第15話  復活の忍者 (シノブ11)

 王子は私を救ってくれたのだ……果てしなく広がる群青模様の大空に向かい忍者は勝手に個人的に全てを悟った。悟りってつまりはまぁそういうことでもあるし。


 つまりはこういうこと。化け物の魅惑の術にかかっていた王子は私の前に立ちふさがり傷を負うも、そこで目が一時的に醒めた。自分はいまこの化け物によって支配されているのだと。そうであるから急いで私を自らの別荘に避難させた。もちろん化け物の術とその一族による陰謀のあらましを知ってしまった私への処刑は進言されたが王子はそれらの一切を撥ね退け、こうして私を遠くに送り出すことに成功する……これだ、これなはず、辻褄が全部合う。


 逆にそうでないのなら辻褄が一つも合わない、このはずであり、それ以外は有り得ない。

 王子が魅惑の術にかかっていないのにあの化け物を庇う理由はなく、その術が解けていないのに私の罪を許すなんてことはありえず、あの性悪が処刑を強く要望しないはずがなく、それどころかこのような従者を用いて私を療養と称して避難させるはずがない。


 それが大罪を犯した私が処刑を免れ王子の別荘へ避難させられたその全て。どうだこの一切の破綻のない論理的筋立ては、とシノブは両の掌を握り力強い握り拳を作り出し身体に力を入れる。


 ということは、私がすべきことはただ一つ。使命及び任務を続行しなければならない。

 化物な性悪を打倒しあの一族の陰謀を阻止し滅亡するべし。

 それがこの忍者の使命であり王子の命令であり、そして次期王妃となるものの試練であると。


「ウフフフ」

 突然勇ましいポーズをとり停止している娘がニヤケ声を出したのを聞いて夫婦は顔をしかめた。ついに頭が壊れてしまったのか……可哀想にと。二人そろって同情の溜息をつくと忍者は座り用意されていたパンを食べ始めた。


 それを見て夫婦は喜んだ。この娘、ずっと絶食状態で困っていたからである。

「お腹が空いたかい? ほら私のもお食べ」

「ありがとうございます!」

 真理を得ると同時に忍者は強烈な空腹を覚え、いただいたものをみんな平らげてしまった。このパンは餅入りであり食べればたちまちのうち腹が満たされかつ力も湧いてくる高カロリー食。うまい。


 食べる終わるとそれからシノブは徐々に身体中の痛みを感じ始めた。これは今まで絶望による精神的な痛みによって肉体的な痛みが後回しにされていたのか? 忍者は頭部の痛みに全身の倦怠感に首を振った。道理で身体を動かすのが難儀だなと。


 服や身体はきれいになっているが怪我の後遺症は長引きそうだ。

 昼食が終わり馬車はまた動き始めた。ああ身体が重いなと忍者は唸るも考える。どうやってここから脱走し城に戻るか。

 話を聞くに行先はカワグチコと聞き忍者は息が詰まった。そんなところまで行くのか。しかも明日にも到着とはもうかなりの距離を移動したことになる。


 移動した時間と帰る時間を計算すると忍者の背筋には冷たいものが走った。それは婚礼の儀の日に対してギリギリであると。その前までに必ず帰らなければならない。この痛む身体で……馬車を奪うといってもこの人の良い二人を苦しめるのは気が引けるし脱走しようにもいま監視の目を誤魔化すのも……あれこれ思案していると馬車が突然に停止し従者の夫が誰かと話している声が聞こえ、妻と共に近づいて聞いて見ることにした。屈強そうな男が二人、外にいた。


「なんと! 別荘周辺に怪しい連中がいるとは本当なのか?」

「本当だとも。これから人を集めて撃退に行く予定だ。あんたたちが行っては危険だ。引き返すがいい」

「だけど我々は王子の命令によって人をお運びしているのだが」

「そこは安心しろ。これを見てくれ」

 背の高い方の男が懐から紙を取り出しそれを見せると夫の従者は頷いた。


「なるほど。この先にある大臣の別荘にて療養させよという命令の変更か。こうしてちゃんと書類があるのなら従うが、しかしなんだろうなその怪しい連中というのは? あそこではそんなことは一度もなかったというのに」

「なら見に行くかい? 今朝も様子を見に行った近所の農夫が襲われて血塗れになったところを発見されたらしいが」

 次は背の低い方の男がそう言うと夫の従者は首を振った。


 どうやら護送車が変更になる流れらしいがシノブは男二人の顔を見て、すぐさま察した。

 ゴリラ系の顔にその服の上からでも分かる鍛え抜かれた筋肉。こいつらはあの女の身内、つまり鬼ン肉一族のもの。

 よって私を追跡してきたもの。要は私を暗殺しに来た者たち!


 ならば都合が良い、とシノブはほくそ笑んだ。お前ら二人を返り討ちにしその立派な馬車を奪い、帰国の手段とする。

 シノブは自分の計画の完璧さに己惚れた。そんなことは私なら簡単にできると。

 ああそれにしても……身体が痛い。

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