第29話 提督と水兵

sideジル



 中ボスのメイス使いを倒し、俺は奥へ進んだ。


「あれれ?」


 想像するアジトはもっとなんかこう……秘密基地みたいで、ボスが待ち構えるシチュエーションを想像していたのだが、突き当りに台所と便所があるだけだった。


 悔しいがまた広間に戻り、倒れている不良の一人を起こし、詰問する。


「おい! ボス部屋はどこだ! 隠し扉は? 捕まっている女性はいないのか!」


 バカに、バカにされた視線を投げられたところで外が騒がしくなる。

 逃げ出していた数人の不良とジャンキーが慌てながら戻ってきた。



「ぐ、軍が!」

「囲まれた!」




ピィーーーーー!

ピィーーーー!



 耳をつんざく笛声が鳴り、思わず無事な片耳を塞いだ。

 ほぼ同時に水兵のような恰好をした白の兵士たちが雪崩れ込んでくる。


 手には鉤縄と木棒を持っており、制圧に来たようだ。



「全員大人しくしろ! 壁に並べ!」



 ほぼ全員倒れているのに並べるはずがないだろう。

 予想よりも多く血を流したせいなのか、頭がぼんやりする。



「おい、貴様もだ。並べ! 聞こえんのか!」



 警棒でぐいぐい押されたので思わず呻いた。



「うっ」

「ふん、不良共が。……ズルーがなぜ倒れている?」



「あ! 忘れていた! 話を付けに行かないと」

「お、おい! 勝手にいくな! ここへ並べ!」



「首魁のズルーとやらに大事な話がありまして。並んでいる場合じゃないんです」


「そこに倒れているぞ」

「あれがズルーだが、知らないのか」

「まさか……お前が?」


 周囲の兵士たちの視線は俺と倒れているメイス使いの間を行ったり来たりしている。



「あいつの股間、おかしくないか……」

「……話なら金〇潰す前に話しておけよ……」

「治療師を呼べ! 片〇は救えるかもしれんぞ!」



「……」



 どうやら完全にジュリーに騙されたらしい。

 ズルーの人相とまるで違う。それにこのアジトの造りや構成員、すべてデタラメだ。



 それに気になることがある。

 あのメイス使いは『”俺は”命だけは助けてやる。“ここ・・のボスは知らんがな”』と言っていた。


 ここ・・のボスって誰のことなのか。

 いろいろと耽っている間に俺の気勢は削がれ、連行されていた。





◇◇◇




「君があのボルドの麒麟児か。ズルーの金〇を潰したそうじゃないか」


 最初に想像したのは狐がメガネをかけている姿だ。


 ついでにやたら眩しい勲章を付けた軍服を着ている。貴族軍人なのかもしれない。


 ……これ公爵の言っていた軍部貴族のちょっかいじゃないのか? 言質を取られぬよう気を付けねば。



「お褒めに預かり光栄です」

「褒めていないから!……ここは水軍の練兵所で王都の南にある。私は指揮官のオレンジ准将、君を歓迎しよう」



「それは脅しですか? オレンジ准将殿」

「いやいや、どこに脅す要素があるのか分からんが、一応君の取り調べを行うことになる。私自らな」



 自ら行う取り調べとはどういうことだろう。

 俺のことは分かっているんだよな。



「形式上調書を作らんといかんのでな、まず名前を聞いておこうか」



「名乗るほどの者ではありません」

「そういうことじゃないんだよレディ・ブライ」



「知っているじゃないですか! 油断も隙もない」


「はぁ、いいかね。君は形式上、内乱予備罪と陰謀罪で捕まったことになっている。冤罪証明をするにはしっかりとした応対が求められているのだよ?」



「その両方の刑罰はどのくらいなんですか?」



「参考までに教えてやろう。内乱予備罪が禁固20年、陰謀罪が35年、合わせると50年を超すので国外追放罪となる」



「国外追放罪……。因みにその追放罪とはどのような刑罰なのでしょうか?」


「うーーん、どのような、とは難しいが簡単にいうと二度と祖国の土は踏めん」



 追放系のイベントフラグなのでは?

