第24話 姉弟邂逅
Sideアレックス
「彼女の情報を仕入れてきたよ」
アルは目の前にちょこんと座ると楽し気に脚を揺らしている。
「何でそんなにうれしそうなんだい?」
「そりゃそうだよ。こういう傑物を探るのは楽しいさ。どこへ行っても彼女の爪痕というか残滓が残っていた。とんでもない存在感だよ」
アルが計算なしに人を褒めるのは珍しい。
しかも早く続きを話したくて仕方が無いようだ。
「あの騎士団長とガチンコした噂は本当なのかい?」
「もう少し前から語らせてくれるかな。でもそのマーカス? っていう人はなぜ彼女を使おうと思ったのかな」
「どういうこと?」
「ほら、興味湧くよね。彼女はジリアン・ブライ伯爵令嬢。まだ十五歳だ。ブライ伯爵家は俗にいう武家で、辺境や他国には名前は売れているけど国内はさっぱりの弱小伯爵家だよ」
ジリアン……ジリアン・ブライ?! あの男の依り代じゃないかっ!
「あれ、アレックス、知っているの? 顔色が変わったよ」
「え、あ、もちろん。私の父と姉の寄親の息女だからね」
アルは苦笑している。これだけの大物が寄親にいるなら当然情報も敏いはずだ。
「……僕の情報必要なさそうだね」
「い、いや、聞かせて欲しい。親は寄子といっても騎士爵だから私は関係ないし、ずっと故郷と連絡を取ってなくて何も知らないんだ。精神がイカれていた期間が長くて
「ふーん。そうなんだ。……彼女はその武門血を色濃く継いでいるみたいだね、それに絶世の美少女としても有名!」
容姿端麗とは知っていたが、戦闘能力が高いというのはどういうことだろうか。彼の持ち込んだチートはいかがわしいものばかりで、少女のポテンシャルは所詮、少女なりだ。
「最初に彼女が有名になったのは十三歳の社交場だね。王族が参加しているお披露目舞踏会のとき、来場している貴族子女の中から王女なら令息を、王子なら令嬢をダンスに誘う遊びがあるんだ。……彼女はなんと! その美しさで第四王子に見初められ踊り切ってしまった。聞いたところによると王族は猛練習しているから皆、踊れるらしいけど、大半の田舎貴族は完走できないんだって」
「完走できない?」
「この国の踊りは“舞踊”って他国から呼ばれるくらい独特で難しいって聞いたことあるよ。でもね、彼女の凄さはそこじゃないんだ!」
彼の興奮はよく伝わる。大きな目がさらに見開かれ私を映すぐらい真っすぐだ。
「踊り切った者には褒美が与えられるんだ。十三歳らしい可愛らしい褒美を所望するのが礼儀みたいで、女子なら“白馬に乗りたい!”とか“お城から街を眺めたい!”とか、そんなやりとりを誰もが想像しただろうなぁ。くくく」
「違ったの?」
「ああ! このくだりは流行の戯曲にもなったくらいだからね。本当に知らないの?」
首を振る私を驚かせたいのか、彼は挑発的にいった。
「なんとなんと! 王子の母親を
「王子の母……王妃?」
「あははは! そうそう! もう傑作だよね。第二王妃の彼女は傾国の麗人と言われるほどの絶世の美女だ。絶世の美少女が美女、しかも王妃を褒美にねだったんだ。もうわけがわからない」
アイツは変わっていない。何年経っても女好きのままだ。
「対する第二王妃は立ち上がるとヒールを飛ばして彼女の手をとり、喜んで躍ったそうだよ」
「王妃がそんなことを?!」
その後のアルは目を輝かせながら床に降りるとクルクル回る。
「僕にはよく分からないけど、王妃は彼女とのダンスで“イった”んだって、もっぱらの噂だ」
「ええ!?」
踊りでイカせた? いや、自分でイったのか?
