第20話 四つの道

 ラクダが二頭。ルドヴィカとシェランをのせて。

 シェランもだんだん乗り方が慣れてきた。それをほほえましそうにルドヴィカが見守る。

「ここだ」

 荒れ地の道。その道は十字路になっており、何か石碑みたいなものが立っている。十字路の真ん中にまるで木のように。

「ここは、『絹の十字路』っていうんだ」

 石碑をぽんぽんとたたきながら、ルドヴィカは説明する。

「あっちが、タルフィン王国の都」

 先ほど来た、西の方向を指す。

「で、あっちがシェランが来た大鳳皇国だ」

 今度は東の方。シェランはじっと目を凝らす。この先、はるか彼方に自分がかつて住んでいた国がある――

「まっすぐいきゃぁいい。いくか?いくなら――ついてやってもいいぞ。一緒に」

 ルドヴィカがそう、つぶやく。

 少しの沈黙ののち首を振るシェラン。

「――そうだな、いまさら、だな。ただ覚えておいて。本当に苦しいときには教えてくれよ。ほんとお前のことが心配だから」

 シェランはルドヴィカの言葉に静かにうなずく。

 ルドヴィカはそれを見て安心そうに微笑む。

「北と南の道はどこにつながっているの?」

 ああ、とルドヴィカは答える。

「北の道はいくつかの山を越えて、草原にいたる。どこまでも平たい草原が続いて、町はない。ほら、以前出くわした『トゥルタン部』の連中が住んでいるところさ」

「へぇ~」

「連中は羊を飼い、移動しながら生活する」

「家はどうするの?」

 にっとルドヴィカは歯を見せながら答える。

「家は――移動と一緒に持ち歩くのさ」

「家を?」

「家って言っても、テントみたいなものさ。まあ、バラックみたいな感じかな。一日あれば建てられる。遊牧だからな。羊の食べる草がなくなったら家族ごと引っ越しするのさ。移動は馬だ。だから連中は馬の乗り方がえらくうまい」

 シェランはこの間のことを思い出す。たしかに自分の手足のように騎馬を扱っていた。

「私にはわからないなぁ......引っ越しは嫌いだけど」

「それは文化の違いだな。何が好きか嫌いかはそれぞれさ」

 遠い目をするルドヴィカ。シェランはそれをじっと見つめる。自分より年下なのに、なぜか大人びて感じられた。

 シェランは南の道を指さす。

「――あっち、南の道はどこに伸びているの?」

「南の道は途中で分岐して西へと向かうんだ。海や大きな湖にも突き当たる」

「その先は?」

「オウリパ、っていう地域を聞いたことがあるか?」

 オウリパ、聞いたことがある地名だった。

 その地にある帝国が大鳳皇国にかつて使節を遣わしたという記録。その帝国の領土は大鳳皇国にも匹敵し、繫栄しているという話であった。

 その国の人々の肌は白く、眼は青くそして髪はまるで黄金のように金色だったと――

「私もそっちの出身でさぁ」

 ルドヴィカがシェランの視線に答えるように、口を開く。

「両親も商人だったらしい。妹もいた――覚えていることはそれだけさ。物心ついた時にはこの国にいた。スィヤームの爺さんのキャラバンに拾われなければ、この荒れ地の土になっていたはずさ」

 シェランは無言になる。普段は明るそうに見えるルドヴィカの過去。今の姿からは想像できない。

「わたしもよく覚えていないんだけどな。でも、オウリパの人たちは香辛料をとにかく好きで、同じ重さの金と交換してくれる」

 へぇーとシェランはため息を漏らす。

「自分たちで作んないのかな?」

「多分、栽培できないのさ。だから私たちがそれを運ぶ。当然、命がけの運び屋さ。ラクダで隊商を組んで、砂漠を荒れ地を山脈を乗り越えて――盗賊に会う時もあるし、嵐や流行病に被害を受けることもある。その労苦に対する報酬と考えれば金塊も悪くはないと思うけどな」

 指でわっかを作るルドヴィカ。彼女なりの職業的な信念というものなのだろう。

「大鳳皇国からは何を運ぶの?」

「そりゃあ、絹だろうな。あれはあの国でしか生産できない。なんでも虫が糸を吐くらしいが――本当なのか?」

 ああ、とシェランは思い出す。

「蚕ね。そうだよ。よく父様が連れて行ってくれた。大きな蔵があってね、その中で虫、蚕って虫を飼うんだよ。桑っていう木の葉っぱを食べてね、育つ。こんな親指くらいの大きさで――」

「おいおい、勘弁してよ。虫は苦手なんだ――シェランは平気なのか?」

 きょとんとしてシェランは返す。

「なんで?毒虫でもないのに」

 かわったお姫様だなぁ......とルドヴィカは心の中でつぶやいた。どうもこのお姫様は、お姫様らしくないところが多い。それがまた、いいところだとも思いながら。

「あれ?」

 シェランが遠くを見ながら、声を上げる。

「なんか、こっちに近づいてくるよ」

 ぽつんと小さな物影がひつつ見える。ルドヴィカは身構えた。

 通常この道を通るのは隊商に限られる。それがわずか一つ――疑うのは当然であった。

 ゆっくりとその影は近づいてきた。

 この『絹の十字路』を目標にするように――

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