第十八話 すれ違い(物理)



「おかしい……。」


 自分の家で胡桃を待ち、一人寝転がりながら一夜を過ごした者がいる。そう私だ。

 組合長と胡桃を置いて先に家に帰って来たが、それから12時間以上経ち、今はもう日の出が出始めている時間だ。


「もう朝なのに彼女はどこに行ったんだ〜!!」


 ずっと自室?と言うか、半透明の板で仕切られた部屋に倒れ込む様に寝ていたが、彼女が帰って来る気配が一向にない。5時間前に迎えに行こうか悩んでいたが、外は真っ暗で怖かったのでやめておいた。

 だが、今は日の出だ。外は明るくなり始めており、人気も増えている。胡桃を探しに行くなら丁度良い頃合いだろう。


「むぅ、探しに行かないと……、彼女は弱いんだから。」


 レイは緊急避難用の階段から1階に向けて降り始める。エレベーターを使った方が早いのだが、あいにく下の冒険者組合は閉まっているので、使用ができないのだ。


「はぁ、胡桃が行きそうな所ってどこかなぁ…」


 階段を降りながら呟く。

 家の場所は冒険者組合のビルの4階に位置しており、降りるのにはそこまで時間は用いらない。


「とりあえず、カプセルホテル付近にでも行って見るか。」


 階段を降り切り、冒険者組合の裏口から外に出る。

 朝早くということもあり、人気は少なく、冷たい風が頬にあたる。


「うぅ〜、寒い。早く行って早く連れてこよ。」


 レイはこの前泊まったカプセルホテルの方向へ全速力で使い始めた……。

 レイがいなくなった冒険者組合前には静けさが残る。

 すると、冒険者組合前に一人の人影が訪れる。

 その人影はボロボロの服を着ているが、特に目立った外傷はない。中性的な顔立ちで身長は小柄。そんな見た目の持ち主は─────そう、胡桃だ。


「はぁ、5時間くらいダンジョンに入ってるつもりだったんだけど…。まさか、ダンジョンで一夜を過ごしてるとは思わなかったよ。」

 

 胡桃はため息を吐きながら、裏口に入っていく。


「レイはなんて言うかな……。やっぱり怒られるかな…」


 胡桃はゆっくりと重たい足取りで階段を登っていく。帰ったらどんなふうにお出迎えをしてくれるのか考えながら家に向かっていく。

 レイが胡桃を探す為に、家から外出しているのを知らずに……。




***




 自慢のスピードでカプセルホテルの前に着くも、胡桃の影は見えず、その場に少し立ち往生する。


「胡桃ならこの時間には起きてるはず。」


 昨日の実体験として、これくらいの時間には胡桃が起きていたのは証明されている。ここを出て来なければいないと言う事だ。

 レイは10分間、胡桃が出て来ないか、待つ事にした───。


 しかし、残念ながら10分待っても、胡桃がそこから出て来ることは無かった。

 う〜ん、出て来ない。きっと、ここに胡桃はいないのだろう。


「別の所を見てみるか。」


 レイはまたもや全力疾走し、街を駆け出した。



***


 

 次に訪れた場所は胡桃とレイの服を買った店である。

 しかし、そもそも店の前に着いた時、店の扉は閉まっており、入れる様子では無かった為、断念せざるを得なかった。

 

「胡桃が消えちゃった……。」


 友達が自分の元から消え、悲しさが込み上げて来る。

 消えた原因を考えれば考える程、自分の責任な気がしてならないからだ。


「(ぐすん………ひっく……ぐすん……)」


 その様に、レイが今にでも泣きそうな顔をしていると泣き声が聞こえて来る。

 レイは自分の目元を擦って、涙が出てない事を確認し、その泣き声が自分のものではない事に気づいた。


「誰の泣き声……?」


 辺りを見ましても、今の時間だと店のオープンの準備をしている人しか見かけない。しかも、その人々の顔を見ても、泣いている人なんて誰一人としていない。

 と言うか、泣き声がしていることにすら気づいてない様だ。


「ゴースト系の魔族かな?」


 レイは少々考えて、その結論を出した。理由は単純、周りの人間にはこの声が消え超えてない様だったからだ。

 レイは自分以外の魔族がいると思うと興味が湧き、聞き耳を立てて、声のする方を探し歩く。

 そして、歩くこと20m、ここから少し離れた路地裏に、一人泣いている少女を見つけた。


「あ、あの、その、………えっと、大丈夫…です…か?」


 やはり、自分以外の魔族かも知れない者には緊張してしまう。胡桃と話しているお陰で、噛みづらくはなっている様だが…。


「ぐすん……ふんっ……ぐすん……」


 その少女には声が届いていない様で、一度聞いても何の返答もない。

 しかし、それをレイは自分の声が小さかったのだと思い、声を少し大きくして、もう一度話しかけることにした。


「あの!……な、何で……泣いている…のです……か?」


「ぐすん………えっ?……私?」


 レイはコクリと頷く。無駄な会話はなるべく減らしたいからだ。


「私が……ひっく……見えるの……ですか?…ぐすん…」


 もう一度レイは頷く。すると、泣き顔から笑顔に変わったその少女は近くに寄って来て、上目遣いでこちらの顔を覗き込んだ。

 もちろん、レイはコミュ障の為、急接近されたことに恐怖を感じて後ろに後ずさる。

 

「えっ………、何で後ずさるんですか?」


 その少女はまた、泣きそうになりその場にしゃがみ込む。


「あ……、えっと…その……ごめん。」


 レイはそう言うと、目をつぶってその子に近づいた。


「ぐすん…うぅ…うわぁぁぁぁん!」


「あ……あ、あ、あ……」


 しかし、その子はまた泣き出してしまった。しかも、今度は大きな声で。今の状況を見られたら、レイがこの少女を泣かしてしまったと勘違いされるだろう。

 そう考えたレイは焦り、その子の口を両手で塞ぐ為、その子を後ろから抱きしめた。


「うぅ…ひっく……。もっと……」


 その子は口を塞がれながらも、小声で呟く。

 レイはその子が落ち着いたと思い、口を塞いでいた手を離し、そこから立ちあがろうとする。

 しかし、それはその少女に阻止されてしまった。少女はレイの手が離れるとすぐに、レイを抱きしめた。


「ふぁっ!?」


 目を瞑って前が見えないが、両手を首に巻き、ガッチリとくっついている感じがする。いや、抱きしめられている感じでは無い。抱きしめられているのだ。

 ゴースト系の魔族にはそう言う技は無いので、抱きしめられている事がわかってしまう。


「私を見つけてくれた。私を抱きしめてくれた。あなたは他の人と違う。あなたは優しい。」


 耳元で囁かれる。普通の人なら嬉しくなったりするし、劇毒にもなったりするのだが、それはでの話だ。

 レイは急に抱きしめられた事により、吐き気と眩暈が襲いかかって来る。しかも、その状態で耳元に囁かれた事により、レイは気絶寸前まで来ていた。


「あ………あの………離れッ「離さないよ?」」


 離れるどころか、少女は抱きしめる力を強める。

 そして、お察しの通り、抱きしめられる力が強くなった事を皮切りにレイの意識は失われた。

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