第58話 正義の矛先

 ウリエルとマカは、同時に前に飛び出すと、降り注ぐ矢の大群を剣で弾きながら前進する。そしてその刃で、アフロディーテの首元を狙う。


 対する彼女は後ろに下がってそれをかわし、再び無数の矢を発射する。ウリエルはそれに即座に反応し、自身の剣を回転させた。回る剣は盾となって2人を防御し、矢を粉々に砕いてしまった。


「どうして……?!どうして勝てないの!!仕方ないわ……本気でやってあげる!!!!光陽霹靂ウーラニア!!」


 アフロディーテは、自身の髪を掻き乱すと、先ほどの数倍の量の矢を生成し、上へと浮かび上がった。だが、上空を覆い尽くさんばかりのその量を前にしても、2人は止まることはなかった。


「マカさん、アレはわたしが弾きます。貴方は前に出て。」


 マカはコクリと頷くと、ウリエルと共に大きく飛び上がった。それと同時に、矢は発射される。ウリエルは作戦通り、剣で矢を弾き始めた。神性すら無効化できる能力を持つ彼だからこそ取れる強硬手段であり、最適解でもある。マカは勢いよく上昇すると、アフロディーテの首元に向けて剣を振る。


 だが、予想外の事態が巻き起こった。彼女の攻撃の進路が、無意識に逸らされていたのだ。まさか、まさかアレを使ったのか。ウリエルが察した時には、もう遅かった。2人はなす術なく下へと落下していたのだから。


「あははははははは!!!勝てるわけが無いじゃない!!私の神器は矢じゃあない。これはアポロンの能力よ?」


 アフロディーテは空に浮かびながら、高らかに笑い始めた。ウリエルはギリ、と歯を食いしばると、アフロディーテを睨みつける。そうか、今までのこれは彼女の神器の対象にするための布石だったのか。


「教えてあげる。私の神器の能力は、相手を支配する能力。ただ単に、相手の瘴気構造さえ知っていれば支配できる。」


 彼女の隣に、支配されたであろうアポロンが現れた。彼は一切抵抗の意を示すことはなく、ただ一言


「ディーテ……君は相変わらずだね。私の方が貴方の能力を上手く使える!とか言ったから支配されてあげたのに……」


 とため息をこぼすだけだった。だがそれに対してアフロディーテは


「五月蝿いのよ弓使い難きが!!アンタは要らないわ。下がってなさい。」


 と逆上した。それに対してアポロンは


「はいはい。」


 とため息をつくと、その場を後にした。そしてアフロディーテは、再びマカ達の方を向くと、


「まあ良いわ、私の支配には2種類あってね……一つが生き物の支配……もう一つが……物体の支配。それを2つ同時に行えばどうなると思う?」


「まずい……今すぐに離れて……」


 ウリエルは、マカに対して指示を出そうとするが、その体は動かない。そして徐々に、周囲の瓦礫は動き始める。このままだと、周りの瓦礫に自分たちは押しつぶされてしまう。どうすれば……どうすれば良いのだ。


「生意気なのよ、天使の分際で固有神器なんて……。ここで死になさい、ウリエル。」


 冷徹な表情で、アフロディーテは周囲の瓦礫を操作する。周囲に浮かび上がった瓦礫達は、2人の方へと猛スピードで襲い掛かる。考えろ……考えろ……!どうやったらここを切り抜けられる。ウリエルは考えに考えた。だが、答えは一向に出てこなかった。……その時だった。


 突如、血飛沫がアフロディーテの視界をとらえた。一体誰のものだ、と彼女は困惑する。見ると、それは自分のものだった。


「え?」


 ウリエルもまた、動揺していた。アフロディーテの背後から、マカが剣で心臓を突き刺していたのだ。


「な……ぜ……?!」


 血を吐きながら、アフロディーテは自身の疑問を口にする。マカは、冷徹な表情で語り始めた。


「私の能力は……天使と堕天使の能力の2つがある事がわかった。前者は瘴気で無限に強まる剣。もう一つは……他者を欺く能力。相手が認識しているのと真逆に行動できる。」


「そんな……」


 自身の敗北を悟ったアフロディーテは、ワナワナと震え始める。だがその直後、彼女の表情は悍ましいまでの怒りの表情へと切り替わった。


「ふざけんじゃ無いわよ!天使ごときに私が負ける?ありえないわよ!!一体何が欲しい訳?!言ってみなさいよ!」


 だが、その問いに対して、マカは表情を崩さなかった。


「欲しいものなど何もない。……言うなれば貴様の命だ。私はずっと考えてきた。貴様らオリンポスの神々はあまりに正義に反している。……例え神であっても、私の正義は揺るがない。死ね、女神よ。」


 まるで作業でもこなすかのように、冷淡に彼女はアフロディーテの首を切断した。赤血がその場に飛び散り、彼女の頬に付着する。それを彼女は指で拭った。


「マカ……さん……」


 あそこまで冷酷な表情を、ウリエルは見たことが無かった。目の前にいる堕天使のその佇まいに、彼は恐怖すら覚えていた。

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