第17話 忍者の異変 (シノブ13)

 ここまで運んでくれた老夫婦とお別れの挨拶をし遠ざかっていく馬車にシノブは手を振った。その両脇には例の屈強な兄弟もおり二人もまた手を力強く振っていた。


 三人はとても機嫌がよさげであった。それはお互いに利を認め合っていたからである。この二人の男は兄弟であり前話に話に出てきた大臣が派遣した忍者への追手つまりは暗殺者。それがここにおいて追付いたということ。


 オオゼキ兄弟。鬼ン肉一族でも豪のものであり二人がかりならあのマチョ姫にさえも勝てる実力を秘めている。大臣からの要請を受けここにやってきており当然王子の別荘がああだこうだという話は大嘘。最も狸やリスに襲撃されたり空き巣にされたりしているのは事実。ちなみに近所の農夫が別荘付近で狸狩りをしていたら逆襲を喰らい血塗れになったというのは事実。


 まぁそんなことはどうでもいいのである。兎にも角にも兄弟が思うのはただ一つ。早く戦いたい、この一事のみ。二人は何よりも試合や闘争が大好きでありそれをこよなく愛する男の中の男。タカオの山中で荒行中に大臣から連絡が届いた際に二人は小躍りして喜んだ。

 

 あのマチョ姫と互角以上に戦える猛者を倒せという極秘指令。なんという光栄。そうだとも、これは俺達にしかできない。選ばれし我らが兄弟でなければこのミッションはインポッシブル! 行くぜトム・クルーズ! とばかりにいてもたってもいられずに裸足で駆けだすも途中で理性が多少戻り馬車を用意し、いまここに大急ぎで到着。


 忍者か……兄はシノブを見下ろしながら唸った。この小さく細い体にどれほどの戦闘力が秘められているのか。

 忍者か……弟はシノブを見下ろしながら首を捻る。この軽そうな身体でどうやってマチョ姫の猛攻をしのげたのか。それが術なのか?

 兄弟か……忍者シノブは二人の男の情熱的な視線を頭頂部に感じながら思う。


 あの女よりは弱そうね。雰囲気からコンビ攻撃が得意なのか? ならば先制奇襲で一人を倒せばあとはなんとかなりそう。早いとこ二人を始末して馬車をありがたくちょうだいし王子のもとに馳せ参じなければならない。ありがたやありがたや、まさに鴨がネギを背負ってやってきたようなもの! あなたたちって都合が良いにも程がある存在ね。


「「「ああ……はやくやりたい」」」


 三人の気が一つになった瞬間、反射的にシノブの手が動いた。ここが勝機だ! それを見逃すオオゼキ兄弟ではない。来るか、と身構えようとする。連絡事項には忍者の術の詳細が書かれていた。影縛りやら術破りやら身代わりの術、そして何より警戒すべきは神速のクナイ投擲。


 マチョ姫を傷つけたという凄技。ここでいきなり来るんだな! 二人は後悔した。油断しワンテンポ遅い、これでは刺さる。分かっていながらこれだとは、さすがだ忍者! 観念と賛嘆が混じるなか、なにかが地面に落ちた音がした。金属が地面に落ちた際に発する鈍い音、間抜けな音。もう一つおまけに気が抜けた音。


 三人は地面を転がる二本のクナイを見ている。ちょっとばかり転がり草に引っ掛かり止るクナイたち。

「「「あれ?」」」


 三人の声は重なりさながら美しいハーモニーとなって野原に流れた。転がる活動をやめ停止するクナイ。それを無言のまま見つめる三人。やがて間が生まれそよ風が吹き次第に気まずさが三人の心に起こってきた。なにこれ、どうしよう? だからか引きつった笑い声が場に空回りしながら発生しだした。


「えっへへへ。あっごめんね。ちょっとクナイを落しちゃって」

 なに言ってんだこいつはと兄弟は同時に思いつつもそれを引き取り同じ声で笑う。


「えっへへへまぁよくあることだよ」

 そんなのねぇよ! とシノブはツッコミたい気持ちを内心抑えながら急いでクナイを取ろうと駆けだすと足がもつれて、体勢が崩れ倒れ掛かる!


「ちょっと危ねぇ!」

 危機を察した弟は瞬時に移動しシノブを身体を軽々と引き留めた。


「おお危ない。クナイの上に倒れたら大怪我だぜ」

 いつの間にか兄はクナイを回収しており返却され、こうしてシノブは無事救出されたもののその意識は固まったまま何も答えられない。


「あっありがと……えっ……?」

 驚きがあらゆる全てを凌駕しシノブの心は不可解さでいっぱいとなり固まる。


 私が、いま、転びそうになった? なにそれ? なんでそんなことに? しかも投げミス? あんな無様な失敗をこの私がするだなんて。私はいったいどうしたというのだろう……動きがおかしい。


 まるで……別人のように。

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