮らしていかなきゃならないし、死んだら死んだで面倒だ。だからできるだけ殺さず意識だけ奪うんだよ。……それと鎧は絶対にやめとけ。堀に落ちたら溺れて死ぬぞ」


 橋の下を覗く。言っている俺もあまりの高さに膝がすくんだ。



「俺、泳げないんだ。落ちたら浮を投げ入れてくれよ」

「ああ、わかった。俺も……泳げん。頼んだぞ」


 バルジとくだらない会話をしていると橋の先端にぞろぞろと人影が見えてきた。



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