第8話 地獄の炎

 ある日、ポストにメモが入っていたの。芽衣が轢かれた時、私が突き飛ばしたのを見たっていうメモ。まだ、終わってなかった。


 そのメモに、明日の夜8時に、近くの公園に来いと書いてあった。行くことがいいのか、無視するほうがいいのか迷ったけど、無視すると警察に行かれてこじれそうな気がしたので、行くことにした。


 時間通りに行ってみると、中年の男性が待っていた。


「来たということは、間違いないみたいだな。」

「いえ、誤解されたままだと困るから、違うと言いに来たのよ。」

「そんなはずがない。俺は、お前をちゃんと見ていたんだから。」

「証拠なんてないでしょう。」

「お前たちが、竜也とか言って、争っていたのを聞いたんだ。竜也ってだれか分からないけど、警察に言えば調べてもらえるだろう。そしたら、お前が怪しいと警察も気づくだろうさ。」

「何が欲しいの?」

「500万円もってこい。」

「そんなお金、もっているわけないでしょう。」

「それは俺の知ったことじゃない。体を売るなり、借金するなりしてお金を持ってくればいいんだ。」

「警察に根拠のない脅迫だと言うわよ。」

「そうやって困るのはお前じゃないのか?」


 もう、この人を殺すしかないと思った。せっかく、これまで犯罪を隠してこれたし、1人殺したら、2人殺すのも変わらない。


 私は、考えると言って、その場を去ったけど、実は、彼を尾行し、彼の家を突き止めた。そして、2日間、彼の家を見張って、なにか弱点がないかと観察していると、廊下側の窓がいつも開けられていることを見つけた。


 そして、3日目の夜に彼が家に帰って寝静まったころ、窓からガソリンを入れて、火をつけた。ガソリンは親の車からポンプで抜くだけだったので簡単に入手できたわ。


 あとは、火がもえて自分に火の粉が降りかからないことと、監視カメラとかに映らずに、早く逃げることだけ。


 その火はあっという間に部屋中に広がり、その男は家から出てこなかったから、焼け死んだんだと思う。翌日のニュースでも、男性1人の死体が見つかったと報道されていた。


 私のことを追い詰めると、こうなるのよ。あなたのせいだからね。私は、もう人間ではなく、鬼になっていたのかもしれない。2人も殺して。


 その後、また、あの恐怖体験が待っていた。


 私の部屋に入り、真っ暗ななかで電球のスイッチをつけた時だった。いきなり、電球が爆発し、私は、爆風と熱い炎に焼かれた。


 私は、柱、まるで十字架のようなものに押さえつけられ、永遠に感じられるぐらいの炎を浴び、息を吸うと肺の中まで火が入り、内臓も焼き尽くされた。これまで、こんな苦しい思いをしたことはない。


 爆弾のような爆風で、私は、肉が全て焼けて骨だけになり、骨も床に粉々になって散らばった。


 熱い、痛い。もう許して。


 私は、汗だくになりベットの上で寝ていた自分に気づいた。これはいつまで続くの。こんな辛い時間は、もう嫌。


 それからしばらくして、私の顔は、やけどしたかのような腫れが出てきたの。病院にいったけど原因は不明で、整形外科で手術をして直しても、また肌はただれはじめ、治すのは難しいって言われた。


 鏡で見た自分は、もう女性、いえ人間とは言えないぐらいのひどい姿で、私は鏡の前で呆然と立ち尽くした。髪の毛も抜け、顔の半分は顔面麻痺になって、妖怪のような様相だったから。


 しばらくは会社を休んで、暗い自分の部屋にどじ籠もっていた。それでも、買い物で近くのスーパーに出かけることもある。そうすると、こんな姿をみて、みんな、化け物を見たかのように指を刺してきて、私の心はボロボロになった。


 これは、芽衣や焼き殺した男性の恨みなのかしら。


 もう外に出かける気にもなれず、会社も退職して、お母さんの実家がある山梨に住むことにした。そして、窓から入る陽の光を浴び、お母さん以外の人に会わない日々を過ごすうちに、少しは心が落ち着いてきた。


 そんな生活をしていると、顔面麻痺は時間とともに治り、髪の毛も生えてきたけど、火傷のような跡は消えなかった。女性って、やっぱり見た目だし、もう女性としては暮らしていけないのね。まだ34歳なのに。


 でも、私の人生は幸せだったのかもしれない。もともと、屋上から飛び降りて死んだんだし、それからも、いろいろあったけど、34歳まで生きてこれた。


 失敗したけど、女性としての幸せも感じることができた。竜也との時間は楽しかった。


 でも、この前、風の便りに、竜也が結婚したと聞いたの。SNSに投稿された結婚写真をみると、結婚した女性は、とても明るく笑い、幸せそうだった。


 別に、竜也と再び付き合ったり、結婚できるなんて思っていたわけじゃない。でも、その便りに、私の20代後半からの幸せな時間、女性としての人生が終わったんだと実感した。


 今の自分には何も残されていない。もう生きていく気力がなくなった。

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