 ”ジル、貴様を追放する!”とかいわれ、追放先のエルフの里でいちゃいちゃできるのかもしれない!

 

 エルフ! なんて卑猥で淫らな表現なのだろう。



「すみません、ではとりあえず追放罪でお願いします!」

「そういうのじゃないから!」




「ではこうしましょう。私が犯人です。断腸のおもいですが犯行を認めます。それで手続きしてください」

「どうしてそうなる……たとえ話だよ、君!」



 自分から追放罪を持ち出して何をいうのか。


「では調書を捏造しましょう。追放でお願いします!」

「いやいや、そんなこと許されるわけないだろう! いいかね、今回のことはスレーター公爵閣下が絡んでいる」



「どういうことです?」


我々水軍は訳あって中立派なのだよ。―――」



 オレンジ准将の回りくどい説明によると、俺は気が付かなかったが、王都各地で同時多発的に反乱が勃発したそうだ。


 スレーター公爵から同じ情報が水軍にもたらされ、制圧できたのは俺のいた不良のアジト一か所だけだそうで、残りの十一か所はあっという間に陸軍の特殊部隊が鎮圧し、お役御免だったそうだ。

 

「これを聞いてどう思うかね?」



「水軍がザコい、ですか?」

「喧嘩売っているのかね! 不自然なのだよ。君はあそこにいて反乱の兆しをみたかね? アジトを捜索しているが反乱の“はの字”も見つかっておらん。大量のクスリと武器は押収したが……恐らくそれだけだろう」


「では他のところも捏造だと?」


「恐らくな。発信源の特定と嫌疑が晴れるための数日、ここで待機して欲しい。いいな?」

「そうしたいのはやまやまですが……もう事態は動いてしまっています。私は行かせてもらいます」



 確実にアレックスのいる軍部は絡んでいる。下手をするとティナにも類が及ぶかもしれない。そしてジュリーだ。彼女も関係者で間違いないだろう。



「落ち着きなさい! 希望する追放の件を含め、スレーター公爵閣下に明日の一番で聞いてこよう。それまではこの練兵所にいてくれないかね。君を拘束しなきゃならない」



「……分かりました。明日の昼まで待ちます。それ以上はこちらの判断で脱走しますので捕まえて追放罪にしてください」


「追放こだわりすぎじゃない?!」




◇◇◇




「ほんと水軍って軽視されているんだなぁ」


 寝静まった頃、不眠の俺はブラブラと練兵所を歩いていた。

 海のない王都では、南北を縦断する河が彼らの唯一の存在意義のようだ。


 川幅は100メートルほどの河川で、護岸は整備され大都市の交通や運輸、生活用水として支えている。


 南の中流域にあるこの練兵所には、沈みそうなガレー船が1隻のみで、後はだれがどう見ても手漕ぎボートしかない。


 これが水軍だといわれると気の毒な気もするが、この扱いは派閥の影響もあるのだろう。

 


