わがおろか ~我がままな女、愚かなおっさんに苦悩する~

@kamiyanaoaki

第1話 愚かなおっさん、死亡(アカイ1)

 はじめに言葉があった。

「ファッキンクソ女!」

 男は叫びながらスマホを枕に叩き投げわめきだす。

「なんで俺は愛されないんだ!」

 愛されるはずがないのであった。


 はじめましてナレーションです。

 この私は後ほど自己紹介をいたしますが、まずはこの男をご紹介。

 はい、この人を見よです。


 彼の名前は赤井桐人(アカイキリヒト)もといアカイでございます。

 このアカイはたったいま女にフラれました。

 マッチングアプリでマッチした相手とやっとこさデートに漕ぎ着けたのに、その初回が終わった後に連絡しようとしたらブロックされていたようです。


「クソ女クソ女! どうして俺を見捨てた!」

 両腕を横に広げながら万年床の上をグルグルと回り悪態と呪詛をぶちまけています。

 ケダモノの鳴き声みたいです。あるいは磔刑に処された男の嘆きのごとく。

 そのせいでこの狭い部屋の雰囲気は最低最悪です。なんか臭うし。


 ここの住所は多魔郡名去市ごるごだヶ丘4-9-89。

 小さなアパートの名は野葉上荘でその2階角部屋201号室1LDKの和室6畳。

 築44年で家賃42731円で学生や若い社会人には良さげな物件。


「違う俺はあんなクソ女になんかフラれていない。なんたって俺はあんなのを愛していなかったからな。むしろこっちがフッてやったんだよバーカ! 調子に乗るなアホ! オタンコナス呪われろ!」

 しかしそれは部屋の真ん中で立ったまま意味不明な論理を早口で言うこの恐怖の存在さえいなければというお話。


 紹介を続けます。このアカイは現在36歳独身。

 高校卒業後に定職に就かずバイトといった非正規職を転々とし、現在では現場作業員の下っ端として生計を立てております。

 職場でも若干めんどくさがれあまり好ましい人物だとは思われてはいない模様。

 手取りは約14万円で年収220万円程度とこれではモテませんね。

 もうひとつのポイントは彼は女性経験が皆無な童貞であるということ。


「あーお前なんかとやらなくて本当に良かった!」

 また奇妙なことを言っていますが、そういうことです。

 童貞をこじらせたのか元からこじれているのかあるいは両方か、彼は女に対するこだわりが強いのです。


『俺は愛する女以外とはやらない』

 という何故か上から目線な男の美学を引っ提げたままこの36年、女とまともな関係になったことが一度だって無かったのです。

 どうしてですかね。


「大体あいつは貧乳だしババアだしブスだしバカだし、とんだ地雷じゃねーか! 賢いぞ俺! あんなのを選ばなくて正解だ!」

 どうしてじゃなかったです、当然でした。

 年下を捕まえてババア呼ばわりとは何ごとですかねこのジジイ。

 地雷はお前である。


 この中年なうえに小太りで顔が悪く稼ぎが少ないうえに性格も悪く友達も皆無。

 好かれる要素一つもなしです。

 そのうえ信じられないことに彼は彼女にしたい女の年齢を20代後半に設定していました。

 自分は30代後半の癖に!


『俺は他の馬鹿なおっさんと違って弁えているから10代とか20代前半を彼女に出来るとは思っていないぜ』

 こんなことを考えているようですが、全く弁えていないのである。愚かにもほどがある。


 このフラれた相手だって30代前半でまだ釣り合いが取れるといったレベルでむしろ恵まれた条件だというのに。

『俺は妥協してやった』

 こんな意識の方が先に来てもっと若いのが良いなと心の中で思っているものである。

 

 だがしかし顔をしばらく見るにつれて『こいつ若く見えるな―』と、徐々に良く思えてくるのも人間というもの。

 正直なところ男というのは女は若く見えれば良いのであって、実年齢は誤魔化した方が男女両方のためにもなるのである。

 なまじっか年齢を前面に出すからそこを気にしてしまうのであったりする。

 年収もそうだが数字を全面的に提示するのはあまりよくないのである。


 大切なところは隠さなければならない。局部にイチジクの葉を用いるかのように。

 まぁそんなのはもう終わってしまったことであり現在アカイは絶望タイムがウジウジと継続中。


「なんでだよなんでだよなんでだよ……ああっこれはもっと若い女を目指せという神の意思が働いているのか」

 働いているわけがないのである。神を馬鹿にするにも程がある。


 あなた方の中には何故この男はこんなに女の若さに執着するのか? と疑問に思っている方もあろう。

 それはこんな感じだと推測される。このアカイは人生に失敗している。


 どん詰まっている。


 この先に幸運はまず舞い降りてこないという境遇であることは想像に難くない。

 愚か者だとはいえ自分の運命についてだいたい察しがついてしまうものです。


 ここまで来ると人生一発逆転が宝くじを当てるか若い女を嫁にするのかの二つになる。

 才覚の無さという絶望から己を救うために自分以外の力に縋りたくなるもの。


 えっ金は分かるけど若い女? とまた首を捻ったあなた、実はそこに男の哀しさと真実がある。


 金と若い女。

 どちらも捨てがたくどちらかを選ぶのかは人それぞれでしょうが、この二つを天秤にかけると若い女に案外軍配が上がりがちなのは男でしょう。

 例えれば豪邸に一人暮らしか安アパートで若い女と暮らすかのどちらかといったところ。


 そんな暮らし耐えられない! と思った性別が女のあなた。

 そう基本的に金が無く貧乏を嫌がるのが女であるから男は金を稼ぐのであり、もしも女がお金なんていらない貧しくてもあなたと暮らせたら、と言ったのなら男は頑張って働く理由が結構に減るのである。


