伝書鳩の夏休み 第二回

二 極秘任務


 王寺駅で相沢と別れ、家の方角へ少し歩いたところで、脇道から現れた女性に名を呼ばれた。「建男君。」

「これは、小夜子さん。ご無沙汰しています。」彼女は、相沢の姉の小夜子さんだった。

「久しぶりねえ、最近うちにも遊びにこないものだから。――ねえ、今から、ちょっと時間ある?」と聞くと、走り去っていく電車から隠れるように電柱の陰に入った。

 僕があると答えると、彼女は大通りの端にある小さな支那そば屋に僕を案内した。

「ご馳走するから、遠慮なく食べてネ。」彼女は、料理名と価格が書かれた紙が無造作に貼られた壁を眺めながら「少ないのねえ。」とため息交じりに言った。実際、料理のバリエーションはひもじいほどに少なかった。

「それで、小夜子さん。僕にどのようなご要件でしょうか?」

 彼女は、そばの注文を済ますと、実はね、と切り出した。「嶺二が何か隠し事をしているのよ。もちろん、あれでも思春期のオトコのコだし、姉貴に見せたくないアレコレがあるのは分かっているのよ? だけど、あの隠し方は普通じゃないわ。アタシが『それはなあに?』って聞いたら、肝っ玉が潰れたみたいに、わっと叫んで……こう……カバンに押し込むようにして……」小夜子さんは、押し込むというより “叩き込む” というようなジェスチャーをした。「いつもとまるで様子が違ったの。アタシには分かるわ……つまり、ネ、こういうことなのよ。うまく嶺二のカバンを覗いて、危ないものが無いか確認してほしいの。ネ、お願いよ。」

「ええ、それは可能でしょうけど。」僕は、城崎行きの話題を出すか渋った。相沢が家庭で城崎行きを話した際に、明け透けな性格の小夜子さんに果たして初耳の演技ができるだろうか。

 顔色の悪い店員が水を運んでくるのが見えて、僕は一旦切った言葉を言い切った。「まあ、どんな形状かによりますね。大きいものですか。」

「よく見えなかったのだけど……多分、ノートブックだと思うの。アタシの知らない色のノートブックが教科書と教科書の間に見えたから。」彼女は店員に会釈をしながら話し続けた。「アタシ、嶺二の持ち物はたいてい知っているけれど、黄色のノートブックなんか知らないワ。」

「ノートくらいなら、買ったところでわざわざ誰かに言ったりしないでしょう。」

「そりゃあ、ヨソの子ならそうでしょうけど――」小夜子さんはちょっと浮かない顔になってグラスの結露で濡れた卓上を拭いた。

「何か特別に心配な理由があるのですか。」相沢の過去を思えばそれは当然のことだったが、よもや実姉にそんなざっくばらんな聞き方をするわけにもいかない。

「いろんな過ちがあったの。もちろん、あの子だって反省しているはずだけど……また同じ過ちを繰り返さないとも限らないでしょう? 思春期ですもの。悪いお友達から、いけない考えを教わったりしていたら大変だわ。」彼女は明け透けだが、相当の心配性だった。「嶺二のことだから、真っ向からお願いしたってムダだわ。だから……ネ、分かるでしょう? 家だとすぐに部屋のカギをかけてしまうから……」

「ええ、ええ、分かりましたよ。」その機会はきっとすぐに訪れるだろう。さっきの青白い店員がそばを運んできた。僕は「黄色のノートですね。」と改めて確認して、薄いチャーシューを半分に折って口に入れた。

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