第7話 銀色の髪

 宴会を抜け出し、二人は王宮の廊下を歩いていた。

『皇女殿は旅のお疲れで発熱されたようだ。みなに含むところはない。これにて退席させていただこう。いくらでも飲んでもいい。王宮の酒蔵をすべて開放しよう』

 ファルシードの申し出に家臣たちは納得しながら、国王バンザイと歓声を上げる。

 若いとはいえ、よくよくものごとの分別がついているファルシードであった。

「国王、だからな」

 シェランの手を引きながら、そう冷静につぶやく。

「......ごめんなさい......」

 自分が戸惑っていることにファルシードが気づいて、配慮してくれたのだろう。ばつのわるさと、なにか貸しをつくってしまったようでやるかたないシェランであった。

「......わたしこそお披露目はまだ早かったのかもしれない。あなたの体調を無視していた。謝る」

 頭を下げるファルシード。身長はすこしファルシードのほうが高いのだが、いまはシェランの下に頭があった。

(素直に謝られても、これはこれでまためげるなぁ......まあ、助けてくれたのは嬉しいんだけど)

「早く寝るとよい。寝所まで送ろう」

 その瞬間にファルシードの顔が赤くなる。

「い、いや。その手前まで......あなたとはまだ結婚していないからな。侍女をつけよう。どうか大事に」

 そう言いながら、ファルシードは足早に消えてしまう。

 一人、不思議そうな顔をして天井を見つめるシェラン。

(なんで、手前まで......?それを恥ずかしがるのかな)

 ふ、と気がつくシェラン。

 夜。男女が寝所に。

 あー、そういうやつか。なるほど。言われてみると......まあ。

 ちょっとシェランのほほも赤くなる。

 いずれにせよ、好きでもない相手ではあるが思いやりの心があるのは幸いなことだ。

 相手は国王。その気になれば、どんな酷いことだってできるのだろうから。

 さらに、期待していた王妃がオールオブ無能ということがバレてしまったら......

 さきほどまでのなにかほんわかした気分は、どこかに飛んで消えてしまった。

 薄いドレスのせいで、ブルッと震えが来る。

「......寒いし、寝よかな。考えてもダメなことはダメだし」

 ぐうとお腹が鳴る音。何故か今頃になって食欲が復活したらしい。

 その夜、シェランは大事にとっていた都のお菓子を平らげ、眠りについた。父親と一緒に夕食を食べる夢を見ながら――



 後宮、というべきものなのだろうか。王宮の一角にそのスペースが設けられていた。

 十数人の侍女たちが居並ぶ。みな、幼い少女たち。どうやらシェランが降嫁することに伴って、新たに雇われた少女たちらしい。

『皇女さまって、どんなひとなんだろね』

『そりゃぁ......女神様みたいな人じゃない。皇国の絵本見たことあるよ。皇帝は龍の一族で空を飛び、その血を受け継いだ人たちはまるで神様のように神々しいらしいから』

『神様なのに神々しいのか......いずれにせよ、この国にはいないような美人様なんだろうねぇ。侍女に選ばれて鼻が高いねぇ。ばあちゃんが泣いて喜んでくれたし』

 侍女たちのひそひそ話をついたての裏でシェランは聞いていた。

 両手で頭を抱える。

 皇女でーす→なんだあのちんちくりん→権威失墜→強制送還

「これは、こまったぞ、こまったぞ......」

 自分に自信がないわけではない。しかし、『女神のごとき美貌』などと期待されてはその自信もあっという間に吹き飛んでしまう。

 ましてやこの銀色の髪。

 このせいでどれだけ都では品なく見られたか。父親があまり『龍鳳宮』に参内しないのも、そのせいだったのかもしれない。父親と一緒に王宮に行った記憶がシェランにはなかった。

「皇女様、皆おそろいです」

 中年の侍女がそういってうながす。

 驚いてシェランは腕を突き出した。

 ばたん、とついたてが倒れる。眼の前には侍女たちが立ち、シェランの方を見ていた。

「......え、えーとですね......」

 あー、終わった......と真っ白になるシェラン。きっと侍女たちはがっかりとしてこちらを......

 しかし、巻き起こったのは感動の歓声であった。

『あれが皇女様......』

『なんと美しい髪......』

『容姿もこの世のものとは思えない......』

 シェランは耳を疑う。

 まあ、容姿は化粧と衣装で遠目にはごまかせるかもしれない。

 しかし、『美しい髪』とは。

 眼の前の侍女たちの黒髪のほうがよっぽど美しく見えるのに。

「この国では金よりも銀を貴重とします。銀はあらゆる魔物を退ける、聖なる存在。皇女様の髪色はまさに守護神の象徴でございましょう」

 広間に響き渡る声。

 一同はそちらの方を見つめる。

 そこに立っていたのは――鎧姿の兵士であった。

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