 そんなことを言う女こそがファンタジーであり男の最終幻想的なのであるが。

 金よりも愛というのは案外に男らしいロマンといえるのかもしれない。

 

 多くの男は若さを生命を幸福を人生を女を通して感じるものである。

 男社会的にも若い女を彼女として持つのは一目置かれる、または嫉妬の対象となるほどポイントが高い。


 しかしそんな都合のよい女は現実にはそうそういないし、マッチングアプリにはいるはずもないし、なによりもこのアカイの前には現れるはずがないのである。


 アカイの前に現れるのは一度のデートのあとブロックして連絡を断ち切るタイプ、これのみ。


 結局のところアカイはひと月に1回デートできるか分からないアプリに月に1万円払い、こんな屈辱を受けつつも退会せずにダラダラ続けて運営会社の養分となるしかない。

 そして今回についてもなにも学ばない! 自分を変えようともしない!

 つまりは詰み! お前はもう死んでいる!


「まっどうでもいいや。俺は傷ついていない。だって俺はあんな女なんか愛していなかったからな」

 ピコーン!

 負け惜しみへの返事であるかのようにスマホから福音とも呼べる通知音が鳴ると、アカイは素早く手にとり真剣な眼差しで画面を見るやいなやすぐさまそれを衝動的に投げ捨てたぞ!

 だが狙いはさっきとはズレて枕ではなく机の脚に直接ぶつかりスマホが破壊音を立てた。


「ああっ! いやっいやっ! やだあああああ!」

 デカくて可愛くない奇声を発しながらアカイは新たなヒビが入ったスマホの画面を見ながら呻いている。

 投げなければいいのになにをやっているのだか。


「あーあ! 運営が変な通知を出すからこうなった……」

 お前が投げたからだろ。

 すぐ人のせいにして、今も昔もそうだし、これから先もそうなんでしょう。

 どうやらフラれた彼女からの返信が来たと妄想して手に取ったらしい様子。


 そんなことが起こるはずがないのに。こうやって期待と失望を繰り返すこと云十年。

 彼はこうやって36歳になったようです。何もしなくても歳は時が喰いますからね。


「あーくだらね……」

 虚無的に呟くアカイに私は頷いた。そこはすごく同意します。

「なんでだろ……俺はただ愛されたいだけなのに…………うへっ、酒、飲も」


 なにその結論? アカイは不気味な笑みのまま財布をポケットに入れ、くたびれたスニーカーの踵を踏みながら部屋から出ました。

 おや? 万年床の枕元には中身が半端に入った酒瓶やらパック酒が林立しているのに買いに行くのですねぇ。

 せっかくだから新しいのが飲みたいとでも? せっかくっていったいなんでしょう? セルフお別れ会?


 そもそもまだ日が高い午前様。

 コンビニでちょっと高めの酒を買ってきて、この汚い部屋で一人で飲んで良い気持ちになって昼寝する。


 これが36歳独身男の休日の過ごし方? 暗く惨めすぎて関わり合いたくない感じがすごいですね。

 でもご安心を。私もあなたもこんな駄目中年の最低な休日をこれ以上見物することはありません。


「クソおんな~は~早くしね~」

 アパートの廊下から聴くに耐えられない歌詞に節をつけてうたうアカイの声が聞こえたその瞬間!


 ゴンッ!ゴゴゴンゴンゴンゴーッドテッ!

 不安と恐怖を呼び起こすこの神経に障る音! 

 そうですアカイが十三階段から落ちた音色です。

 踵を潰しながら歩くとこういう事故に会うのよ!

 と子供を躾たくなりますね。一度聞いたら教育効果は抜群でしょう。


 こうして頭を強く打ってしまったアカイは、その怪音を聞き駆けつけた親切な人の通報によって救急車に乗せられ病院に運ばれるも、そのまま死亡が確認されました。

 享年36歳。終わってしまいましたがもう少しで37歳でした。


 兄弟は無く父は既に亡く、子供の頃に離婚したまま疎遠となっていた母親になんとか連絡が届き職場への報告、それから部屋の荷物は処分そして解約手続きがされ、こうしてアカイはこの世にいた痕跡が無くなりました。


 友達も恋人もなく家族もない人はこうやってこの世からいなくなります。

 とある現代社会の一例。

 めでたくないめでたくない……ところでこの私は『不思議』です。

 色々な名前はありますがこの不思議がお気に入りなので、そう名乗らせていただきます。

 この憐れな魂の救済するお仕事に参りました。


 さて異世界転生への手続きを致しましょう。

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