第3話 少年王ファルシード=クテシファンとの出会い

 息を殺してシェランは柱の陰から見つめる。国王の人影が見える。それほど背は高くはない。そして、太ってもいない。手になにか書類のようなものを持って考え込んでいるようだった。

「こども――?」

 思わずシェランは声に出してしまう。

 黒い短い髪に、ほっそりとしたその体。明らかに少年の体型である。

 両手で口を覆うシェラン。

 しまった、ばれちゃう!と思いつつもすでに少年にはバレバレのようであった。

 少年はシェロンにかまわず、ゆっくりと歩みを進める。

 そして――王座にゆっくりと身を預けた。

「そこは、国王様の――って?!」

 シェランの声にかまわず書類をめくる少年。シェランはようやく状況を飲み込む。

 この少年がこのタルフィン王国の『国王』なのだと。

「はじめてお目にかかります。この国の王、ファルシード=クテシファンです。遠いところお疲れです」

 ファルシードと名乗った少年は書類から視線を話さずに挨拶する。口調は丁寧だが、あきらかに心がこもっていない感じである。

 むっとするシャラン。しかし、自分の立場を思い出し自己紹介をかえす。

「はじめまして、タルフィン国国王陛下。わたしは『大鳳皇国』の......」

 シェランの言葉を切るようにすっ、と右手を上げるファルシード。その顔は幼い感じが残りつつも、明らかに整ったものであり黒髪がその均整を強調しているようにも見えた。

「知っています。『大鳳皇国』の皇女殿下であらせられます朱菽蘭(ジュ=シェラン)さまですよね。遠いところご苦労さまです。お疲れでしょう。宿を用意しましたのでそちらでゆっくりとお休みください」

 事務的な、そして心のこもらない言葉。あまりの腹立ちになにか言い返してやろうと思った次の瞬間――

(あれ......?)

 眼の前が回りだす。いや体もなにか回転しているような気がした。その場に崩れ落ちるシェラン。ファルシードの声だけが最後の意識に――



「大丈夫ですか、皇女殿下」

 目が覚めると広いベッドの上に横になっていたシェラン。はっとして起き上がり、おでこの上の冷たい布を思わず布団に落とした。

 シェランは両手をまじまじと見つめる。

「お疲れだったのでしょう。突然倒れられて国王陛下も驚いておいででした。ゆっくり休めば大丈夫です。病気ではございません」

 じーとシェランは目の前のひげの男性を見つめる。

「あ、失礼しました。私、王室付きの医者でアビケンナ=イエナと申します」

「お医者さま、それは失礼しました。見た感じ、こう医者には見えない感じで――その真っ白な服からてっきりお坊さんか弔いの仕事の方かと――」

「お国の違いですな。この国では医者はみな白い服を着ております。医術は清潔さが大事。白い服は少しの汚れでも浮き上がらさせてくれますからな」

 祖国の医者をシェランは思い出す。豪勢な服を着て、じゃらじゃらと宝飾品を身に着け、神がかり的に診察を行う宮廷の医者たち。それに比べると明らかに貧相ではあったが、言葉には暖かさが感じられた。

「国王陛下――」

「は?」

「国王陛下は本当に心配されていたのですか?私のことを」

「そりゃぁ......はるばる『大鳳皇国』から来られた王妃が目の前で倒れられたら、われを失いましょう。正直、とても取り乱しておいででしたぞ」

 シェランの頭に先程の無関心で人形のようにすましたファルシードの顔が浮かぶ。やや幼くはあるが、整った顔立ちが思い出される。

 シェランはぎゅっと枕をひねる。

(顔がよくたって、あんな無表情男とっても夫になんか――)

 するしかないのである。いまさら母国に戻るわけも行かない。しゅんとなるシェラン。

「まあ、薬はおいていきますので。また具合が悪くなったらお呼びください」

 医者はそう告げると部屋をあとにする。

(わたし、どうしたらいいんだろう......)

 その夜、シェランは一睡もすることができなかった――


 顔に明るい日差しを感じる。シェランは目を開ける。

 朝だ。

 いつの間にか寝てしまっていたらしい。

 その起床を待っていたかのように、ノックの音が部屋にひびきわたる。

 はい、というと部屋に入ってくる宮廷の家臣たち。手には着替えとさまざまな宝飾品を抱えていた。

「朝のお召し替えをさせていただきます」

 辺境とはいえさすがは、王妃の待遇である。正直そのようなことをされたことがないシェランは戸惑う。

 母国のものとは違う衣服。

「でも、動きやすいのはいいかな」

 くるりとまわってみせるシェラン。裾が地面につかないのがなによりである。

「このあと、国王陛下にご挨拶をしていただきます。今後のことも含め――」

 ぐっ、と言葉に詰まるシェラン。

 またあのへんな子供にあわなければならないのか――

 シェランはうんざりしながら、ある事を考えた。それは――


 支度が終わり、再び家臣たちが部屋に訪れる。

「国王陛下がお待ちです、そろそろ――」

 しかし、部屋には誰もいない。ただ庭に面する窓が大きく開けはなれてかたかたと音を立てているだけであった――

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