王妃が? チートが活きているのか? 性感帯が分かるようなものはあっただろうか……。
まさか、まさか、そんな! いや、いや、他にはない。
「アレックス、汗かいてどうしたの? 顔が真っ赤だよ」
「な、なんでもない……」
1錠百万だったか、惚れ薬生成チート……。
効果時間は20分しかない。でもどうやって王妃に飲ませる?
対象は分子構造で変数をいじれば人妻でも問題なく効くが……。
「おーい、続けるよ? 彼女は舞踏会で大注目を集め、様々な貴族との交流が始まる切っ掛けになったんだ。……噂だけど彼女に惚れている
「じょ、女子?」
「逆に男子からは婚約者を奪われたっていわれているらしいよ」
中身が男なら当然だろう。それにしても体が女でも女好きになるのか?
……よく考えたら私はどちらもヤリたくてたまらない。
変態は私だった。
「へぇ、それと騎士団長に喧嘩売る人とは同一人物とは思えない。団長は女と聞いたけど」
「うん、だから違う噂があってね、王都に来た理由も貴族学院の受験のためだから、騎士団は彼女の兄に会いに行ったのかも」
「貴族学院って……あの貴族学院?!」
貴族学院はエリート中のエリートしかいけない最難関校だ。
平民でも入れる士官学校と違う。
その貴族学院の入試問題を、なぜかマーカス卿は知っており、私に見せてくれたことがあった。
特に物理と数学は私でも手が出ないほど。
学者が楽しむような難問ばかり。
とうてい私では合格できないし、したくない。ああゆう問題を作る秀才って、受験者を見下し合格させる気がないのがわかる。
そのとき私は怒りと反感しか覚えなかった。
「そうだよ。競争倍率百倍! この国の官僚を作り上げる養成所だ。彼女はそこを受けに来た」
「……そうか! それで落ちて騎士団に受けに行って……なんで笑っているんだい?」
アルは手をひらひらさせて楽しそうに話し始めた。
「彼女はね……貴族学院に合格したんだよ! しかも過去最高得点の満点、当然首席さ」
な、何が起こったの? アイツが首席……AIでもなければ解問チートは使えない。
統計なんて電卓がないから今より難しいし、幾何も応用は頭が良くないと解けないだろう。……なおさらレベルでゴリ押しする必要がある。要は個の能力が必要不可欠だ。
個の力? ……もしかして私、勘違いしていたかも。
……intelligenceじゃなくて”知力”じゃない? あのオッサンの年代なら”INT”より”知力”といじったほうがしっくりくるのでは?
アルがいろいろと喋っているが、私はそれどころじゃない。
「ス、ステータス」
名前 :アレキサンダー・アンブロジーニ(愛称アレックス)
生まれ:1689年生まれ15歳(男)
続柄 :アントニオ・アンブロジーニ騎士爵の長男
種族 :ヒューマン
職業 :軍人・ジャンキー(中毒者)
状態 :虚弱
知力 :”68”
スキル:調合5/土魔法5/回復魔法5/性技4/鋼糸術4/睡眠魔法4/身体強化4/生存技術4/採取4/交渉3/錬金2
ギフト:不老/調薬/奇策妙計/解析/毒耐性/麻痺耐性/催眠術/看破/雌雄
性 格:独創/冷徹/妄想癖
称 号:『ドラックマスター』『ゴーレムマスター』
「出た!」
「え? アレックスなに?」
「い、いやなんでもない。それで彼女とどう接触すればいい?」
私は自分の至らなさをこの知力の値で納得した。
これで私は再出発できる!