 夜の水辺の風は心地よく、陰謀の前触れなど感じない。



「気持ちいいものだ」


 ふと列して並ぶ、色々な形状の小型ボートに眼がいく。

 恋人たちが盛り上がりそうな水鳥をかたどったものや、横並びで漕ぐためのでぶっちょなボートもある。


 あのボートが旗艦だとすると……提督が乗ったら、あと一枠は誰が乗るのだろうか。



「答えは下士官の水兵じゃよ」



 振り向くと老齢といってもいいくらいの腰の曲がった褐色の爺さんが笑っていた。



「なぜ副官や航海士じゃないんだ?」


「ふぉふぉふぉ! 一番漕ぐのが上手いのは下士官たちじゃ。提督が頭を下げて乗せてもらうのじゃよ」



「なるほどな。それで生き残った者が最後は提督になるって皮肉か」


「こんな小舟、漁師でも使わんわ。ふぉふぉふぉ!」



 爺さんは俺と同じで夜目が利くのか、上から下までジロジロとみられた。



「おぬし、ここで何をしておる」


 俺は捕まって疑いが晴れるまでここにいなきゃならないことを正直に伝えた。



「ぶはっ! 面白いヤツじゃ。折角の夜、儂がこの舟で冒険に連れて行ってやろうか? 提督さんや」


「おう! ノリがいいな、頼むぜぇ、下士官の爺さん。ついでに操舟でも教えてくれよ」



 俺たちは小舟に乗り込むと爺さんの操舵でグイグイと静かな水面を進んだ。

 ふたつの月のうちひとつは丁度新月だが、夜目持ちの俺たちには十分な明るさだった。



「爺さん。楽しそうだな、どこへ向かっている?」


「なぁに、今に分かるて。ふぉふぉふぉ」



 川下へ進むうちにいくつかの用水路と整備護岸の真っすぐな川を進み、市街地に入ってきた。

 闇夜に進む俺たちに気付く住民や市中警護はいない。



 やがて大きな橋の下をくぐると地下水路に入っていく。

 聞いた噂ではこの先には貴族街を通り、王城まで繋がっている噂もあった。



「川では繋がっておらんよ」



 またも俺の心を読んだかのような爺さんは不敵に笑いながら続けた。


「昔の、夫のいる平民の女と逢引きをしていた年増好きな王子が、明け方急いで城へ帰るために、無謀にもこの地下へ入ったのじゃ。この通路は戦国期に設計されたものでな、どんな軍勢でも城へ到達することは不可能な迷宮のような設計じゃった。現に何人もの人々がここで消息を絶っている、恐ろしいところでな……。ところがその王子は何食わぬ顔で城で朝食を食べた! さて、ここで問題じゃ。この王子様はどうやって城へ戻れた?」



「そりゃ、戻れるさ。城を出ていくときもこの地下通路を通って外へでたんだろ?」


「なんじゃつまらん小娘じゃの。さて、着いた」



 川は鉄柵で遡れないが、その隙間を爺さんと俺は何とか徒歩で通り抜けた。

 着いた、と言っていたわりに暫く歩き、臭いのきつい地下広間にでた。



「爺さん、行き止まりのようだが?」

「ふぉふぉふぉ。覚悟せいよ、ボルドの麒麟児」



「爺さん私を知っているのか?!」

「そりゃ、有名人じゃからな。今日はどっちかというと『闇夜の首狩り族シャドウハンター』の力を借りたいの」



 滝のように流れる源流の横を潜ると石と石の隙間に小さな鉄扉がみえた。



「簡単に説明するぞい。ここは一連の情報源、きな臭い連中のアジトじゃ。主犯は留守じゃが、最奥の研究室におぬしの知り合いのジャンキーに怪しげな薬を作らせておるらしい。おぬしはアレックスを救い、道中、狩れるだけ狩れ。儂らは更に奥の城への道を辿り、主犯の後を追う」


「アレックスがいるのか?! ……儂ら?」



 俺の後ろに気配を感じ、振り返ると頭巾をかぶり、顔を隠した二人が頭を垂れていた。

 爺さんはいつの間にか黒塗りの短剣を片手に持っている。



「突入後すぐに灯りをすべて消す。ここにいる者は夜目があるので安心して首を狩れ」



「今更大義なんか聞いてもしょうがないし、爺さんを見抜けなかった時点で私の負けだ。今回は手を貸そう。ただ、人殺しは極力しない」


「ふぉふぉふぉ。甘ちゃんじゃが嫌いじゃないぞ」



「それは褒められているのかな。爺さん、気を付けろよ?」


「誰に言っておる、さっきの王子は儂の若い頃の武勇伝じゃ。死ぬわけなかろう」



 舌をベロっと出した爺さんは頷くと扉はゆっくりと開き、3つの影は瞬時にもぐりこんで消えた。

 中が暗くなるのと同時に至る所で短い悲鳴が響く。



「さて、アレックス。なぜ君がここにいるのかわからんが……ティナを悲しませるようなことはするなよ」



 俺はアイテムボックスから黒塗りの弓矢を取り出し、隠ぺいを自分に掛けた。

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