第15話:希望へのアジテーション・前編

早朝の領主邸で満面の笑みで長テーブルに座り、特上のステーキを頬張っている領主がいた。

やっと自分の人生を狂わせた憎き仇敵、カイルを捕まえて処刑するのだ。

いつも食べている特上ステーキがいつもの何倍も美味しく感じる。

「やはり私の天才的な知能を持ってさえすれば、冒険者などに頼まんでもよかったな」

隣に控えている執事に自慢していた。

この執事は私が退治するという意見に反対し、あまつさええ使えない冒険者を利用することを提案したのだ。

普段ならこんな奴を生かしてはおかないが、今日の私は気分がいい。

そう思っていると私兵から緊急の連絡が入った。

「領主様。森の奥から不審な火が見えております。恐らくカイルどもの残党が拠点で焼いて逃げたと思われますがいかがいたしましょうか」

領主は肉の味を噛み締めながら考える。

「そこは本当にカイルの拠点なんだろうな?」

「はっ!現場に到着した兵士の証言によりますと、カイルが使っていた持ち物や装備が見つかったため間違いないとのことです!」

拠点を焼いたということはよっぽど焦っていたと見るべきか、それとも仲間の足跡を消すためか。

どちらにせよ、燃えたばかりの拠点から残党は遠くに行けていないだろう。

「予備の兵士を投入し、その火元付近を探せ!誰であろうと周囲にいる者は、カイルの仲間と見なし、殺害を認める!」

領主の命令を受けとった兵士は慌てて退出していった。

恐らく仲間はの捕縛は今日行われるカイルの処刑に間に合わないだろう。

だが、自分をコケにしたことは絶対に許さぬ。

捕まえたらカイルの晒し首を見せつけ、絶望させながら処刑してやる。

そして残虐な盗賊団を討伐した偉大な領主として、私は再び支配を安定させるのだ。

そんな未来を望み下卑た笑い声を上げながら、ワインでステーキを流し込んでいくのだった。


その頃、領主邸の地下牢。

カイルは両手を鎖で固定され、吊るし上げられていた。

まだ十分に毒が抜けきっていない身体にはいくつもの傷跡があり、拷問をされたことを如実に示していた。

だが、カイルはそんな些細なことを気にしている余裕はない。

ノドカたちは無事に拠点へ戻れたのだろうか。

追手に捕まっていないだろうか。

恐らく地下牢に居ないから、捕まってはいないのだろう。

願わくば、他国へ落ち延びて欲しい。

入ったばかりのカーラとケイトに頼り切った自分が惨めだ。

いやカーラとケイトをパーティーに入れたのは、今のような状況を想定してだから、問題ないじゃないか。

そんなことばかり考えていたら、私兵らしき人間に処刑台まで連行された。

この処刑台は領主邸の正面にある広場に作られており、その周りには大量の群衆で埋め尽くされている。

そして領主邸の壇上には首を置く断頭台があり、横に処刑執行人とニヤニヤ笑っている領主が立っている。

俺は処刑台に登らされ断頭台に頭を置かされる。

逃げられないよう俺の身体を5人がかりで押さえつけられている。

「私は誇り高き貴族だからな。最期の言葉を聞いてやろう」

自分の髭を触りながら領主が質問してきた。

「貴様のようなゴミ貴族がこの世から消えさってくれることを願う」

鼻で笑いながら俺は答えた。

しかし領主は顔色一つ変えず、言葉を繋げていった。

「ふんっ!まだそんなことを言えるのか。ならず者というのは存外しぶといものだな」

そして領主はわざと今思い出したかのような顔をして衝撃のことを話した。

「そういえば森の奥で火が上がったらしいぞ?我が領地に居つく不届きものは、貴様と同じ運命を辿らせてやるから安心しろ」

領主は勝ち誇った顔をしていたが、俺はそんなことを気にしていられない。


俺たちの拠点が見つかった?燃やされたのか?

それなら、あそこに逃げたはずの皆は生きているのか?

