第26話

入学した第一王子マチアスとその側近カナメは、注目を浴びた。

しかし二人は、あからさまな視線も伺う様な視線も全て、まるで意に介する様子はない。一切だ。


入学前から徐々に露出が増えた二人だが、マチアスは幼い頃から『真面目で自分にも他人にも厳しい人物』という評価と『氷の様に冷たく人を寄せ付けない』とのもあって、学園生は遠巻きにしている節がある。

今までもこの学園に王族が入学してきた歴史はあったが、ここまで遠巻きにされた王族は一人もいない。

彼ら王族は王族の影響力というものを考え、いくら「皆平等」とされる学園であっても、自分から進んで交流する事はなかったかもしれないが、それでも徐々に歴代の王族は学園生と交流をしたし、また学園生も少しずつ彼らと会話をする事もあった。

ここまで遠巻きされた王族は、もしかしたらマチアスで最初で最後になるのではないだろうか。それほどである。

これは全て、マチアスの性格や噂が非常に大きな要因となっていて、そのマチアスの噂やら何やらに合わせて、実際に見たマチアスの雰囲気に当てられたというそれも大きいだろう。


一方、カナメは露出が大きくなってからこちら、自分を守るために言葉数は減り、時折アルカイックスマイルを浮かべる表情の変化。

彼が母から受け継いだ色味もあって、大層クールな容姿が人を近寄らせにくくした。

しかしマチアスの様な噂があるわけでもないので、令嬢や令息からは密かに人気があり、マチアスの側近という肩書きも相まってマチアスよりもある意味様々な視線を送られている。

それも全てカナメは涼しい顔で時には笑顔でいなしていき、入学ふた月目あたりには「クールで知的な感じが本当素敵!」なんて言われる彼が


王族という理由で寮生活をしないマチアス、そして特別に免除されたカナメ。

二人と交流するにも時間もなく、二人の雰囲気を壊してまで話しかける勇気もない。

まるで触れてはいけない高嶺の花の様な二人は、二人が望む望まないに関わらず学園生の視線を浴びた。

それは良いも悪いも含め、さまざまな意味で。



幼い頃から側近候補として第一王子と机と並べていたというカナメと、第一王子として王族である教育を受けたマチアス。

二人の関係はどの様に表現しても、頭には“幼馴染”とつく。

幼馴染と聞いて想像するのは──それが貴族であっても──笑顔を見せ合うとか、気の置けない会話をしているとか、そういうよくあるものであった。

だから二人が入学するとなって、誰もが想像をしたのだ。


が、入ってきた二人はそれとはまた違って見えて、誰もが──大なり小なり──驚きを隠せなかった。


二人は幼馴染というには距離があり、側近というには少し近い。

なんとも微妙な距離感を保ち続けている。

これは幼い頃から二人についているという従者も同じで、その距離感に周りがかなり戸惑った。

媚びておこうと思った者でさえ、どうやって近づけば良いのかさっぱり分からずにいたほどだ。

どちらか──────王子には難しいと考えるだろうから、きっと多くの物がカナメに媚びて取り入り、そこからマチアスへと考えていただろう。

しかし、カナメにどう媚びるのか、そもそもどうやって近づくのか、だから致し方ないのかもしれないけれどもとっかかりも見つけられない。

その上この距離感を見ていると、はたしてカナメに取り入ったところでマチアスまで辿り着けるのかと、首を傾げてしまうのだ。


これがもし三十代や四十代であればまだ、この距離感や雰囲気に負けじと取り入ろうとしたのかもしれない。

しかしまだ彼らはだ。

彼らとは違う、マチアスとカナメの隙を見つけ、そこを突いて入り込もうなんて芸当はまだ早かったのである。


「あの子、側近候補を見つけられるかしらね」


王妃ステファニーはぽつりと自室でこぼす。

それを拾うのは彼女の母国からついてきた、長年苦楽を共にした彼女の侍女だ。

ステファニーよりも二つほど上で、言うなれば彼女は王妃の側近でもある。

当然彼女もマチアスが王太子になることも、カナメとの関係も正しく理解している一人であった。


侍女のキトリー・パイヤールは王妃のカップに紅茶を注ぐ。

さすがステファニーが自国で「ステファニー王女はこの国初の女王になるのではないか」と言われていた頃から支えていただけのことがあり、その所作は美しく無駄がない。

キトリーはステファニーの名誉も矜持にも傷をつけないために、自分をひたすら高めてきた自負がある。

その思いが、彼女の所作も何もかもをより高みにある様に見せるのだ。


ステファニーの自室は多少変化を遂げたけれど、ここへ嫁いで来た時とほとんど変わりがない。

この部屋は、自国を離れ嫁いでくるステファニーの心休まる場所になる様にと、ロドルフ自ら選び抜いて整えた部屋だ。

調度品はもちろん、壁紙の一つだって。

嫁入り道具と言われるもの全てをキトリーを通じて聞き出し、それらに合う様にと丁寧に作った。

そのロドルフの思いを知るステファニーがそのままを望み、今に至っている。

色褪せたカーテンや壁紙は似た様なものに変えた。それは一度だけではない。

それでも今よりずっと若いステファニーは、最初にカーテンを変えるとなったその時、そのカーテンを廃棄する事ができず。できるだけ綺麗なところ──平民からすれば「どうして廃棄することに?」となるかもしれないが、さまざまな理由で王族には面倒な事情があるのだ──だけを選んでブックカバーに仕立てた。それは今も彼女が使う日記を守り続けている。何冊目の日記になろうとも、色褪せたそれが今も日記を包んでいた。