能力が分かれば強くする勉強方法が理解できる。
この気持ち、本当に久しぶりだ。
「どうやら上の空のようだね。接触は簡単でしょ? お姉さんが側仕えなんだから」
「あっ! そうだね、こんなに身近だったんだ……」
「そうだよ、羨ましい。僕がサインもらいたいぐらいだよ」
アルは話したいだけ話し、足早に去っていった。
私は途中からステータスに夢中になってしまい、次々と突破口が開いた。
充足しはじめた生活にアイツは必要ない。
もっとステータスや自分の力を知りたいし、正直、それが分かれば軍人になる必要すらないかもしれない。
明日、皆に不良の件は別案にするように相談しよう。
「アレックス
「あ、お帰り、ジュリー、帰っていたの?」
「とっくにね。どうしたの?」
「あ、ああ、ちょっとね」
どうやら耽っていて、陽が沈んでも彼女の帰宅に気が付かなかったようだ。
私は彼女との会話も面倒で、自分の部屋に籠りたかった。
「つれないわね。ほんのちょっとでいい、話してみて?」
私はステータスの件を誤魔化すようにアルから聞いた話を彼女に伝えた。
「アレックスは知らなかったの? マーカス卿はあなたが寄子の子息だと知っていたから名前を出したんじゃない?」
「そ、そうかな」
「そうに決まっているわ。彼は昔から貴族嫌いで有名だもの。それを適材だからって導くはずがないわ」
「君もそう思う?」
「ええ、思うわ。会うだけあってみたら? 別に断られたっていいじゃない」
ジュリーの助言はいつも的確で、そう思えてくる。
断られたって何か私が損するわけじゃないし、彼というか彼女は私が転生者とは知らないはずだ。
姉に会えてからでも作戦変更は遅くない。首の後ろがヒクつく。
「そうだね、姉に連絡してみるよ。ブライ家の屋敷ってどこにあるのか知っている?」
◇◇◇
家はすぐにわかった。
アイドルの追っかけのように家の周辺に何人もの女子が待ち受けているのがみえる。
「なんなんだあれ」
数時間後、裏の使用人の出入口で張っていると、やっと姉らしき女性が出てきた。
私が戸惑って見ていたら、彼女が私を見つけたらしい。ドタドタと大きな胸を揺らしながら近づいてくる。
「アレックス!」
「ね、姉さん」
ぎゅっと抱きしめられ、半泣きの彼女はマジマジと私を見た。
「アレックス、よく来たね! 歩けるようになった、って聞いて」
「随分前だよ。ティナ姉さん……」
腕を引かれて姉が出てきた門から家の中に案内してもらった。
「姉さん、用事はいいの?」
「気にしない、今はあなたの話を聞かせて?」
使用人室に連れて来られると、大して美味しくないお茶と歪な塩クッキーが出てきた。
間違いなく彼女の自家製だ。
「何年ぶりかな、あなたが歩けるようになったって聞いたときは……う、ううううわわわわん」
なんて泣き方なんだ。姉が目を擦る袖を見るとテカっている。まるで子供だ。
彼女が側仕えで通用するのは彼だからかもしれない。
私は彼女に探りを入れながら、辻褄が合うようにここまでの軌跡をなぞる。
薬を売ってそれなりに儲かっていることや、自立して恋人と一緒に暮らしていること、軍人になるべく士官学校に通っていることなどを話した。
「アレックス、お姉ちゃんのところに来たのは何か用事があったの?」
「う、うん。大したことじゃないんだけど……姉さんが仕えるお方に一度会ってみたくてね」
その言葉に喜色をいっぱいに浮かべたティナははしゃぎながらいった。
「嬉しい! ぜひジル様に紹介させて頂戴! 絶対にあなたのこと気に入ると思う」
その後はとんとん拍子に面会というか夕食を共にすることが決まってしまった。
主の許可なく姉が決めていく姿をみると、あの男は寛容なのか、この女に惚れているか弱みを握られているのかもしれない。
「姉さんありがとう。またね」
お人よしな彼女を騙したみたいな気持ちになったが、とりあえず食事の約束は取り付けた。……一人で来い、とは言われていないが……誰か仲間を誘うべきか。
帰ってからジュリーにその話をすると食いつきがすごく、同行を懇願してきた。
私があえて渋ると、今までやったことのない、試したこのない夜の営みを、私が降参し頷くまで繰り返し攻めてくる。
愛おしさに加え、超絶な指技と自在に動く舌に腰は砕け、息は絶え絶えになった。
駆け引きはしてみるものだ。
そして、食事会の夜がやってきた。
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