第13話 準備万端
sideジル
「では問題です。金貨三百枚以内で買えるだけ家畜を買ったとします。
よくネット小説やラノベでは学院入って俺頭いいー! になるのが定番である。
出題される問題は小学生程度や出ても中学生レベル。
声を大にしていいたい。そんなことは断じてないのである!
例えば数学は高校、大学レベルだ。……「我思う、ゆえに我あり」ということで数十年前に座標が登場し、それ以降関数は発達。代数は一般的だし、四則演算はフル活用。
幾何学は領地の統治政務で普通に使う。賭博から発展した確率論は現代とまったく変わらない。
よく考えれば当たり前。経済は完全に数学だし、戦争は物理だ。
物理も魔法の存在を無視すればこじらせレベル。外国語も挨拶だけなんていかない。
アオハル、学園バトルなどしている場合ではないだろう……。帰りたくなってきた。
ていうかここは俺の家だ。
小、中学生の学力で城や家が建つはずがないのである。
ご都合主義のラノベ被害者がここにもいた。
「……はい、よく解けました。次は―――」
夜中に予習と復習を進めていかないとまったく追いつかない。
そして一番の問題はこの女である。
「ジルさん、この問題、明日までに解けるように。それとここ、解法が書かれていないわよ。勘で代入? 解いたわね? 罰として類似計算式を千問用意したわ」
「ぐぉおお!……ちょっと厳しすぎないですかね? 先生」
「厳しい? これが厳しいと? 小娘の戯言として今回だけは聞き流すわ。ようやく貴族としての社交儀礼を辛うじて最低限、覚えた程度のちびっこヒナがそういうことを真顔でいうの? 冗談はよして。恥の上塗りよ」
「このドS女ぐぁがぁぁ……」
「あら? こころの声が漏れまくっているわよ? 無駄口叩く余裕があるなら早く解きなさい」
朝から晩までこの調子である。心配したティナや両親が止めに入ることもあるぐらい、食事も惜しんで勉強漬けの日々を過ごした。
学生のときは一体何をしていたのか分からなくなるぐらいの物量と応用。
「解くのが遅い。出題者の意図を先読みなさい! 百問追加」
「くそっ! 鬼畜がぁぁぁ! 覚えてろよ!」
「覚えてろよ? 随分安いセリフね。罰として明日までに教科書を暗記してくるように」
「あああああ! 畜生! なんの罰だかわかんねぇー!」
「口答え、下品な口調は厳罰よ。さらに百問追加」
「か、勘弁してください」
「しょうがないわね。五十問だけでいいわ」
「やったぁ! 先生最高!…………あれ? よろこぶところだっけ?」
理不尽な授業は続いたが、息抜きの狩りや解体のお陰で武力も上がり、スキルも増え、耐性がついた。
新しいギフトの“学習応用”があらゆる場面で役に立っているのかもしれない。
こうして俺は貴族的な思考や学力、精神力を極限まで鍛え、
「最終問題も……正解。よくやったわ。これならなんとか貴族学院も合格できるでしょう。お疲れ様」
「いやったたたたぁぁぁ! 先生! やったよー!」
バシッ!
「調子に乗らない! どさくさに紛れてお尻と胸揉んだでしょ。このスケベ」
「感動で抱きついただけじゃないですか」
「なんで抱きつくだけなのに揉むのよ。まあいいわ。今日ぐらい許してあげましょう」
俺はこの一年、先生との距離を縮めるため、あの手この手で口説いてお触りしてきたのである。『スキンシップも度を超すと、もはやそういう関係なんじゃないか』作戦と呼んでいる。
「じゃぁ、お祝いをしませんか? 先週最高の肉を手に入れて、食べごろなんですよ」
「ん……そうね。いいわよ。そうだ! 貴女の次はリディア嬢の家庭教師も頼まれているし、彼女も呼びましょうか」
「妹ですか?! 絶対にダメです! あいつは悪魔なんです! 必ずぶち壊しますよ!」
「うふふふ。本当に仲がいいわね。羨ましい。リディア嬢は貴女にそっくりでかわいいじゃない」
なんてことを。まったくアイツの恐ろしさが分かってない。ブライ家一の小悪魔、小悪党なのに!