そんな心配の感情と共に、仲間がピンチの時に俺は一体何をしているのかという怒りも湧いてくる。

できることなら助けに行きたいが、こんな身体ではそれも叶いそうにない。

「これより盗賊の頭、カイルの処刑を行う!!」

そう言って俺の近くにいた領主は処刑台から降り、代わりに大斧を持った処刑執行人がやってきた。

領主は俺の処刑を1番いい場所で見るため、処刑台の正面に作らせたであろう観客席にどっしり座った。

処刑執行人が大斧を処刑台に引き摺りながら、俺の隣までやってくる。

俺もここまでか……。

俺の頭の横まで来た処刑執行人が、大きく斧を振り被ったその瞬間。


「嘘ばっかり吐かないでください!変態男が!」

俺の処刑を見守っている群衆の中から、聞き馴染みのある叫び声が聞こえた。

それと同時に、俺の横にいた処刑執行人が何かの衝撃で後方に吹き飛ばされる。

俺は何事かと思って顔を上げると群衆の中にソフィアが、処刑執行人がいた場所にはカーラが立っていた。

無事だったのかと安堵すると同時に、なぜここに来たという怒りが湧いてくる。

「カーラ!なぜ戻ってきた!?今すぐアイツらを連れて逃げろ!!」

毒のせいで俺の声はあまり出ていないのであろう、恐らくカーラにしか聞こえていない。

カーラは少し俺を見て笑った後、また群衆の方に目をやる。

その中でソフィアは群衆に向かって問い始めた。

「あの領主は多くの人を傷つけた大悪人です!!いつまであの方の言うことを聞いているのですか!?」

カイルの仲間が出現したことに驚くより先に、自身を侮辱したことに激高した領主は、すぐにソフィアを黙らせようと私兵を向かわせた。

だが私兵たちは動き出す前に全てカーラに殴り飛ばされて鎮圧されていた。

群衆は領主とは反対側にいるソフィアに気を取られ、私兵が動いたことを知らない。

「おいおい、どうなってんだ?」

「ウチの娘も捕まっていたわ。けど……」

「俺たちじゃ領主に逆らえねぇ……」

ソフィアの言葉を聞いた群衆からは戸惑いの言葉がポツリポツリと出てくる。


それでもソフィアは言葉を続ける。

「この街の兵士となった人の知り合いの方は、今彼らがどこにいるか知っていますか?森で襲われたという木こりたちが、どこで亡くなったか知っていますか?」

それを聞いた領主は、顔を蒼白にさせながら身近に居る私兵に叫ぶ。

「あの女の口をいますぐに黙らせろ!!殺しても構わん!!」

だが、領主の行動は少し遅かった。

「今、ほぼ全員が亡くなっています。あのようにね!!」

そう言ってソフィアが、処刑台を指さした。

今までソフィアの方を向いていた群衆が、一斉に俺のいる処刑台へと向く。

そこには先ほどまでなかった大量の人骨と生首、亡くなって間もない兵士の遺体が遺品と共にあった。

民衆の多くは誰の物か分からない遺体や遺品を不審な目で見ていたが、そのうち戦慄く声が聞こえてくる。

「あ、あ、あれは私の息子……?」

「違いねぇ……アイツはいっつもあのピアスを付けてた……」

「これは私が彼にプレゼントした手袋……」

だんだん群衆が、置かれた遺品や遺体の意味を分かっていく。

群衆の中には、それらの遺物を確認しようと処刑台に登る人までいた。

必死に領主はソフィアと群衆を止めようとするが、カーラに邪魔されてそれも叶わない。

その間にもソフィアは群衆を囃し立てていく。

「これらを見つけたのは領主邸の隠し地下通路、それと」

ソフィアの言葉を遮るように領主邸の1階の端が突然爆発して、壁の一部が崩れ群衆の目はそこに釘付けになる。

そして崩れた壁の中から10人くらいの美女たちが、金銀財宝や人骨を持って出てきた。

この美女たちは何を隠そう、領主によって囲まれていた愛妾たちだ。

いきなり出てきた美女たちが、群衆に助けを求めながらやってくる。

そして美女たちは次々と証言した。

「私たちは、領主の男に何年もの間捕まっていました!」

「今持っている遺骨は父親のものです!」

「このネックレスは私の母様から送られてもので奪われていました!」

愛妾たちは力いっぱいに自分たちが受けたことを証言していく。

「くっ!あの女たちも」

「こんなことをされても、まだあの領主に付いていくのですか!?今立ち上がらねば、ずっとこのままですよ!?」

領主の言葉を遮り、トドメとばかりにソフィアが叫ぶ。

今ソフィアの声を聴いている群衆は、今まで領主に押さえつけられた町民ばかりだ。

普段から横暴な態度や重たい税で不満が溜まっていた上に、前回の木材倉庫の事件をもみ消されたことは多くの町民が知っている。

それでも耐えていたのは、皆が集まる場所と怒りが爆発する場所が無かったからだ。

だが今回は処刑場に皆が集まり、怒りを爆発させようと訴える人がいる。

群衆の怒りが一気に噴出していく。

「敵は不正貴族!!私と共に戦いましょう!」

ソフィアがそう言い切ると、剣を引き抜き領主へ向かっていった。

どこからどう見てもドレス姿の少女が、真っ先に領主へ立ち向かっていくのだ。

それに勇気づけられた群衆は、ソフィアと一緒になって領主に反抗を開始した。

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