はあ、と小さく息を吐いて紅茶を一口飲んだステファニーは、さっと後ろに回ったキトリーに笑う。

は、大丈夫よ」

「このキトリーがどれほど長くお仕えしているか、ステファニー様はお忘れの様ですね」

ステファニーは自国で「ステファニー王女殿下は、この国初の女王になるのでは?」と言われていた時から、考え込むと肩に力を入れすぎる嫌いがあり、すぐに肩が凝る。

キトリーはそんなステファニーの肩を上手にほぐすのだ。

「学園で側近候補になり得る令息は、こちらでリストにしてあるの。でもね、やはり自分で見て感じて、という人を見つけた方が後々いいと思うのよ。とくにマチアスだもの。その方がいいと思うのよ」

「そうでございますね」

「二年目……最悪三年目に周りに目を向けてくれれば良いのだけれど。まあ、あの子が候補だと見つけたところで、最後はたちがあの子が側近候補にした人物の調して候補に決めるのだから、あの子が決められずにいたとしても私たちが選んで、それであの子が側近として相手を使って、これはダメとなればあの子が替えていけば良いだけなのだけれども」

王妃としてではなく、母親として心配しているステファニーはまたため息だ。

優しく肩をほぐしていくキトリーが、そんな彼女息子を思う母にしているのかもしれない。

「儘ならないのね」

ステファニーのつぶやきは、空気に溶ける様に消えていった。



宰相グラシアンからの報告に耳を傾けていたロドルフは一つ大きく頷いて、椅子の背もたれに背中を押しつける様に預けた。

「二人とも、問題はないと」

「マチアス王子殿下はと勘違い……いえ、周囲にはそれが常と思われておりますし、ウェコー男爵については徐々に今の姿に成長したと思われたのか、違和感を感じるものはいない様です」

マチアスはともかく、幼少期から今のあの無口なクールビューティなんていう評価を成長すべきなのか悩むところだけれども、そう言うのが良いのだろう。今だけは。

「お二人には護衛をつけておりますので、何かあれば」

「彼らはどうしてる?」

難しい顔をしてばかりのロドルフを思うグラシアンは少し考えてから

「恥ずかしいと言っておりますよ。まさか『五年経ってからするとは思いもしなかった。これは恥ずかしい』と。周りからは『違和感を感じさせない童顔がいっそ恐怖』と揶揄われている様です。教員にそれとなく話を聞いたところ、として良い評価を得ている様です」

「アッハハハ……すまん、思わず笑ってしまった。二人にはバレてはいまいな?」

「はい。クラスメイトと思っているようですね。一つ上へ潜り込ませたものも、気が付かれておりません。さすが総司令官が薦めた人物ですが、それがまた彼らに羞恥を感じさせるのでしょう」

笑ったロドルフは見てわかるほど肩の力が抜けた。

執務机の上には紙の一枚もない。

ここにあったものは文官と宰相補佐が、各部署へ届けに回っていることだろう。

その一人がカナメの父親であるシルヴェストルだ。宰相主席補佐官という立場の彼は、今頃忙しく城の中を移動している。

「しかし、陛下が突然『諜報部から童顔のものを数名出してほしい』と言い出した時は何事かと……潜り込ませるとは思いもしませんでした」

「わたしの時は、父上らから極秘でつけられた彼らが潜んでいたが、今のあの二人には表においていてもまあバレまいと踏んでな。それにあの二人にはその方がいいとも考えた。隠れているからこそ出来ることもあれば、隠れているから出来ぬこともある。あの二人を思えば、その方が憂いはなかろう」


王族が学園に入学する際も他の生徒同様、つれていける従者は一人だけ。

しかし王族の守りはそう言うわけにはいかない。

王族には密かに──とはいえ、王族である彼らは気がついていただろうけれど──宰相直属の配下であり、騎士団総司令官と共に管理している『諜報部』から護衛がつく。

諜報部はその名の通りの活動が主だが、王族の護衛をするのも仕事の一つだ。

本来ならば彼らがマチアスとカナメを、護衛するだけのはずだった。

しかしロドルフは諜報部から密かに悟られない護衛だけではなく、『もう一度新入生として入学できるほどの童顔』のものを三名選び、うち二人を同級生として、一人を一つ上の学年に生徒として送り込んだのだ。

諜報部に所属するものは誰もが魔法で忠誠を誓っている。これは心からの忠誠があるからこそ出来る様な契約で、忠誠心がからこそ諜報部へと入るのだ。躊躇いもなく。

そして諜報部所属のものは、多種多様な才能を持っている。共通しているものが『隠密に行動出来ること』だ。

腕に覚えのあるものもいれば、頭で勝負しているものもいる。またその両方のものも。

今の王であるロドルフは、彼らの忠誠心と職務への忠実さに敬意を払っている。

それだけのことを、彼らは成してくれるのだ。


「そうか。今回の任務を終えたら、彼らには皆休みと報酬を払わねばならんな」

「ええ、そうなさってください」

「卒業まで彼らをさせてやれなかったら、卒業の際は今回の制服を返してやるべきだろうか?」

「ぷっ……ふふふふ、し、失礼。それはもう可哀想ですよ。彼らのなんとも言えない顔が、ふふ、目に浮かびます」


王と宰相ではなく、親族として笑い合う二人は心で思う。

──────儘ならぬものだな、と。

口に出してしまうと苦しくなってしまうから、笑っているうちに心で吐き出してしまうのだ。

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