こうして俺のお膳立て、先生とのイチャイチャ時間は露と消え、隣には小悪魔、その前にはストーカーが座っている。
「ジリウスくんもリディアちゃんと一緒だったから誘ったけど良かったかしら?」
「先生、そいつはこの日を虎視眈々と狙っていた究極のストーカーです。誘われやすい位置に立っていただけですよ」
「あら、そうなの? ところでジリウスくんは誰の追っかけなのかしら」
「……う……ジルねぇ」
「まぁ! ジルさんモテモテねぇ! こんな小さな騎士様も貴女の虜よ?」
「モッテモテ! モッテモテ!」
酒を飲んでいないはずなのに弟の目は座り、俺の全身を視姦でもしているかのように睨め回してくる。無言の圧が怖い。
妹は早速、この会をぶち壊し始めてきた。
「ココ先生、彼氏いますか?」
「え? お、おいしい! これどうやって作ったの? 普通のボア肉よね?」
「それは……熟成といいまして――」
「あれぇ、彼氏いないんだ。女の人は好きですか?」
「ぶぶっ!」
「先生に向かってなんてこというんだ!」
「エロ先生」
「ココよ」
「リディア、ジリウス、もう少し大人しく食べられないのか!」
「お姉ちゃんなに気取ってんの? 先生のパンツ、クンスカしたい、って言っていた癖に」
「ひひひ……クンスカ!」
「こらっ!」
「うひぃひひ……クンスカ先生」
「ココよ」
「ジリウス、あんた邪魔。今日、お姉ちゃん、ココ先生の部屋に忍び込むつもりだからつけ回しても無駄よ。早く寝なさい」
「邪魔?」
「……ワ、ワイン頂こうかしら」
「ほんとおこちゃまは空気読めないわね。お姉ちゃんと先生はこの後、両親みたいにいかがわしいことをするのよ。あんたよく覗いているけどその中に入れる?」
「……むり…」
「まったく。これだからおこちゃまは」
「せ、先生……ど、どうぞ。これ、おいしいですね……あはははは」
「あ、ありがとう」
夜も更けると最後までテーブルに齧りつき離れない弟をメイドが連れて行き、騒がしかった妹はいつの間にか先生の膝枕で寝てしまった。
「先生、二人がすみません」
「いいのよ。かわいい妹弟じゃない。私が欲しいくらいだわ」
「冗談ですよね? なんなら私が妹に――」
「ふふふ。あなたもかわいいわ。おやすみなさい」
先生はリディアを抱き担ぐと部屋へ帰っていった。
俺はなぜか嬉しくなって、残ったワインに二言三言話しかけると、部屋へと戻った。
◇◇◇
いよいよ試験を受けに王都に旅立つ日がやってきた。
エルの稼ぎがよく、向こうでの滞在費などはすべて賄うことができた。
噂によると隣接の領にまで手を伸ばし始めたそうだが、俺には詳しく語らない。
エルがそう判断したなら任せたほうが上手くいくだろう。折角うまく回っているのだ。
だが問題もあった。
「お供ってティナだけですか?」
「甘えたこと言わないの。試験受けるだけじゃない。胸張っていきなさい」
「我がブライ家は宮廷貴族どものような軟弱な貴族ではない。共など要らぬ、なぁ、母さん」
「ええ、そうよ、立派に武門としての錦の御旗を立ててらっしゃい。宮廷貴族など粉砕すればいいのです」
「はぁ……お世話になるスレーター公爵様も宮廷貴族ですが……」
「「……」」
宮廷貴族嫌いがこぞって俺を敵地に送り込もうとしている気がするが、ここは気にしないことにした。
「エル、ここは頼んだよ」
「はい! お任せください、ジル様の御威光を知らしめるための組織は今のところ順調に育っています。お帰りの頃には強靭な絶対的盲信組織ができていることでしょう」
「お、おう? 普通でいいよ? ココ先生。いってきます」
「とても立派だわ。結果は気にせず楽しんでらっしゃいな。ティナちゃんをよろしくね」
「はい!」
「しっかりと学んで来い」
「不合格ならすぐに帰ってくるのよ?」
「父さん、母さん、ありがとうございます。いってきます」
ぐずる妹と泣き出す弟、寂しそうな先生や慟哭するエル、他の使用人たちに見送られ俺とティナは馬車に乗った。
一七〇三年 春、エルとココ先生の知性二枚落ちの状態で、うっかり八〇衛ことティナだけを共に伏魔殿養成校に殴り込み、いや受験しに出発した。
移ろう季節、異世界にきて八年の刻が過ぎようとしていた。
一章完
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