第5話 海賊令嬢の品定め②

 イアン少年に連れられ庭園に入る。ゴンザーガ侯爵邸の庭園なので私が案内するのが筋とも思えたが、緊張している彼にそれを言うのは憚られた。


 彼は一言も発する様子がないので、私から何か話そうとしていたら、急に彼が振り返り謝り始める。


「す、す、すみません。ゴンザーガ侯爵令嬢! 不躾に手を握ってしまって……」


 緊張し過ぎて話題を振るなどの気遣いができていないことを除いて礼法に反することはない。

 どうやら彼は自分が誰かの手を握ることで相手を不快にすると思っているようだ。

 少し他人行儀すぎるように感じて私は少し不快な気分になる。


「アイリス」


「え?」


 名前で呼ぶよう促すつもりだったが、上手く伝わらなかった。だから言い直す。


「アイリスと呼んで。私と貴方は婚約するのだから」


 私の言葉を聞いてイアン少年は目を丸くする。私たちが婚約することは、両親たちの様子を見る限り決定したに等しいのだ。そんなに驚くことでもないように思える。


「ア、アイリス様は、こ、この話が嫌ではないのですか? 相手はボクですよ?」


 イアン少年は自身のことを卑下しているように見える。理由は容姿だろう。しかし、それは私にとって意味のないことだ。だから、それをきちんと伝える。


「この話は父であるゴンザーガ侯爵がゴンザーガ侯爵わが家に利益ありと判断したもの。当事者である私が拒絶すればなかったことになりますが、まだ私には貴方を否定するほどの理由はありません。故に私はこのまま話を進めても良いと考えています。貴方は私との婚約は嫌ですか?」


 私の考えを伝えたのはいいが、最後の方で少し弱気になってしまった自分に少し驚いた。私はこの少年のことが気に入り始めていたらしい。


「私、イアン・ネヴェルスはアイリス・ゴンザーガ侯爵令嬢に結婚を申し込みます。貴女のそばで貴女のために生きることを許して頂けないでしょうか?」


 そんな私の心を読んだかのようにイアン少年、いや、イアンはプロポーズの言葉を述べる。その表情には何か強い意志を感じる。

 ここまで言わせたのであれば、応えぬ訳にはいかないだろう。


 私はイアンの右手を取り言葉を返す。


「私、アイリス・ゴンザーガはイアン・ネヴェルスの申し出を受けましょう。貴方の願いを受けるに値する者であり続けることをもって、その証と致します」


 私は一つのメッセージを今の言葉に隠す。イアンの願いに値する人間になる。これは、表面ではなく内面の話だ。イアンは表面を気にし過ぎているように思える。でも私にとって大切なものは内面。これを言葉にしてしまうと表面だけの薄っぺらいものになってしまいそうだから言わないことにした。いつか伝わればいいと思いながら私はイアンの手に触れる指先に少しだけ力を込めた。

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